上 下
8 / 240
第1話 勇者、市民と共生を目指す

〜4〜

しおりを挟む
 仕事を終えた俺が移動魔法で姿を現すと、街の入り口の石塀に腰掛けていたニーアが、俺に気付いて菓子を食べていた手を止めた。
 泥で汚れて疲れた顔をしている俺とピンク色の菓子袋を見比べて、ニーアは菓子袋を背中に隠して石塀から飛び降りて駆け寄って来る。

「お帰りなさい、勇者様。市民の皆様は帰られました。勇者様が戦っている様子を映写したので、一応ちゃんとした勇者なんだなって納得いただけました!ニーアも仕事だって理解してもらえたし、本当にありがとうございます!」

「そうか」

 今日の目的は、市民説明会の開催でも市民への御挨拶でもない。ニーアにかけられた破廉恥な誤解を解くことだ。当初の目的が達せられたのだから、それで充分だ。
 そして、子ども向けヒーローショーの司会のお姉さんのようなニーアも、本人には絶対言わないが滑りっぷりが最高に面白かったから、俺は十二分に満足している。

「それに、ご自分の言葉に責任を持つ勇者様の御姿、しっかり拝見させていただきました」

「そうか……」

 魔獣を倒してそれで終わりなら、5分もあれば終わる。
 しかし、魔獣の首を切り落とそうとした時に、通信機で聞いていたホールの音声から「共生するとか言ってなかった?」という言葉が聞こえて剣を止めた。

 俺は書いただけで、言ってない。
 そんな苦しい屁理屈が市民に通じないのは、俺は前世で身に染みている。

 魔獣を倒さずに、二度とこの辺りに近付いて来ないように痛めつける。そんな無駄な技術、養成校でも教わらなかった。手加減が面倒で時間がかかるし暴れる魔獣に吹っ飛ばされるし、大変な目に遭った。
 誰だ、共生なんて面倒臭いことを言いだしたのは。

「しかし、市民の皆様から『魔獣とはいえ嬲るのは残酷では?』『怪我をさせた魔獣を逃がすのは逆に危険ではないか?』というご意見がありました。どうしますか?」

「何やっても誰かは文句言うんだよ。無視」

「はい。わかりました」

 ニーアは几帳面に俺の言葉をメモしていた。市職員として優秀過ぎるニーアなら「貴重なご意見ありがとうございます。今後の勇者業を進めて行く上で参考にさせていただきます」とでも言ってくれるだろう。

 俺の後ろを歩くニーアは、メモと一緒に菓子袋をそっと鞄に片付けて魔獣がいなくなった山に目を向けた。

「……ニーア、本当は勇者になりたかったんです」

 ニーアは、地面の草を蹴りながら、ぽつりと独り言のように呟いた。

 熱烈な勇者マニアの片鱗を窺わせるニーアが、勇者に憧れているのは言われなくても誰でも気付く。おそらく、副市長の文句の言い様からしてホーリアに勇者を呼ぶのも、発案者はニーアだろう。
 副市長に信頼されているだけではなくて、弱みか何かを握っているのかもしれない。俺にも教えてほしい。

 勇者養成校は誰でも入学試験が受けられるから、入学の倍率が500倍とか千倍とか言われている。俺のように一発合格する方が稀で、中年を過ぎても何度も試験に挑む人間だっている。魔法も剣術も使える勇者の下位互換のような職業の魔法剣士は、養成校を諦めた人間が良く選ぶ仕事だ。
 しかし、ニーアの若さなら諦めずに次の試験を目指せるはずだと思ったが、ニーアは俯いたまま独り言を続けた。

「ただ、ホーリア生まれの人間は、生まれた時からある程度魔法が使えるけど、一定以上は魔力が強くならないみたいなんです。適性無しということで、諦めました」

 俺は前世の記憶により、見た目よりも年の功はあるが、魔法については勉強した事と十数年間この世界で生きてきた自分の事しか知らない。俺が今適当に思い付く事など、ニーアは知っているはずだし、それも全部納得して諦めたはずだ。
 だから、俺はそれ以上余計な事を言うつもりは無かったが、「でも、」とニーアは打って変わって明るい声で続けた。

「勇者様を見ていてわかったんです。人を助けたり正しい事をするのに、肩書きなんて関係無いんだ!って。だから、私は魔法剣士として、この街を守っていきます」

 ニーアは俺を追い越して振り返り、俺の着任以来見せていなかった満開の笑顔を見せた。そして、手袋を外して魔法剣士のわりに小さな右手を俺に差し出す。

「勇者様。これからも、よろしくお願いします!」

「……ああ、よろしく」

 俺はそれに応えて、ニーアと固い握手を交わした。


 +++++


 『……こうして、ホーリアの勇者の活躍により、無駄な殺生を行うこと無く魔獣を追い払う事ができ、市民からの信頼と絶大な支持に繋がった。他の街付の勇者たちも、ホーリアを見習って魔獣との共生を目指してもらいたいものだ……』

 久々の俺の活躍を記しておくために長い報告書を書き上げて、今日の俺の仕事が終わった。
 ニーアは堂々と家に帰れるようになって、久しぶりに事務所には俺1人だ。真面目に働いたから良く眠れそうだと、自室のベッドに入って目を瞑る。

 しかし、最後のニーアの言葉を頭の中で反芻して、暗闇の中で目を開けて体を起こした。
 良い感じの雰囲気で言われたから、その場ではそれ以上突っ込まなかったが。

「あれ、褒めてないよな」

 勇者を名乗る奴でも、お前のようなクソがいるとわかったから、勇者の肩書きにこだわるのは止めることにした。
 という言葉を、綺麗にオブラートに包んで五角形にするとあの言い方になると思う。

「いや、まさか……」

 優秀な市職員のニーアが、可愛い笑顔でそんな残酷な事を言うはずがない。俺が深読みし過ぎているだけだ。
 あるいは、俺の傍若無人な振舞いに我慢の限界が来ていて無意識の内に、ほんの僅か、ちょっとだけ本音が零れてしまったのかもしれない。
 そうだ、そういう事にしておこう。

 2回目の人生でも残業代は払われないし、休日出勤は当たり前にあるし、世の中、何も信じられない。特に仕事に関しては嘘ばかりだ。上司の「後ででいいよ」も、部下の「代わりにやっときます」も、絶対に信じてはならない。

 でも、これからもよろしくと言ったニーアの言葉と笑顔にだけは、嘘は無いと信じたい。
 これからも、俺はここで勇者をやって行くのだから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ほろ甘さに恋する気持ちをのせて――

恋愛 / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:17

呪われた第四学寮

ホラー / 完結 24h.ポイント:1,831pt お気に入り:0

祭囃子と森の動物たち

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:1

恋と鍵とFLAYVOR

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:7

川と海をまたにかけて

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:149pt お気に入り:0

ポイズンしか使えない俺が単身魔族の国に乗り込む話

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:411pt お気に入り:8

ラグナロク・ノア

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:326pt お気に入り:3

処理中です...