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3.一方通行の叶わぬ片想い
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結局、あの後高瀬を駅まで送り届け、相手探しをする気分にもなれず家へと帰り、仕事の疲れでだらだらとした土日を過ごしていたらすぐに月曜日になってしまった。
三年勤めた職場はそう悪いものではなく慣れてきたけれど、それはそれとして休みは恋しい。七割ほどの気力で仕事をこなしたオレは、一人いつもの定食屋へと足を運んだ。
「こんにちはー……」
「あ、三山さんこんにちは。お好きな席にどうぞ」
オレの職場近くにあって、高瀬のバイト先でもある定食屋。店主の藤沢陸人さんはまだ三十手前と若く、病気で倒れた先代の父親に代わって定食屋を切り盛りしているしっかりした人だ。
さらさらの黒髪を耳に掛かるか掛からないかの長さで整えている陸人さんは品行方正という言葉がよく似合う。柔和な笑顔と確かな料理の腕から、密かに彼に好意を抱く常連さんも少なくはないという。これは高瀬から聞いた話だから多分本当だろう。
「今日の日替わり定食は唐揚げですよ。三山さん、お好きでしたよね?」
「あ、はい……」
水滴を拭き取った氷入りのコップを机の上に置き、穏やかな微笑みを浮かべる陸人さん。オレの好みを覚えていてくれたことが嬉しくて、勘違いで浮かれそうになる気持ちも、彼の左手の薬指に光る指輪を目にすれば静かに冷めていった。
忘れもしない。一昨年の六月のことだ。社会人一年目を何とか終えたオレは、さらに仕事が増え、だけどそれを上手く回せるだけの器用さは備えておらず、ただ毎日の業務に振り回される日々が続いていた。
あの時期は、ショーコママのバーにすら顔を出す余裕がなかったんだよな。毎日残業が続いていて、部屋に帰るのも遅い時間になってしまうから、食事だって疎かになっていく。
あの日も残業でコンビニや居酒屋くらいしか開いていないような時間に会社を出た。雨が降ってきたから持ってきた傘で帰ろうと思ったのに、ビニール傘だったからか誰かに持っていかれてしまったようで、イライラした気持ちを抱えながら雨の街へと駆け出した。
だけど、段々雨が強まってきて、流石にこれ以上は無理だと思って明かりの消えた定食屋の前へと雨宿りのため駆け込んだ。
その時、オレがいることに気が付いて鍵の掛かっていた扉を開けてくれたのが陸人さんだった。
あの時は陸人さん自身も父親が亡くなったばかりで、毎日遅くまで店に残って翌日の仕込みやお店の経営で目の回る日々だったと聞いている。そんな状態だったというのに、陸人さんはオレにタオルと傘を貸してくれて、唐揚げを四つ揚げてくれた。今の唐揚げの方が腕も上達していて美味しいけれど、やっぱりオレはあの日に食べた陸人さんの唐揚げが今まで食べたものの中で一番美味しかったと胸を張って言い切れる。
美味しい、と溢したオレの言葉で、陸人さんは恥ずかしそうに微笑んでくれた。その瞬間、オレは陸人さんに恋に落ちてしまっていた。
出会った時は、まだ指輪なんてしていなかったのに。でも、陸人さんみたいな人なら結婚するのは時間の問題でしかなかったんだ。オレはただ眺めていただけで行動すらしていなかったから、落ち込むこと自体が烏滸がましいことだけれど。
「ふーん、恭ちゃん先輩の好みってああいう感じなんですね」
「うわっ、高瀬……」
「ご注文は日替わり定食ですか?」
さっと店内を見渡してみても、陸人さんの姿はない。厨房に戻ったんだろう。店内には高瀬の他にレジに陸人さんの奥さんがいた。
高瀬の顔を見てしまえば、金曜日の夜のことを思い出す。高瀬も同様だったのか、オレの視線に気付くと困ったように肩を竦めた。
「大丈夫です、言いませんって」
「まぁ、そこは疑ってないけどさ。……じゃあ、日替わり定食一つで」
「はーい」
メモすら取らずに高瀬は厨房へと注文を告げると、すぐにオレのテーブルへと戻ってきた。
「お前な、ちゃんと仕事しろよ」
「恭ちゃん先輩が来る時間っていつもお昼時過ぎてるんですもん。暇なんですよね」
昼食の時間が決まっているわけじゃないからと、あえて混雑している時間を避けて食べに来ている。その理由を高瀬は察したようで、厨房の方へと目を向けながら一人頷いていた。
「真面目系かー……俺、見た目は真面目だけど中身そうでもないですもんね」
「……お前さ、あんまり人のことからかうなよ。オレにだって触れられたくないことはあるんだよ」
「からかってなんていません。俺、本気ですよ」
眉を潜めて高瀬を見上げるが、高瀬もオレから目を逸らすことなく見つめ返してきた。外見だけなら真面目そうなコイツだから、睨み合っていると自分の方が間違っているような気にさせられてしまい、敵う気がしない。やる気の削がれたオレは、その場で大きく溜め息を吐いた。
「基本金曜はバーにいるから、話があるならそこで聞いてやる」
やった、と笑顔を浮かべてガッツポーズをしてみせる高瀬のことを可愛いなと思う気持ちはあるけれど、それはあくまでも弟分に向けるような思いでしかない。
オレがこの先コイツとどうこうなるなんて、逆立ちしたって考えることができそうになかった
三年勤めた職場はそう悪いものではなく慣れてきたけれど、それはそれとして休みは恋しい。七割ほどの気力で仕事をこなしたオレは、一人いつもの定食屋へと足を運んだ。
「こんにちはー……」
「あ、三山さんこんにちは。お好きな席にどうぞ」
オレの職場近くにあって、高瀬のバイト先でもある定食屋。店主の藤沢陸人さんはまだ三十手前と若く、病気で倒れた先代の父親に代わって定食屋を切り盛りしているしっかりした人だ。
さらさらの黒髪を耳に掛かるか掛からないかの長さで整えている陸人さんは品行方正という言葉がよく似合う。柔和な笑顔と確かな料理の腕から、密かに彼に好意を抱く常連さんも少なくはないという。これは高瀬から聞いた話だから多分本当だろう。
「今日の日替わり定食は唐揚げですよ。三山さん、お好きでしたよね?」
「あ、はい……」
水滴を拭き取った氷入りのコップを机の上に置き、穏やかな微笑みを浮かべる陸人さん。オレの好みを覚えていてくれたことが嬉しくて、勘違いで浮かれそうになる気持ちも、彼の左手の薬指に光る指輪を目にすれば静かに冷めていった。
忘れもしない。一昨年の六月のことだ。社会人一年目を何とか終えたオレは、さらに仕事が増え、だけどそれを上手く回せるだけの器用さは備えておらず、ただ毎日の業務に振り回される日々が続いていた。
あの時期は、ショーコママのバーにすら顔を出す余裕がなかったんだよな。毎日残業が続いていて、部屋に帰るのも遅い時間になってしまうから、食事だって疎かになっていく。
あの日も残業でコンビニや居酒屋くらいしか開いていないような時間に会社を出た。雨が降ってきたから持ってきた傘で帰ろうと思ったのに、ビニール傘だったからか誰かに持っていかれてしまったようで、イライラした気持ちを抱えながら雨の街へと駆け出した。
だけど、段々雨が強まってきて、流石にこれ以上は無理だと思って明かりの消えた定食屋の前へと雨宿りのため駆け込んだ。
その時、オレがいることに気が付いて鍵の掛かっていた扉を開けてくれたのが陸人さんだった。
あの時は陸人さん自身も父親が亡くなったばかりで、毎日遅くまで店に残って翌日の仕込みやお店の経営で目の回る日々だったと聞いている。そんな状態だったというのに、陸人さんはオレにタオルと傘を貸してくれて、唐揚げを四つ揚げてくれた。今の唐揚げの方が腕も上達していて美味しいけれど、やっぱりオレはあの日に食べた陸人さんの唐揚げが今まで食べたものの中で一番美味しかったと胸を張って言い切れる。
美味しい、と溢したオレの言葉で、陸人さんは恥ずかしそうに微笑んでくれた。その瞬間、オレは陸人さんに恋に落ちてしまっていた。
出会った時は、まだ指輪なんてしていなかったのに。でも、陸人さんみたいな人なら結婚するのは時間の問題でしかなかったんだ。オレはただ眺めていただけで行動すらしていなかったから、落ち込むこと自体が烏滸がましいことだけれど。
「ふーん、恭ちゃん先輩の好みってああいう感じなんですね」
「うわっ、高瀬……」
「ご注文は日替わり定食ですか?」
さっと店内を見渡してみても、陸人さんの姿はない。厨房に戻ったんだろう。店内には高瀬の他にレジに陸人さんの奥さんがいた。
高瀬の顔を見てしまえば、金曜日の夜のことを思い出す。高瀬も同様だったのか、オレの視線に気付くと困ったように肩を竦めた。
「大丈夫です、言いませんって」
「まぁ、そこは疑ってないけどさ。……じゃあ、日替わり定食一つで」
「はーい」
メモすら取らずに高瀬は厨房へと注文を告げると、すぐにオレのテーブルへと戻ってきた。
「お前な、ちゃんと仕事しろよ」
「恭ちゃん先輩が来る時間っていつもお昼時過ぎてるんですもん。暇なんですよね」
昼食の時間が決まっているわけじゃないからと、あえて混雑している時間を避けて食べに来ている。その理由を高瀬は察したようで、厨房の方へと目を向けながら一人頷いていた。
「真面目系かー……俺、見た目は真面目だけど中身そうでもないですもんね」
「……お前さ、あんまり人のことからかうなよ。オレにだって触れられたくないことはあるんだよ」
「からかってなんていません。俺、本気ですよ」
眉を潜めて高瀬を見上げるが、高瀬もオレから目を逸らすことなく見つめ返してきた。外見だけなら真面目そうなコイツだから、睨み合っていると自分の方が間違っているような気にさせられてしまい、敵う気がしない。やる気の削がれたオレは、その場で大きく溜め息を吐いた。
「基本金曜はバーにいるから、話があるならそこで聞いてやる」
やった、と笑顔を浮かべてガッツポーズをしてみせる高瀬のことを可愛いなと思う気持ちはあるけれど、それはあくまでも弟分に向けるような思いでしかない。
オレがこの先コイツとどうこうなるなんて、逆立ちしたって考えることができそうになかった
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