爪弾き者の第一王女は敵国の年下王子の妻となる

河合青

文字の大きさ
49 / 56
2.雪の降る国

17

 タキに見送られながら一人自室までを歩き、扉に掛かる鍵を開けドアノブに手を掛けたリーゼロッテに横からやや固い声が掛けられた。
「リーゼロッテ様、少しよろしいでしょうか」
 顔を上げたリーゼロッテは、声の主を目にするとゆっくりと目を細めて微笑みを浮かべた。
「はい、どうかしましたか?」
 そこにいたのは、レイノアール国から派遣されここまで彼女を運んできた二人の騎士。爽やかな微笑みを浮かべた青年と、人見知りなのか口数の少ない気弱そうな少年である。それぞれ、リーゼロッテよりも年上と年下だと推測される。
 青年は申し訳なさそうに眉尻を下げると、上目遣いにリーゼロッテの様子を伺いながら言葉を発する。
「このようなお時間に申し訳ございません。明日の王都入りについて、ご確認させていただきたいことがございまして」
 ドアノブに掛けた手を止めて、リーゼロッテは二人の姿を蒼色の瞳に映した。そこに籠められた感情の色は、複雑に混ざりあっていて読み取ることは不可能であった。
「……わかりました。では、中へどうぞ」
 快く了承の意を示され、青年は微笑み少年は俯く。行くぞ、と小突かれた青年は少年の腕を掴むと、リーゼロッテの手からドアノブを奪い扉を開ける。
 まずはリーゼロッテを部屋に入れ、そのあとに少年を進ませる。そして自分は最後に部屋へと入ると、音を立てぬように後ろ手で慎重に扉を閉じた。
 ゆっくり、閉ざされる扉。部屋の真ん中ほどまで進んだところで、リーゼロッテは振り返った。
「どういったお話なのでしょう?」
 危機感の欠片もない声。青年は口元に笑みを浮かべると、迷わずに鍵を掛けた。
 冷たく響く施錠音。それを合図に、少年はリーゼロッテの背後に回り両手首を掴むと空いていた手で彼女の口を塞いだ。
 少年の手は小刻みに震えているが、リーゼロッテを逃がさぬようにと細い手首を痕が付きそうな強さで拘束していた。
「初めに言っておきますが、別に私たちはリーゼロッテ様の命を奪おうとは考えておりませんよ」
 極めて紳士的な声色で、余りにも場違いな態度で青年はリーゼロッテに目を向けた。
 暴れることもなければ、恐れる様子もない。リーゼロッテは黙って青年の言葉に耳を傾けていた。
 顔色一つ変えないリーゼロッテを気味悪がりながらも、青年は平静を装ってリーゼロッテの目の前へと足を進める。
「ただ、その身の純潔を奪わせていただきたい……そう考えているだけです」
 リーゼロッテの眉間にしわが刻まれた。冷たく睨み付けられたところで、青年が構うことなどない。
 青年は欲望を隠しきれない歪んだ笑いを浮かべると、厚手の布地に覆い隠されたリーゼロッテの太股を下からなぞるように撫で上げた。
「しっかり押さえてろよ。ここまで来て怖じ気づくな」
 少年は黙って頷くと、リーゼロッテを拘束する力を強めた。そして、後ろ手に拘束しているリーゼロッテの両手を引き、青年に向けて胸を突き出すような体勢を取らせる。
 少年の気遣いに満足げに微笑むと、青年は足を撫で回していた手を止めてリーゼロッテの胸元を隠すリボンに手を掛けた。
「騒いだって無駄ですよ。警備が入ってきたところで、私たちは貴方に誘われたのだと言えばいいのです。この店の主人は潔癖なところもありますが、そこで働くものが皆同じ志とは限りませんからね。それなりのお金さえ握らせてしまえば、こちらの言い分に同意してくれますよ」
 服の上からでも、女性らしい体つきであることがわかる。将来の第三王子の妻となる女性の純潔を奪えと命令を受けたときは厄介事に巻き込まれてしまったという思いしかなかったが、それなりに楽しめそうな相手であれば少しは気が紛れる。
 どうせ事が表に出てしまっても、青年が処罰されることはないだろう。背後にいる存在のおかげで、彼は何一つ心配をすることなく女性の体を貪ることが出来るのだ。
「しかし、本当に処女なのですか? どうせ若い男騎士様辺りと密会でもしてもう身も心も真っ黒なんじゃないですかね。うちでもいいトコのご令嬢の間で自分より身分の低い男との逢い引きが流行したことあったろ?」
 青年はリーゼロッテの背後で彼女を押さえる少年に声を掛けたが、少年は怯えた様子で目を逸らした。自分がしていることの恐ろしさを理解していながらも、手を離せない葛藤で唇は動かせない。
 反応を示せない少年に対してつまらなさそうに舌打ちをすると、引きちぎるようにしてリーゼロッテのリボンを剥ぎ取った。
「……つまらないですね。少しは抵抗したらどうなんです? それとも、昔からこうして乱暴にされるのは慣れているんですかね?」
 面白味がないのはリーゼロッテも同じだった。青年など興味なさそうに目を伏せている。この状況から逃げ出す術を探しているようにも見えるが、騒ぎ立てたところでリーゼロッテに勝ち目はない。
 開かれた胸元から除いた肩甲骨を、男は指先で羽で触れるように撫で上げる。
 険しい瞳を崩さぬまま、リーゼロッテは青年の手から逃れるように上半身を逃がそうとした。しかし、後ろの少年がリーゼロッテの両手を押さえているため逃げることは叶わなかった。
「私に触られるのが嫌なのか、純潔を守りたいのか、どちらでしょうね」
 青年は、笑う。嫌がる姫を無理矢理汚すというのは、中々に心が踊る。
 しかし、リーゼロッテはこれ以上自身の柔肌を夫でもない男に晒すつもりはなかった。
「いっ!」
 リーゼロッテは自分の口を押さえていた少年の指に躊躇いなく噛み付いた。突然の痛みに少年の拘束は緩む。
 その隙を逃さず、リーゼロッテは背後の少年の足を自分の足で引っ掛けると、足払いを掛けて自分の体ごと少年を背中から床へと打ち付ける。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。 けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。 それでも旦那様は優しかった。 冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。 だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。 そんなある日、彼女は知ってしまう。 旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。 彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。 都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る 静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。 すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。 感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。