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亡国の王子
かがみの船
「お逃げください、王子! ここはわたくしたちにお任せを」
「いやだ! 余もおまえたちと共にここで戦う、兄上を助けねば!」
「逃げるのです、王子。早く、お支度を!」
「マルドル! なぜ、余に逃げろと言うのだ。余とて、この国の第二王子。父上亡き後は、兄上の片腕になり戦うことが余の使命ぞ! 乳母のおまえが、これまで余に教え続けてきたことではないか!」
乳母のマルドルと幼い王子が押し問答を繰り返していると、剣をたずさえた女官が三人、駆け込んで来た。
「マルドルさま、第三の城壁も崩れ、城門が突破されました。すでに敵は城の中に。黒のセイズの術者が幾人も混じっています。もう一刻の猶予もございません!」
黒のセイズは、黒衣の教母率いる秘密結社だ。
「兄上は? 兄上は無事であろうな」
王子のその問いにマルドルと女官たちはすぐには答えず、あらがう王子をむりやり、かがみの船に乗せた。
「兄上さまは、とうに敵の手中に。王子、あなたが戦うのは、今、目の前にいる敵兵などではありませぬ」
乳母のマルドルは厳しい声で王子に告げると、ハッチを閉じた。
王子の幼い体さえ身動きままならない一人乗りの小さな舟は窓もなく、真の暗闇になる。
「出せ! ここから出せ!」
王子は声のかぎりに叫んだが、船の外には届かない。
「召喚!」マルドルが舞うように円を描くと、王子の守護龍が現れた。
龍は王子を乗せた船をつかむと翼を広げ、塔の屋根を突き破って飛び立った。
すぐさま地上から九百九十九本の矢が放たれ、龍の体に次々と刺さっていく。矢には、黒のセイズの術者によって、龍殺しの魔術が掛けられていた。最後に放たれた千本めの黒龍石の矢がとどめを刺し、龍は真っ逆さまに敵陣の中に落ちていく。
暗闇の中の王子は、船の外で今なにが起こっているのか知る由もない。ただただ恐怖に絶叫するばかりだった。
「マルドルさま!」
雪崩れ込んでくる敵兵を前に女官が叫ぶ。すでに二人の女官は敵の剣を受け、息絶えていた。
最後の女官はマルドルの盾になったが、それも束の間。鋭い槍が女官の体を貫き、マルドルの腹をも貫く。
マルドルは素手で刃を引き抜くとすぐさま鳥に姿を変え、王子の跡を追って飛び立った。
マルドルも、セイズの術者だったのだ。
それも黒のセイズを抜け、敵対する白のセイズに寝返った裏切り者。
龍殺しの千一本目の矢はマルドルにも襲いかかり、狙い違わず心臓を貫いた。
それは彼女の望むところだ。
急降下する鳥の胸から滴る血が、王子の乗るかがみの舟に降り掛かる。
龍が地面に激突する。
砂埃が静まるのも待たず、敵兵たちは龍の遺骸を取り囲んだ。
千本の矢を受け息絶えた龍のかたわらには、マルドルの死体も転がっていた。
しかし、弟王子を乗せたかがみの舟はどこにも見当たらなかった。どれだけ探しても、船の残骸ひとつ、弟王子の髪の毛一本さえも見付けることができなかった。
城は跡形もなく燃え尽き、国は滅んだ。
王と王妃はとうの昔に暗殺されて、第一王位継承者であった兄の王子も捕らえられ、忠臣たちもこの戦いで全て命を絶たれた。国の名さえ封印され、人々の記憶から完全に抹消された。
しかし、黒のセイズの教母は心安らかではなかった。ただ一人、ここから逃れて行ったものがいるからだ。時空を渡るかがみの船に乗った弟王子が——。
「いやだ! 余もおまえたちと共にここで戦う、兄上を助けねば!」
「逃げるのです、王子。早く、お支度を!」
「マルドル! なぜ、余に逃げろと言うのだ。余とて、この国の第二王子。父上亡き後は、兄上の片腕になり戦うことが余の使命ぞ! 乳母のおまえが、これまで余に教え続けてきたことではないか!」
乳母のマルドルと幼い王子が押し問答を繰り返していると、剣をたずさえた女官が三人、駆け込んで来た。
「マルドルさま、第三の城壁も崩れ、城門が突破されました。すでに敵は城の中に。黒のセイズの術者が幾人も混じっています。もう一刻の猶予もございません!」
黒のセイズは、黒衣の教母率いる秘密結社だ。
「兄上は? 兄上は無事であろうな」
王子のその問いにマルドルと女官たちはすぐには答えず、あらがう王子をむりやり、かがみの船に乗せた。
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乳母のマルドルは厳しい声で王子に告げると、ハッチを閉じた。
王子の幼い体さえ身動きままならない一人乗りの小さな舟は窓もなく、真の暗闇になる。
「出せ! ここから出せ!」
王子は声のかぎりに叫んだが、船の外には届かない。
「召喚!」マルドルが舞うように円を描くと、王子の守護龍が現れた。
龍は王子を乗せた船をつかむと翼を広げ、塔の屋根を突き破って飛び立った。
すぐさま地上から九百九十九本の矢が放たれ、龍の体に次々と刺さっていく。矢には、黒のセイズの術者によって、龍殺しの魔術が掛けられていた。最後に放たれた千本めの黒龍石の矢がとどめを刺し、龍は真っ逆さまに敵陣の中に落ちていく。
暗闇の中の王子は、船の外で今なにが起こっているのか知る由もない。ただただ恐怖に絶叫するばかりだった。
「マルドルさま!」
雪崩れ込んでくる敵兵を前に女官が叫ぶ。すでに二人の女官は敵の剣を受け、息絶えていた。
最後の女官はマルドルの盾になったが、それも束の間。鋭い槍が女官の体を貫き、マルドルの腹をも貫く。
マルドルは素手で刃を引き抜くとすぐさま鳥に姿を変え、王子の跡を追って飛び立った。
マルドルも、セイズの術者だったのだ。
それも黒のセイズを抜け、敵対する白のセイズに寝返った裏切り者。
龍殺しの千一本目の矢はマルドルにも襲いかかり、狙い違わず心臓を貫いた。
それは彼女の望むところだ。
急降下する鳥の胸から滴る血が、王子の乗るかがみの舟に降り掛かる。
龍が地面に激突する。
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しかし、弟王子を乗せたかがみの舟はどこにも見当たらなかった。どれだけ探しても、船の残骸ひとつ、弟王子の髪の毛一本さえも見付けることができなかった。
城は跡形もなく燃え尽き、国は滅んだ。
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しかし、黒のセイズの教母は心安らかではなかった。ただ一人、ここから逃れて行ったものがいるからだ。時空を渡るかがみの船に乗った弟王子が——。
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