お前はオレの好みじゃない!

河合青

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【2】

1.それは高瀬陽にとって初めての

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 俺にとって、好きって気持ちはこの世で一番不安定なものだと思っていた。
 父と母が、それぞれ父と母以外の相手と一緒にいる姿を目にしたことがあったし、幼い頃はそれが当たり前のことだと思っていた。
 当たり前じゃないと知ったのは、小学生の頃に仲の良かった友達が両親の離婚で転校することになったから。
 離婚の原因は、父親が母親以外の女の人を好きになったかららしい。それって、普通のことじゃないのと最初に聞いた時は思ってしまった。
 それを不倫と呼ぶことはまだ幼かった俺にはわからなかったけど、友達が泣きながら転校していくような大事件だということは漠然と理解した。
 それなのに、どうして俺は何事もないかのように変わらず毎日を過ごしていられるんだろう。
 その疑問を直接両親に聞くことが出来なくて、兄貴に聞いたことがある。
『放っておきなよ』
 兄貴の返事は、シンプルだった。
『なら、なんで兄貴はいつも違う男の人と遊んでるの? 好きなんでしょ?』
『あはは、違う違う。向こうがおれを好きなの』
 俺の質問に笑いながら答えた兄貴だったけど、あれは俺を適当にあしらったんじゃなくて、本心からの答えだったように思う。
 歳を重ねていっても俺には好きという気持ちはよくわからなくて、代わりに兄貴の言っていたことは少しわかるようになっていった。
 相手が俺のことを好きだから。
 それはいつも、俺が相手を受け入れる時の理由だった。
 今でも、俺は自分の中にある「好き」という気持ちの曖昧さは消えてはくれない。
 それでも、恭ちゃんは俺が自分で選んだ相手だから。
「っ、高瀬……?」
「え?」
「ヤッてんのに、他のことっ、考えてんなよ……んん……」
 頬に触れた恭ちゃんのあたたかな指先と、吐息混じりの苦しげな声。
 冬の気配が濃くなり、空気が一段と重く冷たくなる中、俺は背負った毛布ごと恭ちゃんに覆い被さって薄く開いた唇を塞いだ。
 ぐにぐにとナカを緩く突きながらキスをすると、恭ちゃんは抵抗するみたいに俺の胸を押し返そうとする。
 だけどきゅうと俺のモノに絡みつく直腸は締付けを強くするし、止めろとか嫌だとかは口にしないから、恭ちゃんの抵抗はただの照れ隠しでしか無くて、それが可愛くて仕方なかった。
「ごめんね、恭ちゃん」
 角度を変えながら口付けを交わし、その隙間を埋めるように言葉を重ねる。
「好き、好きだよ」
 もっと気の利いたことを言えたら良いのに。
 伝えたいことは結局それしかないから、好きだと繰り返しながら何度もキスをした。


「お前ってさ、今なら男相手でもいけるようになったのか?」
「え?」
 すぐに寝てしまうのは勿体なくて、熱の残った布団の中で恭ちゃんを後ろから抱きしめていたら、そんなことを尋ねられた。
 一瞬何を聞かれたかわからなくて、首を傾げていたら「ごめん」と小さな呟きが腕の中に落ちた。
「……ヤなこと聞いたよな。忘れていい」
「全然気にしないですよ! ただ、その発想がなかったから驚いただけで……」
 元々来るもの拒まずな俺だから、恭ちゃんからすれば女でも男でも相手にするんじゃないかと不安になるのも当然のことだろう。
 大丈夫なんて口で言うのは簡単で、それだけじゃきっと信用はないだろうから、俺は汗ばんでいる恭ちゃんの首筋に鼻先を寄せて跡は付けないように唇を押し当てた。
「確かに恭ちゃんのこと好きになってからは相手が男か女かは些細なことでしかないな~って思いますけど、俺の恋人は恭ちゃんなんですから男相手なら誰でもいいわけじゃないですよ」
「……そっか。変なこと聞いて悪かった」
 首を横に振って、恭ちゃんの体をぎゅっと抱き締める。
 恭ちゃんの不安は何も悪くない。俺の今までの行いが悪いんだから。
「ね、恭ちゃん。今度デート行きませんか?」
「デート?」
「はい。毎週飲み行って泊まって……ていう時間も好きですけど、どっか出かけたりもしたいなーって」
「どこ行きたいとかある?」
 どこでも、と答えれば恭ちゃんは小さく笑った。
「オレだってお前とならどこでもいいよ。……じゃあとりあえず明日買い物付き合ってくれよ。新しいコート買いたいんだよな」
「寒くなってきましたもんね。俺も就活用に一着買っとこうかな……」
 年が明けてちょっとしたら、もう本格的に就活がスタートしていく。
 特別何かがしたいって夢があるわけじゃなかったから、勉強は好きだからって理由で公務員試験を受けようかななんて考えているけど、それ一本で行くのも不安がある。
「恭ちゃんはどうして今の仕事選んだんですか?」
「大学が情報系だったから色んなソフトは触る機会があってさ。デザイン専攻ってわけじゃなかったけど興味はあったし、新卒なら未経験でも取ってもらえるだろ? そこでスキル身に付けられれば転職だって考えられるし……ってとこだな」
「転職のことまで考えてたんですね。俺、そういうの何にも考えてなかった」
 来年の今頃だってどうしてるかわからないのに、就職先を決めないといけないなんて難しすぎる。
「まぁ高瀬みたいなヤツならどこ行ってもなんとかなりそうだけどな」
 恭ちゃんは楽しそうに笑うと、抱き締めていた俺の手を軽く握り締める。
「来月クリスマスあるけど、高瀬はどうしたい? 就活忙しくなる前に大学の友達と出掛けるならそれでもいいんだけどさ」
「俺は恭ちゃんと過ごしたいです」
 そっか、と頷く声が嬉しそうに聞こえたのは気のせいではないはず。
 クリスマス、一緒に過ごしたいと誘われることはあったけど、こうして俺から一緒にいたいと思ったのは初めてだった。
 自分の中には、確かに恭ちゃんに対して「好き」という気持ちがある。それが嬉しくて、俺はただでさえぴったりとくっついている体をぎゅっと抱き寄せた。
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