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或る騎士たちの恋愛事情(完結)
11話
しおりを挟むその後もノクスのリカルドへの態度は相変わらずで、冷たくされて寂しそうなリカルドを見る度に、ノクスの心は痛み、いい加減になんとかしなければとノクスは焦っていた。
そんなある日。
西の隣国イヴサールとの戦いが激化し、ノクスとリカルドの所属する第四騎士団に出兵要請が出た。
初めての出兵に士官候補生たちの間に緊張感が走る。
しかし、このために4年間士官学校で訓練してきたのだ。覚悟はできている。今はリカルドの事は一時忘れて戦に集中しようとノクスは気を引き締めた。
支給されたチェインメイル、腕と足のプレートアーマーは使い古されており所々に傷や綻びがあり、できる限りの整備はしたがどこか心もとない。上からサーコートを羽織り、肩からギーガを掛け、支給品のヒーターシールドを背中に背負う。このシールドも持ち手の皮も千切れそうになっていたので急いで補強した。腰に下げたショートソードだけは初任給で買ったもので、ずっと訓練でも使っていたので、手になじむ。これがあるだけでも心強かった。
家からの支援を受ければ新しい防具を一式揃えることもできたが、自分の力だけで身を立てると誓ったノスクにその選択肢はなかった。
馬に騎乗できるのは少尉以上だけで、一兵卒扱いの士官候補生たちは、騎乗が許されず、徒歩で行軍した。
パレシアを出発して三日後、第4騎士団がイヴサールの国境のダルジュに到着すると戦場ではすでに戦闘が始まっていた。
兵士たちの掛け声、悲鳴、剣や盾がぶつかり合う音、馬の嘶き。土煙。
ここに来てやっとノクスは自分が戦場に来たのだと実感し、ごくりと唾を飲む。
プレートアーマーを付けた腕が微かに震える。
そんな様子に隣にいたリカルドが心配そうに声をかける。
「大丈夫か?」
「……ああ、ただの武者震いだ。問題ない」
ここで弱い自分は見せたくなかった。ノクスは得意のポーカーフェイスで答える。
ノクスは第四小隊、リカルドは第五小隊に配置されており、戦場での持ち場は隣同士だった。
それぞれの持ち場に向かう前、リカルドがノクスに声をかける。
「死ぬなよ、ノクス」
リカルドは今まで見たことのない真剣な表情で手をノクスに差し出す。
リカルドと会話をこれで最後にしたくない、とノクスは強く心の中で思った。
「お前もな」
手を握ると放したくなくなりそうで、ノクスはその手のひらに掌を合わせた。
戦闘は激しく、あらゆる場所で小競り合いが起きていた。
そんな中、ノクスの第四小隊の持ち場にも敵が攻めて来て、いよいよ迎え撃つことになる。
落ち着け、落ち着け。今までの訓練どおりにやればいい。
冷静さを欠いた方が負けだ。
そうノクスは自分に言い聞かせ、ふーっと深呼吸する。
「突撃ー‼総員迎え撃て‼」
小隊長の号令がかかる。
ノクスも覚悟を決めるとスラリと剣を抜いて走り出した。
一人のイヴサール兵がノクスに向かって剣を振り下ろしてくる。
ノクスは訓練通りにそれを盾で防ぐと、そのまま首に向かって剣を薙ぎ払う。
剣は首の骨に当たり止まった。
敵の首から血が噴き出す。そのまま男は苦しそうな断末魔を上げ倒れていく。
初めての人を切った感触にノクスは茫然としつつも何処か冷静にその様子を見下ろしていた。
首の骨というものは思った以上に固いんだな。できれば一刀両断にして楽にいかせてやりたかった。もっと体重を乗せて剣を振らなければ。
いや、敵を憐れんでいる暇はない。ここは戦場だ。やらなければやられる。戦うために、国を守るために騎士になったのだから。
ノクスがそんな感傷に浸っているとすぐに右手から別のイヴサール兵が襲い掛かってくる。
余計なことは考えず、今は敵を倒し、生き残ることだけに集中しろとノクスは自分を鼓舞して剣を構え直した。
イヴサール兵は士気は高いが、あまり訓練はされていないようで剣の動きに無駄が多い。
ノクスは得意のフットワークと連撃で次々に敵を切り伏せて行った。
しかし、さらに援軍が来たようで倒しても倒してもイヴサール兵が向かってくる。
「はあ、はあ……」
ノクスの息が上がる。もう20人は切っただろうか。疲労で腕が上がらなくなってきた。剣も何度か取り換えたが、刀身がゆがみ切れなくなってきた。他の兵士達も同じだろう。
一度前衛部隊を引いて後方部隊と入れ替えるべきだ。小隊長は何をしているんだとノクスがイライラと背後を確認した瞬間、ノクスに向かってボウガンの矢がひゅっと音を立てて飛んでくる。
ノクスはとっさに盾で防ごうとするが、酷使した持ち手の皮が千切れ、手から滑り落ちる。
(まずい!)
とっさに剣で薙ぎ払おうとするが間に合わない。
(こんなところで、私の人生終わるのか……!)
そうあきらめかけた瞬間、ノクスの前に大きな影が立ちはだかる。
「ぐわっ‥‥‼」
声でその影の人物が分かった。
「リカルド‼」
リカルドの巨体がくの字に曲がり膝をつく。
ノクスが急いで駆け寄って見ると一本の矢が左目に深々と刺さりその先からは血が流れていた。
ノクスの顔面が蒼白になる。
しかしすぐに、今は動揺している場合ではない、冷静に判断しろと自分を叱咤する。
まだ射手がいる以上、ここにいるのは危険だ。今はとにかくリカルドの命が最優先だと、ノクスはリカルドを引きずるように支えて後方に下がる。
安全そうな森の中まで運んだところで、ノクスはリカルドを木にもたれさせ左目の具合を見る。
「リカルド、大丈夫か?!」
「あ、ああ……。左目はめちゃくちゃ痛てえけど、他は無事だ。まだ戦える……」
「馬鹿!出血がひどい。すぐに衛生兵を呼んでくるから、ここでじっとしていろ。いいか、少しでも動いたら私がお前を殺す!」
鬼気迫った様子で言うノクスに、こんな事態にもかかわらず、リカルドはこいつでもこんなに動揺することがあるんだなと、呑気に驚いていた。
「いや、それ、なんかおかしくね?」
ノクスを安心させるかのように弱弱しく笑うリカルドの左目はその間もどくどくと血が流れていた。
ノクスは自身のコートの裾を細く割くと、突き刺さった矢を動かさないように巻いて固定する。
「とりあえずじっとしていろ。矢は絶対抜くな。失血死するぞ。絶対動くなよ!返事は?!」
「お、おう……分かった」
あまりのノクスの勢いにリカルドがたじろぎつつ返事をする。
その返事を聞くとノクスは急いで立ち上がり衛生兵を探しに戦場へ戻る。
死ぬな。死ぬなリカルド。
そう祈りながらノクスは戦場を駆け抜けた。
木陰に残されたリカルドはそんなノクスの遠ざかっていく背中を右目だけで見送っていた。
さっきまではあまり感じていなかった痛みが何もしていないと、だんだんと強くなってきて、意識が朦朧としてきて右目も霞んできた。
俺、このまま死ぬのかな。
まあ、でもノクスの命を救えたから、無駄死にするよりかはいいか……。
そんなことを思いながらリカルドは意識を手放した。
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