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番外編 亜樹という男
①
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恋人を寝取られたというのに、不思議と嫌いにはなれなかった男がいる。まぁ、もう二度と会うことはないと思っていたんだけど。
「あれ、ショーゴくん?」
聞き覚えのある声に振り返れば、その男は過去にアタシに何をしたか忘れたような顔をして片手をひらひらと楽しそうに振っていた。
古くからの友達のバーが開店から一周年を迎えたから、常連さんや友達を招いてちょっとしたパーティーをする……と聞いていたから、こんなとこでコイツと顔を合わせるなんて思いもしなかった。
「あれ? 亜樹くん、ショーコちゃんと知り合いなの?」
「ショーコ?」
隣で飲んでいたのは、アタシのお店にもよく来てくれるお客さん。ショーコという名前に首を傾げた亜樹は、アタシの許可なく空いていた隣へと腰を下ろした。
「ちょっと、アンタと飲みたくなんてないんだけど」
「えー、いいじゃん。久々の再会なんだしさ」
乾杯、と勝手にグラスを鳴らした亜樹。反対にいた彼は、アタシと亜樹とを見比べると、邪魔しちゃ悪いからと立ち上がって別の席へと移動してしまった。
「悪かったね。今の子、狙ってた?」
「違うわよ。顔は好みだけど、アタシはお店のお客さんには手を出さないって決めてるの」
相手から迫ってきたら別だけど。それは心の中に飲み込んで、ため息とともにグラスに半分ほど残っていたシャンディーガフを飲み干した。
「ところでアンタ、なんでこんなとこにいるのよ。地元戻ったんでしょ?」
「その地元に居辛くなったから出てきたんだよね。今度は旅行じゃないよ。こっちで就職もしたしさ」
「どうせ男食いまくったんでしょ……」
「食いまくったわけじゃないって。母親の彼氏寝取っただけ」
「最悪じゃない」
昔と全然変わらない、むしろ酷いんじゃないかとため息が溢れる。
この男との出会いは、五年ほど昔のことだ。
ようやく自分の店を持つことができ、常連さんとも呼べるお客さんが少しずつ増えてきた頃にふらっと現れたのが亜樹だった。
家族と揉めてしばらく旅行しようと思って地元から出てきた。事情は知らなかったけど、アタシもゲイだし家族と揉めること自体はそう珍しいこととは思わなかった。
人当たりの良い笑顔と物腰柔らかな態度はアタシの店にすんなりと溶け込み、あっという間に何ヶ月も通っているような親しさで他のお客さんとも話をするようになった。
モテそう、というより、実際にモテていた。来るもの拒まずな姿勢と不思議と人を惹き寄せる態度で、亜樹の周りにはいつでも誰かしらが座っていた。
「結局、あの後どうなった?」
あの後。亜樹の言葉にアタシは眉間を抑えると頭を抱えながら首を横に振る。
何でも良いから強めの酒を、とおかわりを注文し、別れたわよとだけ吐き捨てた。
「白々しいわね。知ってんでしょ? アンタのことが好きになったからって振られたのよ」
「そうだったんだ。あれからすぐ地元戻っちゃったからショーゴくんの彼氏とは一回きりだったんだよね」
整った顔立ちに悪びれる様子のない微笑みを浮かべて、グラスに口を付けた亜樹。
当時付き合っていたアタシの可愛い恋人は、この男に寝取られた。本人は取ったつもりですらなかったようだけど。
「ショーゴくん、今お店でママやってるの? おれが通ってた時はそうじゃなかったよね」
「そ、将吾ママじゃ可愛くないでしょ?」
「なるほど、今はショーコちゃんなんだ」
常連さんが増えてくると、横の繋がりも増えていった。その中で女装好きの別のバーのオーナーに誘われて試してみたらまんまとハマってしまったわけだ。
最初は個人的な趣味だったけど、それをお店で話したらここでやったらどうかと常連さんに言われ、それからはショーコママで通している。
そんなことは亜樹にはどうでもいいらしく、アタシの話を聞きながら心にも無い微笑みを浮かべて相槌を打っていた。
「聞いてるフリなんてしなくていいわよ。アンタはなんか面白い話でもないの?」
途中で話を切り上げて、亜樹へと話題を投げ付ける。面白い話なら山ほど持ってるだろう。アタシの予想通り、亜樹は戸惑う様子もなく「そうだなぁ」と頬杖を付いた。
「この前、地元で付き合ってたヤツとばったり会ってさ」
「へぇ。アンタが付き合ってたなんて思う相手がいたことに驚きよ」
ちょっとはいるよ、と亜樹は笑うと横目でアタシを見つめて肩を竦める。
「同じ高校の後輩だったんだけど、最終的にはおれが振られた相手でね」
「え! アンタって振られたことあるの?」
付き合っていた認識の相手がいたことにも驚きなのに、振られてもいたなんて。笑ってやりたいのにそれ以上に驚きが勝り、アタシはぽかんと亜樹を見つめることしかできなかった。
「あれ、ショーゴくん?」
聞き覚えのある声に振り返れば、その男は過去にアタシに何をしたか忘れたような顔をして片手をひらひらと楽しそうに振っていた。
古くからの友達のバーが開店から一周年を迎えたから、常連さんや友達を招いてちょっとしたパーティーをする……と聞いていたから、こんなとこでコイツと顔を合わせるなんて思いもしなかった。
「あれ? 亜樹くん、ショーコちゃんと知り合いなの?」
「ショーコ?」
隣で飲んでいたのは、アタシのお店にもよく来てくれるお客さん。ショーコという名前に首を傾げた亜樹は、アタシの許可なく空いていた隣へと腰を下ろした。
「ちょっと、アンタと飲みたくなんてないんだけど」
「えー、いいじゃん。久々の再会なんだしさ」
乾杯、と勝手にグラスを鳴らした亜樹。反対にいた彼は、アタシと亜樹とを見比べると、邪魔しちゃ悪いからと立ち上がって別の席へと移動してしまった。
「悪かったね。今の子、狙ってた?」
「違うわよ。顔は好みだけど、アタシはお店のお客さんには手を出さないって決めてるの」
相手から迫ってきたら別だけど。それは心の中に飲み込んで、ため息とともにグラスに半分ほど残っていたシャンディーガフを飲み干した。
「ところでアンタ、なんでこんなとこにいるのよ。地元戻ったんでしょ?」
「その地元に居辛くなったから出てきたんだよね。今度は旅行じゃないよ。こっちで就職もしたしさ」
「どうせ男食いまくったんでしょ……」
「食いまくったわけじゃないって。母親の彼氏寝取っただけ」
「最悪じゃない」
昔と全然変わらない、むしろ酷いんじゃないかとため息が溢れる。
この男との出会いは、五年ほど昔のことだ。
ようやく自分の店を持つことができ、常連さんとも呼べるお客さんが少しずつ増えてきた頃にふらっと現れたのが亜樹だった。
家族と揉めてしばらく旅行しようと思って地元から出てきた。事情は知らなかったけど、アタシもゲイだし家族と揉めること自体はそう珍しいこととは思わなかった。
人当たりの良い笑顔と物腰柔らかな態度はアタシの店にすんなりと溶け込み、あっという間に何ヶ月も通っているような親しさで他のお客さんとも話をするようになった。
モテそう、というより、実際にモテていた。来るもの拒まずな姿勢と不思議と人を惹き寄せる態度で、亜樹の周りにはいつでも誰かしらが座っていた。
「結局、あの後どうなった?」
あの後。亜樹の言葉にアタシは眉間を抑えると頭を抱えながら首を横に振る。
何でも良いから強めの酒を、とおかわりを注文し、別れたわよとだけ吐き捨てた。
「白々しいわね。知ってんでしょ? アンタのことが好きになったからって振られたのよ」
「そうだったんだ。あれからすぐ地元戻っちゃったからショーゴくんの彼氏とは一回きりだったんだよね」
整った顔立ちに悪びれる様子のない微笑みを浮かべて、グラスに口を付けた亜樹。
当時付き合っていたアタシの可愛い恋人は、この男に寝取られた。本人は取ったつもりですらなかったようだけど。
「ショーゴくん、今お店でママやってるの? おれが通ってた時はそうじゃなかったよね」
「そ、将吾ママじゃ可愛くないでしょ?」
「なるほど、今はショーコちゃんなんだ」
常連さんが増えてくると、横の繋がりも増えていった。その中で女装好きの別のバーのオーナーに誘われて試してみたらまんまとハマってしまったわけだ。
最初は個人的な趣味だったけど、それをお店で話したらここでやったらどうかと常連さんに言われ、それからはショーコママで通している。
そんなことは亜樹にはどうでもいいらしく、アタシの話を聞きながら心にも無い微笑みを浮かべて相槌を打っていた。
「聞いてるフリなんてしなくていいわよ。アンタはなんか面白い話でもないの?」
途中で話を切り上げて、亜樹へと話題を投げ付ける。面白い話なら山ほど持ってるだろう。アタシの予想通り、亜樹は戸惑う様子もなく「そうだなぁ」と頬杖を付いた。
「この前、地元で付き合ってたヤツとばったり会ってさ」
「へぇ。アンタが付き合ってたなんて思う相手がいたことに驚きよ」
ちょっとはいるよ、と亜樹は笑うと横目でアタシを見つめて肩を竦める。
「同じ高校の後輩だったんだけど、最終的にはおれが振られた相手でね」
「え! アンタって振られたことあるの?」
付き合っていた認識の相手がいたことにも驚きなのに、振られてもいたなんて。笑ってやりたいのにそれ以上に驚きが勝り、アタシはぽかんと亜樹を見つめることしかできなかった。
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