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なにかと、いつか

ファンクラブってなんなんだ

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 ぼくの病室のドアが、開きかけた。

 半開きのドアの前で看護師のMs.ミズディが、当たり前すぎることをエムに訊いている。
「Mr.エム、Mr.ジェイのお見舞いですか」

「こんにちは、Ms.ディ。今日は、夜勤?」
 エムもエムだ。なんで、営業用のきびきびした明るい声で答えてるんだよ。
 拘置所のクライアントの面会で刑務官と話してんじゃないんだぞ。プライベートな病院での面会なんだから、普段のボソッモソッとした話し方でじゅうぶんじゃないか。

「いいえ。これから退勤するところです。Mr.エム、一昨日のニュース、見ました! あんなに報道陣に囲まれていても、堂々として凛々りりしくて、とっても素敵でした!」
「ああ、裁判所前の。ありがとう、Ms.ディ」

 なにが、ありがとうなんだよ。気取ってんじゃねえよ。

「だけど、本物のMr.エムの方がもっとかっこいいです。看護師の仲間で、Mr.エムのファンクラブ作ったんですよ。わたしが会長です!」

 おい、ファンクラブってなんなんだ。エムは、弁護士なんだぞ。俳優でも歌手でもモデルでもないんだぞ。

「おやおや、それは光栄だ。Ms.ディには花束の、ナースステーションにはお菓子の差し入れでもしなきゃいけないかな」
「ファンクラブのみんなと、ぜひ、お茶、ごいっしょしてください、Mr.エム!」

「まずは、ジェイにも訊いてみないとね」
「あっ、もちろん、Mr.ジェイもごいっしょに」

 なんだよ、ぼくへのその付け足し感は。

 エムが上機嫌でドアを開けて、ぼくの病室に入って来た。
「具合はどうだい、ベイビー」

「なに、ナンパされてんだよ、パパ」
 ぼくは、ベッドで横になったまま答えた。

「彼女は、ぼくがゲイだと知っている。ヤキモチ焼きだな、ベイビーは」
 エムは、ぼくの額にキスした。

「知ってたって、きみのさっきのニヤけ方じゃ、脈ありって思ってるかもしれないぜ」
「女性がぼくと付き合うには、ぼくのクライアントになるのが一番の近道だ。まずは警察に身柄を拘束されなければならない。それを彼女が望んでいるとは思えないね」

「わからないぜ。恋は盲目だ」
「今日は、ずいぶんとご機嫌斜めだな、ぼくのハニーは」
「機嫌よくしていられるわけないだろ、入院してんのに」
「女房のくほど亭主ていしゅもてずだよ」
「ぼくは、女房じゃないぞ」

「きみも、ぼくの亭主ていしゅだものな」
 エムは、むずかる幼児をなだめるように、ぼくの髪をなでた。

「きみほど、亭主じゃない」
「どういう意味だい」

 ぼくは答えず、エムから顔をそむけた。
 エムは、ぼくの手を握り、指をからめた。エムの手は、あたたかかった。ぼくは家に帰りたくて、泣きそうになったのをごまかすために言った。

「エム」
「なに」

「どうして、なにかが青いネクタイで遊んでいる画像ばっかり、送信してくるんだよ」
「ジェイが、なにかを見たいっていうからだ」

「だったら、なぜ、なにかがごはん食べているところとか寝言を言ってる動画とかは、送ってこないんだよ。なにかの寝相は、面白いんだぞ」
「遊んでるところだって、かわいいじゃないか」

「ああ、かわいいよ。でも、なんで、きみの青いネクタイで遊んでるなにかだけなんだ。他のおもちゃだって、いろいろ、あるだろ」
「青いネクタイは、なにかの一番のお気に入りだからさ、ジェイ」

 ぼくの手を握るエムの手に、力が入った。

 ぼくは、ベッドから、エムを見上げた。
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