雨、痣と隣人。

宮川 涙雨

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3、父

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キャンバスに形のよい顔の輪郭を描く。
そのためにはほんの少し下を向かなくてはならないのだけれど、下をむくと前髪で視界が霞んでしまう。
「ねぇ」
その一言に反応して顔を上げる。
ほんの少しキャンバスに目を向けていた間に脱いだのか、目の前の椅子に座る彼女はズボンを脱いでいた。
「足、こっちの方がよく見えるでしょ?」
先程と同じように片足をたて、その上に頭をのせる彼女。
滑らかな白い脚、その白に滲む痣は彼女の脚を余計に艶かしく見せた。
こうしてみるとほんの少し大人びて見える。
「大丈夫だよ、下着は洗ってドライヤーで乾かしたのはいてるから。」
だからといって無防備過ぎやしないか?
襲う気なんかはもちろんない、けれども男をその気にさせるには十分だ。
俺が普通じゃなくてよかったと思う瞬間。
「襲っちゃう?いいよ、別に処女じゃないし」
どうして…どうしてこんなにも彼女は人を挑発したがるのだろう。
「初めて、誰だと思う?」
誰だっていい。けれどこういった感情入った話をしていると手が進むもので、下書きはもう完成しはじめていた。
簡単な細く薄い線は確かに彼女を描いていて、これに色がつくと考えると体にゾクゾクとした感覚がはしった。
「彼氏ですか?」
彼女の脚のかげから、ほんの少しピンクの布地が見えている。
下着……。
「えー、そんなに興味なさそうに答えなくてもいいじゃん」
そう言って体勢をかえる彼女、そのせいで余計に下着がちらついた。
「初めてはね、お父さん。」
さすがに驚いて手を止めた。
「お、さすがの無表情おにーさんも驚いた?」
クスリと笑った彼女の目は笑っていない。
「女の人がね、お父さんの愛人ってやつかな、あの日の夜は来なかったの。」
「……」
「そしたらお父さん怒ってさー、無理矢理私のこと押さえつけて……」
「もういいです」
俺は筆を置いた。
「……っ、痛かったなぁ…」
彼女の顔には諦めたような、悲しい笑顔が張り付いていた。
「だからさ、いいよ。ベッドがいいな。また床でするのは痛い……から。それともここがいい?」
そんなに辛い顔をするくらいなら言わなければいいのに。自分の言葉にどうしてそんなにも傷ついた顔をするんだよ。
「……」
彼女の脚に手を伸ばす。触れてもいないのに体に力を込める小さな体は、ほんの少しカタカタと震えている。
ひたりと彼女の脚に触れると、思っていたよりも冷たく柔らかかった。
自分の脚とは比べ物にならないほどに細く柔らかい。
脚の付け根まで腕を伸ばした辺りで彼女が息を呑んだのがわかった。
「なにもしませんよ、絵のモデルを傷つけるなんて話にならないでしょう?」
「モデルじゃなかったら私のこと抱いたってこと?」
この子はどうしてこんなにも自分を傷つけたがる?
抱かれたくないくせにわざわざ人を挑発しようとする。
傷つくようなことをわざわざ人に言わせようとする。
この子はきっと病んでいて、心が狂ってしまっているのかもしれない。
俺と同じ……心を患っている。
外はいつのまにか雷が鳴っていた。
ゴロゴロと猫が喉を鳴らすような音はだんだんと近づいてきている。
「どうでしょう、そういや下着が見えてますよ?」
上の服を引っ張って隠そうとすると手をバチリと叩かれた。
「わざと見せてたんだよッ動揺ぐらいしやがれってんだよ!こんにゃろっ」
暴言を吐く彼女の目にうかんでいた涙は見てないことにしておこう。
「もう寝ませんか?」
部屋にかけてある時計の針は十一時少し前を指している。
「嫌よ」
「え……」
「おにーさんだけ寝ればいいよ、私はまだここにいたい」
椅子の上が気に入った猫のようにその場から彼女は動かない。
その時だった。今夜もいつもと変わらず十一時、この時間になると隣から聞こえてくる女の声。
まるでAVのような台詞をさらりと口にして喘ぐ女は先程彼女の言っていた愛人だろう。
醜く汚い行為。この子は毎日見せられているのだろうか、聞かされているのだろうか、そう思うと吐き気が込み上げてくる。
「また始まった…。ごめんね、これも聞こえてたんだ。うるさいでしょ」
「別に、いつもはもう寝てますし。というか俺もう眠いんで寝たいんですけど……寝ますよ?」
「いいよ、もう少し、あとちょっとでいいからここにいたい…」
「え、まぁ、勝手にどうぞ。じゃあ俺ここで寝るんで眠くなったらあっちが寝室ですから勝手に寝てください。あ、電気は消してって下さいね」
久しぶりに寝るソファーは柔らかく、いつもよりずっと温かかった。
「は?私ここで寝ていいの?」
「あ、嫌ですか?帰ってもいいですよ」
「嫌、寝るっここで寝たい!」
「そうですか」
「でも私がソファーで寝るよ、他人だしおにーさんより小さいし」
「別に気にすることないですよ、ベッド一回も使ってませんしきれいですよ?」
いつもどこで寝てんの!?と驚く彼女はやはり幼いな…。
「床」
絵を描いてそのまま寝ることが多い俺はいつも床で寝てしまう。体はバキバキに固まって痛いけれど…。

討論の末、何故か二人一緒にベッドで寝るはめになってしまった。
なんとなく罪深い気がするのは、やはりこの人が小さいからだろう。

正直……何年ぶりかの人の温もりはとても温かかった。
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