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昨日と今日と明日
ファンクラブって、なんなんだよ
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病室の半開きの戸の向こうで、看護師のMs.ディとエムの話し声が聞こえてきた。
Ms.ディは、当たり前すぎることをエムに訊いている。
「Mr.エム、Mr.ジェイのお見舞いですか」
「こんにちは、Ms.ディ。今日は、これから夜勤?」
エムもエムだ。なんで、営業用のきびきびした明るい声で答えているんだよ。留置所のクライアントの面会で、刑務官と話してんじゃないんだぞ。プライベートな病院での面会なんだから、普段のボソッモソッとした無愛想な話し方でじゅうぶんじゃないか。
「いいえ。これから退勤するところです。Mr.エム、一昨日のニュース、見ました。裁判の勝訴、おめでとうございます! あんなに報道陣に囲まれていても、堂々として、凛々しくて、とっても素敵でした!」
「ああ、裁判所前の。ありがとう、Ms.ディ」
なぁにが、「ありがとう」なんだよ。気取ってんじゃねえよ。
「だけど、実物のMr.エムの方が、何倍も何十倍もかっこいいです!」
「そんなことを言ってくれるのは、Ms.ディだけだよ」
「そんなこと、ありません。ここの看護師たちは、みんな、Mr.エムのファンです。それでですね、女性有志が集まって、Mr.エムのファンクラブを立ち上げたんです! わたしが初代会長なんですよ♪ 是非とも、Mr.エムに承認していただきたくて」
おい、ファンクラブってなんなんだ!? エムは、弁護士なんだぞ! 俳優でも、歌手でも、モデルでもないんだぞ!
「おやおや、それは光栄だ。もちろんですとも。それで、わたしはMs.ディには花束を、ナースステーションにはお菓子の差し入れをすればいいのかな?」
「ファンクラブのみんなと、ぜひ、お茶をごいっしょしてください、Mr.エム!」
「喜んでと言いたいところだが、ジェイにも訊いてみないとね」
「あっ、もちろん、Mr.ジェイもごいっしょに」
なんだよ、ぼくへのその付け足し感は。
エムが上機嫌でドアを開けて、ぼくの病室に入って来た。営業用のスマイルが顔に張り付いたままだ。
「具合はどうだい、ベイビー」
「ファンクラブ創立、おめでとう、パパ」ぼくは、ベッドで横になったまま答えた。「刑事弁護人のくせに、何、ナンパされてんだよ」
「ファンクラブなんて、冗談に決まってるだろ。彼女は、わたしがゲイだと知っている。ヤキモチ焼きだな、ベイビーは」
エムは、ぼくの額にキスをした。
「知ってたって、きみのさっきのニヤけ方じゃ、脈ありって思ってるかもしれないぜ」
「女性がわたしと付き合うには、わたしのクライアントになるのが一番の近道だ。まずは警察に身柄を拘束されなければならない。わたしのファンクラブが存在するとしたら、留置所や拘置所の中だ。病院の中じゃない。彼女たちが留置所に行くのを望んでいるとは思えないがね」
「わからないぜ。恋は盲目だ」
「今日は、ずいぶんとご機嫌斜めだな、わたしのハニーは」
「機嫌よくしていられるわけないだろ、入院してんのに」
「女房妬くほど、亭主モテずだよ」
「ぼくは、あなたの女房じゃないぞ」
「もちろんだ。きみは、れっきとしたわたしの大切な亭主だ」
エムは、むずかる幼児をなだめるように、ぼくの髪を撫でた。
「ぼくは、あなたほど、亭主じゃない」
「それは、どういう意味だい、ハニー」
ぼくは答えず、エムから顔をそむけた。
エムは、ぼくの手を握り、指をからめてきた。エムの手は、あたたかかった。ぼくは今すぐ、ぼくたちの家に帰りたくて、泣きそうになったのをごまかすために言った。
「エム」
「なに」
「どうして、なにかが青いネクタイで遊んでいる画像や動画ばっかり、送信してくるんだよ」
「ジェイが、なにかを見たいって言うからだ」
「だったら、なぜ、なにかがごはん食べているところとか、寝言を言ってる動画とかは、送ってこないんだよ。なにかの寝相は、面白いんだぞ」
「遊んでるところだって、かわいいじゃないか」
「ああ、かわいいよ。でも、なんで、あなたの青いネクタイで遊んでいるなにかだけなんだ。他のおもちゃだって、いろいろ、あるだろ」
「青いネクタイは、なにかの一番のお気に入りだからさ。きみも、そう言っていただろ、ジェイ」
ぼくの手を握るエムの手に、力が入った。ぼくは今にも涙が溢れそうなのを堪え、エムを見上げた。
Ms.ディは、当たり前すぎることをエムに訊いている。
「Mr.エム、Mr.ジェイのお見舞いですか」
「こんにちは、Ms.ディ。今日は、これから夜勤?」
エムもエムだ。なんで、営業用のきびきびした明るい声で答えているんだよ。留置所のクライアントの面会で、刑務官と話してんじゃないんだぞ。プライベートな病院での面会なんだから、普段のボソッモソッとした無愛想な話し方でじゅうぶんじゃないか。
「いいえ。これから退勤するところです。Mr.エム、一昨日のニュース、見ました。裁判の勝訴、おめでとうございます! あんなに報道陣に囲まれていても、堂々として、凛々しくて、とっても素敵でした!」
「ああ、裁判所前の。ありがとう、Ms.ディ」
なぁにが、「ありがとう」なんだよ。気取ってんじゃねえよ。
「だけど、実物のMr.エムの方が、何倍も何十倍もかっこいいです!」
「そんなことを言ってくれるのは、Ms.ディだけだよ」
「そんなこと、ありません。ここの看護師たちは、みんな、Mr.エムのファンです。それでですね、女性有志が集まって、Mr.エムのファンクラブを立ち上げたんです! わたしが初代会長なんですよ♪ 是非とも、Mr.エムに承認していただきたくて」
おい、ファンクラブってなんなんだ!? エムは、弁護士なんだぞ! 俳優でも、歌手でも、モデルでもないんだぞ!
「おやおや、それは光栄だ。もちろんですとも。それで、わたしはMs.ディには花束を、ナースステーションにはお菓子の差し入れをすればいいのかな?」
「ファンクラブのみんなと、ぜひ、お茶をごいっしょしてください、Mr.エム!」
「喜んでと言いたいところだが、ジェイにも訊いてみないとね」
「あっ、もちろん、Mr.ジェイもごいっしょに」
なんだよ、ぼくへのその付け足し感は。
エムが上機嫌でドアを開けて、ぼくの病室に入って来た。営業用のスマイルが顔に張り付いたままだ。
「具合はどうだい、ベイビー」
「ファンクラブ創立、おめでとう、パパ」ぼくは、ベッドで横になったまま答えた。「刑事弁護人のくせに、何、ナンパされてんだよ」
「ファンクラブなんて、冗談に決まってるだろ。彼女は、わたしがゲイだと知っている。ヤキモチ焼きだな、ベイビーは」
エムは、ぼくの額にキスをした。
「知ってたって、きみのさっきのニヤけ方じゃ、脈ありって思ってるかもしれないぜ」
「女性がわたしと付き合うには、わたしのクライアントになるのが一番の近道だ。まずは警察に身柄を拘束されなければならない。わたしのファンクラブが存在するとしたら、留置所や拘置所の中だ。病院の中じゃない。彼女たちが留置所に行くのを望んでいるとは思えないがね」
「わからないぜ。恋は盲目だ」
「今日は、ずいぶんとご機嫌斜めだな、わたしのハニーは」
「機嫌よくしていられるわけないだろ、入院してんのに」
「女房妬くほど、亭主モテずだよ」
「ぼくは、あなたの女房じゃないぞ」
「もちろんだ。きみは、れっきとしたわたしの大切な亭主だ」
エムは、むずかる幼児をなだめるように、ぼくの髪を撫でた。
「ぼくは、あなたほど、亭主じゃない」
「それは、どういう意味だい、ハニー」
ぼくは答えず、エムから顔をそむけた。
エムは、ぼくの手を握り、指をからめてきた。エムの手は、あたたかかった。ぼくは今すぐ、ぼくたちの家に帰りたくて、泣きそうになったのをごまかすために言った。
「エム」
「なに」
「どうして、なにかが青いネクタイで遊んでいる画像や動画ばっかり、送信してくるんだよ」
「ジェイが、なにかを見たいって言うからだ」
「だったら、なぜ、なにかがごはん食べているところとか、寝言を言ってる動画とかは、送ってこないんだよ。なにかの寝相は、面白いんだぞ」
「遊んでるところだって、かわいいじゃないか」
「ああ、かわいいよ。でも、なんで、あなたの青いネクタイで遊んでいるなにかだけなんだ。他のおもちゃだって、いろいろ、あるだろ」
「青いネクタイは、なにかの一番のお気に入りだからさ。きみも、そう言っていただろ、ジェイ」
ぼくの手を握るエムの手に、力が入った。ぼくは今にも涙が溢れそうなのを堪え、エムを見上げた。
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