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番外編 亜樹という男
②(終)
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「ショーゴくんはおれをなんだと思ってるの?」
「その話されたら驚くのアタシだけじゃないわよ。アンタのこと知ってる人はみんなひっくり返るんじゃない?」
大げさだなぁと笑う亜樹。アタシは新しいグラスに口を付けながら、亜樹の聞きやすい声に耳を傾ける。
「丁度デート中だったみたいで彼氏と一緒だったんだけど、明らかにおれに未練あるって顔してたからさ」
「アンタまさか……」
「あ、大丈夫だよ。ホテル誘おうとしたけど彼氏に止められた」
「ホント最悪ね……」
「それよりもここからが面白くてさ、その彼氏っていうのがおれの弟だったんだよね」
話の展開に追い付けなくて、アタシはすぐに言葉を返すことが出来なかった。そういえば前に、高校生の時に親が離婚して年の離れた弟と離れ離れになったって聞いたことがあった。
「離婚して父親に連れて行かれた弟だっけ? そんな漫画みたいなことあるのね」
「おれも驚いたよ。その後一緒にご飯食べに行ったしね」
「弟と?」
「そう」
元彼の方じゃなくて良かったと一息ついてしまう。しかしその弟も中々複雑な気持ちだったでしょうに。
「弟の方はアンタとのご飯イヤじゃなかったの? 彼氏の元彼で、目の前でちょっかい出そうとしたんでしょ?」
「あいつもおれほどじゃないけどちょっと人とズレてるとこあるから、それとこれとは別って感じで久々にゆっくり話せて喜んでたよ」
亜樹の弟だと思えばそれも納得なのかもしれない。アタシだったら絶対にイヤだけど、と思いながらも今こうして元彼を寝取って捨てた亜樹と並んで座っているのだから、人のことは言えないかもしれない。
「弟はおれを見て育ってるからゲイに抵抗がないだろうけど、そもそもノンケのはずだし、相手がネコなのも知らなくて抱かれたって良いなんて言ったんだよね。興味本位に近付いて嫌な思いするのは自分なんだし、なんにもわかんないなら大人しく女と付き合っとけばいいって言ったんだけど、聞きやしやくて」
生まれてこの方苦労なんてしたことないとでも言い出しそうな顔に憂いを乗せて溜め息を吐いた亜樹に、そんな顔をすることがあるのかとアタシは驚いてしまった。
「アンタも弟は可愛いのね」
「そりゃあね。離れ離れになったのは向こうが小学生の時だし、父親のほうが母親よりマシだったけど、心配はしたよ」
いつもの人をおちょくったような態度じゃない。弟のことは本当に心配しているのが伝わってきて、こんな男でも人の心は持っているのかと感心してしまった。
「弟が聞かないなら仕方ないって思って、今度は前付き合ってた子の方に連絡してさ」
感心していたのに、やってることは相変わらず最低で乾いた笑いが零れてしまう。
「アンタねぇ……いくら弟が心配とはいえ、そんなことしたら嫌われるわよ」
「あはは、結局向こうもおれとヨリは戻したくないって逃げられちゃったんだけどね。まさか二回も振られるとは」
「……ふーん。なんか、ホント意外」
亜樹という男が振られる姿を、アタシは想像することが難しかった。人のことを振り回すだけ振り回して、いらなくなればポイッと捨ててしまう。
いつのまにか相手の心のどこかに小さな穴を開けてしまうから、離れた後もどうしてか忘れ難く、恨むことすら胸が痛くなるような男だ。
昔、それも学生時代に付き合っていたのならその子の心の中に亜樹はより大きな穴を開けていただろう。もう一度迫られて、振りほどくことが出来るなんて信じられない。
「そんなに、アンタの弟くんって魅力的なわけ?」
「おれの弟だからそりゃ、魅力的だよ。ただ、おれより弟を選ぶとは思わなかったけど」
全然好みじゃないって言ってたのにな。ぽそっと零された亜樹の言葉には、隠しきれない悔しさのようなものが纏わりついている。
「もしかして、アンタその元彼のこと本気だったの?」
頬杖を付いてアタシを見つめた亜樹は、小さく首を傾げると首を横に振った。
「そういうわけじゃないって。今まで本気になった相手なんていないしさ。ただ、あいつは……絶対におれのものなんだって思ってたんだよね」
「なにそれ、傲慢すぎ」
「いつもおれから嫌われたら死んじゃう……みたいな顔しててさ。それが……可愛くて、もっと困らせたいって思ってたな」
やっぱり最悪。だけど、そう語る亜樹の横顔は見慣れた性悪とは少し違っていた。
それが好きだったってことなんじゃないの。そんな風に思ったけれど、多分亜樹のそれはアタシの言う好きとは違うものだろうし、こんなこと言われたくもないだろうから胸のうちにしまうことにした。
「この間たまたまさ、駅で二人が歩いてるの見かけたんだよね。おれ、あいつの泣きそうな顔ばっか覚えてるんだけど、弟の横で見たことない顔で笑っててさ……おれはあいつの泣いてる顔が一番好きだったけど、弟は笑ってる顔が好きなんだろうな」
「そりゃあその子だって自分のこと笑顔にしてくれる人がいいでしょ」
「それでもおれを選ぶ自信あったんだけどなぁ」
「振られたのが答えよ」
それもそうか、と笑った亜樹は空になったグラスを揺らして口角を上げる。
「ちなみに、ショーゴくんはおれのこと恨んでる?」
「……彼氏の件なら、アタシに不満があったから亜樹の誘いにホイホイ乗っちゃったんでしょ。アンタのことはムカついてるけど、結局はアタシが満足させてあげられなかっただけのことよ」
「おれ、ショーゴくんのそういうとこカッコよくて好きだな」
「はいはいどーも。ま、アンタと話すのは嫌いじゃないし、こっち住んでるならたまには飲みに付き合うわよ」
「それってお店の出禁解除ってこと?」
「お店は出禁のままに決まってるでしょ。アンタ絶対トラブル起こすもの」
誰かの彼氏を取っただなんだのトラブルが起きるのは目に見えている。
残念、と全然残念じゃなさそうな顔で笑った亜樹は、アタシの腕を引くと「このあと二軒目付き合って」と人懐っこく笑うのだった。
「その話されたら驚くのアタシだけじゃないわよ。アンタのこと知ってる人はみんなひっくり返るんじゃない?」
大げさだなぁと笑う亜樹。アタシは新しいグラスに口を付けながら、亜樹の聞きやすい声に耳を傾ける。
「丁度デート中だったみたいで彼氏と一緒だったんだけど、明らかにおれに未練あるって顔してたからさ」
「アンタまさか……」
「あ、大丈夫だよ。ホテル誘おうとしたけど彼氏に止められた」
「ホント最悪ね……」
「それよりもここからが面白くてさ、その彼氏っていうのがおれの弟だったんだよね」
話の展開に追い付けなくて、アタシはすぐに言葉を返すことが出来なかった。そういえば前に、高校生の時に親が離婚して年の離れた弟と離れ離れになったって聞いたことがあった。
「離婚して父親に連れて行かれた弟だっけ? そんな漫画みたいなことあるのね」
「おれも驚いたよ。その後一緒にご飯食べに行ったしね」
「弟と?」
「そう」
元彼の方じゃなくて良かったと一息ついてしまう。しかしその弟も中々複雑な気持ちだったでしょうに。
「弟の方はアンタとのご飯イヤじゃなかったの? 彼氏の元彼で、目の前でちょっかい出そうとしたんでしょ?」
「あいつもおれほどじゃないけどちょっと人とズレてるとこあるから、それとこれとは別って感じで久々にゆっくり話せて喜んでたよ」
亜樹の弟だと思えばそれも納得なのかもしれない。アタシだったら絶対にイヤだけど、と思いながらも今こうして元彼を寝取って捨てた亜樹と並んで座っているのだから、人のことは言えないかもしれない。
「弟はおれを見て育ってるからゲイに抵抗がないだろうけど、そもそもノンケのはずだし、相手がネコなのも知らなくて抱かれたって良いなんて言ったんだよね。興味本位に近付いて嫌な思いするのは自分なんだし、なんにもわかんないなら大人しく女と付き合っとけばいいって言ったんだけど、聞きやしやくて」
生まれてこの方苦労なんてしたことないとでも言い出しそうな顔に憂いを乗せて溜め息を吐いた亜樹に、そんな顔をすることがあるのかとアタシは驚いてしまった。
「アンタも弟は可愛いのね」
「そりゃあね。離れ離れになったのは向こうが小学生の時だし、父親のほうが母親よりマシだったけど、心配はしたよ」
いつもの人をおちょくったような態度じゃない。弟のことは本当に心配しているのが伝わってきて、こんな男でも人の心は持っているのかと感心してしまった。
「弟が聞かないなら仕方ないって思って、今度は前付き合ってた子の方に連絡してさ」
感心していたのに、やってることは相変わらず最低で乾いた笑いが零れてしまう。
「アンタねぇ……いくら弟が心配とはいえ、そんなことしたら嫌われるわよ」
「あはは、結局向こうもおれとヨリは戻したくないって逃げられちゃったんだけどね。まさか二回も振られるとは」
「……ふーん。なんか、ホント意外」
亜樹という男が振られる姿を、アタシは想像することが難しかった。人のことを振り回すだけ振り回して、いらなくなればポイッと捨ててしまう。
いつのまにか相手の心のどこかに小さな穴を開けてしまうから、離れた後もどうしてか忘れ難く、恨むことすら胸が痛くなるような男だ。
昔、それも学生時代に付き合っていたのならその子の心の中に亜樹はより大きな穴を開けていただろう。もう一度迫られて、振りほどくことが出来るなんて信じられない。
「そんなに、アンタの弟くんって魅力的なわけ?」
「おれの弟だからそりゃ、魅力的だよ。ただ、おれより弟を選ぶとは思わなかったけど」
全然好みじゃないって言ってたのにな。ぽそっと零された亜樹の言葉には、隠しきれない悔しさのようなものが纏わりついている。
「もしかして、アンタその元彼のこと本気だったの?」
頬杖を付いてアタシを見つめた亜樹は、小さく首を傾げると首を横に振った。
「そういうわけじゃないって。今まで本気になった相手なんていないしさ。ただ、あいつは……絶対におれのものなんだって思ってたんだよね」
「なにそれ、傲慢すぎ」
「いつもおれから嫌われたら死んじゃう……みたいな顔しててさ。それが……可愛くて、もっと困らせたいって思ってたな」
やっぱり最悪。だけど、そう語る亜樹の横顔は見慣れた性悪とは少し違っていた。
それが好きだったってことなんじゃないの。そんな風に思ったけれど、多分亜樹のそれはアタシの言う好きとは違うものだろうし、こんなこと言われたくもないだろうから胸のうちにしまうことにした。
「この間たまたまさ、駅で二人が歩いてるの見かけたんだよね。おれ、あいつの泣きそうな顔ばっか覚えてるんだけど、弟の横で見たことない顔で笑っててさ……おれはあいつの泣いてる顔が一番好きだったけど、弟は笑ってる顔が好きなんだろうな」
「そりゃあその子だって自分のこと笑顔にしてくれる人がいいでしょ」
「それでもおれを選ぶ自信あったんだけどなぁ」
「振られたのが答えよ」
それもそうか、と笑った亜樹は空になったグラスを揺らして口角を上げる。
「ちなみに、ショーゴくんはおれのこと恨んでる?」
「……彼氏の件なら、アタシに不満があったから亜樹の誘いにホイホイ乗っちゃったんでしょ。アンタのことはムカついてるけど、結局はアタシが満足させてあげられなかっただけのことよ」
「おれ、ショーゴくんのそういうとこカッコよくて好きだな」
「はいはいどーも。ま、アンタと話すのは嫌いじゃないし、こっち住んでるならたまには飲みに付き合うわよ」
「それってお店の出禁解除ってこと?」
「お店は出禁のままに決まってるでしょ。アンタ絶対トラブル起こすもの」
誰かの彼氏を取っただなんだのトラブルが起きるのは目に見えている。
残念、と全然残念じゃなさそうな顔で笑った亜樹は、アタシの腕を引くと「このあと二軒目付き合って」と人懐っこく笑うのだった。
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