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パパ・ジェイいない
うすっぺらな四角
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新しいおうち。
おひさま沈むころ、雨、止んだ。
雨、止んだら、青いくるまパパ・エム乗っけて、帰ってきた。
窓から「おかえりなさい、パパ・エム! きょうは早かったね」って鳴いたら、パパ・エムが青いくるまの横で、あたしに手を振った。
あたしは窓からおりて、リビングのドアの前まで走って行った。
ドアを開けたパパ・エムは「ただいま、なにか。いいこでお留守番してたかい」って鳴いて、あたしを抱っこした。
あたしは「いいこにしてたよ」って、元気よくお返事したけど、お昼間の鳥さんのことは黙ってた。
パパ・エムはいつもどおり、あたしのお水を取り替えて、ごはんの用意をした。あたしのごはんとパパ・エムのごはん。
パパ・エムのごはんは、かんたん。お外から持ってきた袋から出して、ふた、あけるだけ。あたしのごはんより、かんたん。
パパ・ジェイがごはんの用意をするときは、こんなんじゃなかった。
パパ・ジェイ、いろんなことして、おいしそうな匂いのもの、いっぱい作ってた。お皿もいっぱい並べた。
あたしがお鼻をクンクンさせて、お皿のどれかに前足をのばすと「だめ、なにか」って、しかられた。
パパ・エム、ごはんの途中なのにうすっぺらい四角出して、なんかやってる。ごはんのとき、それやってると、いっつも、パパ・ジェイにおこられた。
だから、あたし、パパ・ジェイの代わりに「ごはんのときは、だめ」って、パパ・エムに鳴いた。
「パパ・エム! そんなことやってると、パパ・ジェイおこるよ。いつまでたっても、びょいんから、帰ってこなくなっちゃうよ」
パパ・ジェイがするみたいに、あたし、パパ・エムにおせきょうした。
そしたら、「なにか」って、パパ・ジェイの声がした。
パパ・ジェイ、帰ってきた?!
あたし、びっくりして、きょろきょろ辺りを見回した。
けど、パパ・ジェイ、どこにもいない。
パパ・エムが、笑ってる。
「ごらん、なにか」パパ・エムは、あたしの目の前に、うすっぺらい四角を差し出した。「ほら、パパ・ジェイだよ」
「なにか、いいこにしてるかい」
うすっぺらい四角の中に、パパ・ジェイがいる!
あたし、びっくりして、パパ・ジェイにきいたよ。
「パパ・ジェイ! どした? どして、そんなとこ入ってる? どして、小さくなった?」
「なにか、大きくなったね」って、パパ・ジェイ鳴いた。
「あたしが大きくなったから、パパ・ジェイ小さくなった?」
あたしがお返事したら、パパ・エムもあたしの後ろでお返事した。
「そうだろ、ジェイ。なにか、大きくなっただろ。毎日、仕事から帰って来ると、朝より大きくなった気さえするよ」
あたしは、「なして、パパ・ジェイ、四角の中にいる?」「なして、こんなにちっちゃくて薄っぺらい中にいる?」「なして、パパ・ジェイ、四角から出てこない?」って、いっぱい、きいてるのに、パパ・ジェイはお返事せずにニコニコ笑ってるだけ。
あたし、前足伸ばして、パパ・ジェイを、うすっぺらな四角から引っ張り出そうとした。
けど、さわれない。四角と小さいパパ・ジェイの間に仕切りがあって、さわれない。
あたし、ハッと気が付いた。パパ・ジェイ、四角の裏側にいる? あたし、四角の裏側に回って見たけど、パパ・ジェイいなかったよ。
パパ・エム、あたしを見て笑ってる。
「ジェイ、なにかは、必死に、きみをさがしているよ」
パパ・ジェイの笑ってる声も四角の中でしてる。
なんか、とっても、失礼だよ、あたしに対して。パパ・エムもパパ・ジェイも!
パパ・エム、持ってた四角、あたしの方に向けた。
パパ・ジェイ、あたしに優しく鳴いた。
「なにか、いいこにしてるんだよ」
あたし、ドキッとした。
毎晩、パパ・ジェイとのお約束やぶっていること、思い出した。パパ・ジェイ、さっきも「なにか、いいこにしてるかい」ってきいてたっけ。
あたし、ごめんなさいして、今日からお約束守るって鳴こうとしたら、パパ・エムがあたしの前から四角を持ち上げちゃった。
「ジェイ、きみも先生の言うことをきいて、いいこにするんだぞ」
パパ・エム、ちょっと、黙ってて。あたし、パパ・ジェイにごめんなさいしてお約束するんだから。あたし、パパ・エムの腕に登って、四角の中のパパ・ジェイを見た。
黙ってて頼んだのに、パパ・エムったら、あたしより先にまた鳴いた。
「ジェイ、なにかは、こんなにきみが退院してくるのを待ち侘びているんだ。ぼくだって同じだ」パパ・エムが、真面目なお顔になった。「だから、わがままばかり言って、これ以上、先生を困らせたりするんじゃないぞ」
「エム、お説教は聞き飽きたよ」
パパ・ジェイ、なんか、おこったっぽい? パパ・エム、ダメだよ、パパ・ジェイおこらせちゃ。
「ぼくは、言い飽きないぞ、ジェイ。先生の言うことをちゃんときいて……」
「おやすみ、なにか」
あたしが「おやすみなさい」って鳴くと、四角の中のパパ・ジェイ、消えちゃった。
ほらぁ、パパ・ジェイおこって、どっか行っちゃった。
「ったく、ジェイのやつには」
パパ・エムは眉をしかめて、うすっぺらな四角を置いた。
どして、パパ・ジェイ、あたしにだけ「おやすみなさい」って鳴いて、パパ・エムには「おやすみなさい」って、鳴かなかったんだろ。
パパ・ジェイ、そんなにパパ・エムにおこっちゃったのかな。
パパ・エム、ごはんの続きしなかった。うすっぺらな四角置いたまま、じっとしてた。パパ・エム、すてねこみたいになっちゃった。
あたし、うすっぺらな四角に向かってパパ・ジェイを呼んだ。「パパ・ジェイ、パパ・ジェイ、パパ・エムに、おやすみは?」って。
でも、四角の中にパパ・ジェイ戻ってきてくれなかった。
「なにか」
パパ・エムが、あたしを抱き上げた。
「ジェイは、しばらくしたら帰ってくるからね。だいじょうぶだ、なにか。ジェイはちゃんと帰ってくる。今はまだ、帰ってくるから」
あたしの頭の上に、あったかい雨粒が落ちた。お外の雨は、やんだのに。
「なにか、だいじょうぶだからね。まだ、ぼくたちは、ふたりっきりにはならないよ。まだ今はね……だけど、いつかは……」
見上げると、その雨粒は、パパ・エムの目から、こぼれていた。
「ぼくは、いつか必ず来るその日が怖い。とても、とても怖い。……アッシュの時より怖いんだ、なにか」
あたしは、その夜も、パパ・ジェイとのお約束を守れなかった。
だから、やっぱり、おひさまが昇っても、パパ・ジェイは帰って来てくれなかった。
おひさま沈むころ、雨、止んだ。
雨、止んだら、青いくるまパパ・エム乗っけて、帰ってきた。
窓から「おかえりなさい、パパ・エム! きょうは早かったね」って鳴いたら、パパ・エムが青いくるまの横で、あたしに手を振った。
あたしは窓からおりて、リビングのドアの前まで走って行った。
ドアを開けたパパ・エムは「ただいま、なにか。いいこでお留守番してたかい」って鳴いて、あたしを抱っこした。
あたしは「いいこにしてたよ」って、元気よくお返事したけど、お昼間の鳥さんのことは黙ってた。
パパ・エムはいつもどおり、あたしのお水を取り替えて、ごはんの用意をした。あたしのごはんとパパ・エムのごはん。
パパ・エムのごはんは、かんたん。お外から持ってきた袋から出して、ふた、あけるだけ。あたしのごはんより、かんたん。
パパ・ジェイがごはんの用意をするときは、こんなんじゃなかった。
パパ・ジェイ、いろんなことして、おいしそうな匂いのもの、いっぱい作ってた。お皿もいっぱい並べた。
あたしがお鼻をクンクンさせて、お皿のどれかに前足をのばすと「だめ、なにか」って、しかられた。
パパ・エム、ごはんの途中なのにうすっぺらい四角出して、なんかやってる。ごはんのとき、それやってると、いっつも、パパ・ジェイにおこられた。
だから、あたし、パパ・ジェイの代わりに「ごはんのときは、だめ」って、パパ・エムに鳴いた。
「パパ・エム! そんなことやってると、パパ・ジェイおこるよ。いつまでたっても、びょいんから、帰ってこなくなっちゃうよ」
パパ・ジェイがするみたいに、あたし、パパ・エムにおせきょうした。
そしたら、「なにか」って、パパ・ジェイの声がした。
パパ・ジェイ、帰ってきた?!
あたし、びっくりして、きょろきょろ辺りを見回した。
けど、パパ・ジェイ、どこにもいない。
パパ・エムが、笑ってる。
「ごらん、なにか」パパ・エムは、あたしの目の前に、うすっぺらい四角を差し出した。「ほら、パパ・ジェイだよ」
「なにか、いいこにしてるかい」
うすっぺらい四角の中に、パパ・ジェイがいる!
あたし、びっくりして、パパ・ジェイにきいたよ。
「パパ・ジェイ! どした? どして、そんなとこ入ってる? どして、小さくなった?」
「なにか、大きくなったね」って、パパ・ジェイ鳴いた。
「あたしが大きくなったから、パパ・ジェイ小さくなった?」
あたしがお返事したら、パパ・エムもあたしの後ろでお返事した。
「そうだろ、ジェイ。なにか、大きくなっただろ。毎日、仕事から帰って来ると、朝より大きくなった気さえするよ」
あたしは、「なして、パパ・ジェイ、四角の中にいる?」「なして、こんなにちっちゃくて薄っぺらい中にいる?」「なして、パパ・ジェイ、四角から出てこない?」って、いっぱい、きいてるのに、パパ・ジェイはお返事せずにニコニコ笑ってるだけ。
あたし、前足伸ばして、パパ・ジェイを、うすっぺらな四角から引っ張り出そうとした。
けど、さわれない。四角と小さいパパ・ジェイの間に仕切りがあって、さわれない。
あたし、ハッと気が付いた。パパ・ジェイ、四角の裏側にいる? あたし、四角の裏側に回って見たけど、パパ・ジェイいなかったよ。
パパ・エム、あたしを見て笑ってる。
「ジェイ、なにかは、必死に、きみをさがしているよ」
パパ・ジェイの笑ってる声も四角の中でしてる。
なんか、とっても、失礼だよ、あたしに対して。パパ・エムもパパ・ジェイも!
パパ・エム、持ってた四角、あたしの方に向けた。
パパ・ジェイ、あたしに優しく鳴いた。
「なにか、いいこにしてるんだよ」
あたし、ドキッとした。
毎晩、パパ・ジェイとのお約束やぶっていること、思い出した。パパ・ジェイ、さっきも「なにか、いいこにしてるかい」ってきいてたっけ。
あたし、ごめんなさいして、今日からお約束守るって鳴こうとしたら、パパ・エムがあたしの前から四角を持ち上げちゃった。
「ジェイ、きみも先生の言うことをきいて、いいこにするんだぞ」
パパ・エム、ちょっと、黙ってて。あたし、パパ・ジェイにごめんなさいしてお約束するんだから。あたし、パパ・エムの腕に登って、四角の中のパパ・ジェイを見た。
黙ってて頼んだのに、パパ・エムったら、あたしより先にまた鳴いた。
「ジェイ、なにかは、こんなにきみが退院してくるのを待ち侘びているんだ。ぼくだって同じだ」パパ・エムが、真面目なお顔になった。「だから、わがままばかり言って、これ以上、先生を困らせたりするんじゃないぞ」
「エム、お説教は聞き飽きたよ」
パパ・ジェイ、なんか、おこったっぽい? パパ・エム、ダメだよ、パパ・ジェイおこらせちゃ。
「ぼくは、言い飽きないぞ、ジェイ。先生の言うことをちゃんときいて……」
「おやすみ、なにか」
あたしが「おやすみなさい」って鳴くと、四角の中のパパ・ジェイ、消えちゃった。
ほらぁ、パパ・ジェイおこって、どっか行っちゃった。
「ったく、ジェイのやつには」
パパ・エムは眉をしかめて、うすっぺらな四角を置いた。
どして、パパ・ジェイ、あたしにだけ「おやすみなさい」って鳴いて、パパ・エムには「おやすみなさい」って、鳴かなかったんだろ。
パパ・ジェイ、そんなにパパ・エムにおこっちゃったのかな。
パパ・エム、ごはんの続きしなかった。うすっぺらな四角置いたまま、じっとしてた。パパ・エム、すてねこみたいになっちゃった。
あたし、うすっぺらな四角に向かってパパ・ジェイを呼んだ。「パパ・ジェイ、パパ・ジェイ、パパ・エムに、おやすみは?」って。
でも、四角の中にパパ・ジェイ戻ってきてくれなかった。
「なにか」
パパ・エムが、あたしを抱き上げた。
「ジェイは、しばらくしたら帰ってくるからね。だいじょうぶだ、なにか。ジェイはちゃんと帰ってくる。今はまだ、帰ってくるから」
あたしの頭の上に、あったかい雨粒が落ちた。お外の雨は、やんだのに。
「なにか、だいじょうぶだからね。まだ、ぼくたちは、ふたりっきりにはならないよ。まだ今はね……だけど、いつかは……」
見上げると、その雨粒は、パパ・エムの目から、こぼれていた。
「ぼくは、いつか必ず来るその日が怖い。とても、とても怖い。……アッシュの時より怖いんだ、なにか」
あたしは、その夜も、パパ・ジェイとのお約束を守れなかった。
だから、やっぱり、おひさまが昇っても、パパ・ジェイは帰って来てくれなかった。
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