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第4話 勇者、在りし日の己を顧みる

〜4〜

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 三條絵瑠歌は、いつでも正しかった。

 悪や不正を見つけると、親友だろうが男子だろうが教師だろうが、それは違う、とはっきり言う奴だった。小学生の時は、「ちょっと男子!掃除ちゃんとやりなさいよ!」とか言っていたキャラだと思う。
 俺は高校入学から卒業まで三條と同じクラスだったから、損な性格をしている奴だと3年間眺めていた。
 女子から「委員長キャラうざっ」とか陰口を言われてるのも知ってたし、男子でエロ話をする時の前説として「あいつと付き合ったらストレスで死ぬ」と笑いのネタになっていた。

 しかし、エルカが語る輝かしい前世を聞けば誰でもわかるように、三條は自分に正直に正しく在られるだけの素質があった。
 家族に恵まれて見た目が美人で、頭が良くて運動ができる。
 だから、性格の悪い奴に嫌われても、偶然虫の居所が悪いクラスメートに陰口を叩かれても、高校3年間、クラスの中心人物でカースト最上位に君臨していた。

 全てがぎりぎり人並みで、誇れるものが何もなく、嫌われないようにヘラヘラ媚びることしか能が無い俺とは、真逆の人間だった。
 高校を卒業してから三條に会わなかったが、大学のミスコンで優勝したとか、新卒でいきなり企業広報誌の一面をソロで飾ったとか、色々派手な噂を聞いたことがある。
 つまり、世界がひっくり返っても俺と相容れないタイプの人種。

 しかし、この世界にいて「前世」があるということは、三條は死んだのか。
 そして、エルカの聞いてるだけで胸焼けがしてくる前世は「一流企業でバリバリ働いている私」で終わっている。

「エルカは、その世界で死んだのか?」

「ああ、そうだよ」

 俺の不躾な質問に、エルカは戯れにハープの弦を指で弾きながら、歌の続きのように語り出した。

「新地開発のために行った開発途上国。危険だと言われても、会社のために喜んで行ったさ。そしたら、そこで、バーン!」

 エルカが突然大きな声を出して、驚いた俺がテーブルに足をぶつけた音が広間に響いた。
 エルカは、自分の死の際を語りながら、それを盛り上げるようにハープで悲劇的なBGMを付ける。

「拳銃で一発。殉職さ……異国の地に散ったんだ」

 ちゃんちゃん、と軽い音を弾いて、エルカはテーブルに身を乗り出した。

「さて、君は何か思い出した?」

 エルカが自分の事を明け透けに話すのは、俺にも同じ事を話させるためだ。
 しかし、俺は前世を思い出すつもりはない。最悪、語ることになっても、前世の知り合いには口が裂けても言いたくない。
 「クラスのキョロ充だった俺だよ」みたいな自己紹介をするのは、もう一度死んだとしても絶対に嫌だ。

「俺は、その……実は、前世、フランス人だったから。だから、今の話を聞いてもあんまりピンと来なくて……」

「フランス?凱旋門とかがある?」

 エルカの言葉に頷いたが、俺は凱旋門と通天閣の違いが判らない。そして、今俺の頭に浮かんでるのは、恐らく雷門だ。
 エルカは帽子の陰から猜疑心に満ちた目を俺に向けて、ハープを弾く指も完全に止まっている。
 この静まり返った空気の中で、前世の嘘、まさに世界規模の嘘を吐くのは勇気がいるが、俺は勇者だ。迷わず話を続けた。

「仕事もしないで遊び回ってるドラ息子のフランス人だった。で、ある夏に親の金でエーゲ海のクルージングに行ったんだけど、客船が沈没してそのまま……」

 俺は自分の死に際を思い出すのが辛そうな顔をしてみせた。
 しかし、こんな死に方ができたらいいな、という理想バージョンだから、いまいち身が入らない。本当にこれで死んだ奴がいたら、今からでも前世を交換してほしい。

「日本語に反応したのに、フランス人なのかい?」

「……日本語も話せるフランス人なんだよ」

「そう。フランス語では試したことがないな。『財布落としたよ』ってフランス語で何て言うんだ?」

「……エルカは、イナムを見つけてどうするつもりなんだ」

 俺は、ホーリア市の勇者として平穏な街を守るため、エルカに尋ねた。
 決して、フランス語がわからなかったからでは無く。

 前世の記憶を持っている奴がいてもどうにもならないと思うが、この世界に無い言語で語り出す奴らがいたら、頭のおかしい集団にしか見えない。
 季節の変わり目に現れる自由人の対処は勇者の仕事ではないのに、勇者がなんとかしろ!と、市内放送で流れるであろう苦情の幻聴が聞こえてくる。

「どうもしないよ。ただ、前世の話を出来たら面白いなって」

 エルカは、ぽんぽんぱん、と弦を弾きながら軽く言った。
 放浪の吟遊詩人らしい発言だ。
 しかし、この吟遊詩人の前世は三條だ。教師から「もっと若者らしく遊び心を持った方がいい」と言われて、「若者らしいって定義があやふやな言葉で人の行動を評価するのはおかしいんじゃないですか?」と言い伏せた、あの三條だ。

「……誰かに頼まれているのか?」

「まさか」

「イナムを集めて、何かするのか?」

「何も。でも、皆でお茶会とか開いたら楽しそうだね」

 のらりくらりと躱されて、俺は思わずテーブルを叩いた。

「俺は本気で聞いてるんだ」

 俺は勇者だ。クラスの委員長キャラに同情されて、遊ばれる俺はもう死んだ。
 高校3年間で三條と話したのは両手で数えるほどだ。無いとは思うが、万が一にも三條が俺を覚えていたら。今目の前にいるのがビクビクしながら人の顔色を窺って生きていた俺だとわかったら。
 この世界でいくら首席卒業の勇者でも、俺を見下げて嘲笑してくるはずだ。

 しかし、エルカは苛々している俺を面白がるように眺めて、穏やかな子守唄を弾き始めた。

「私も本気で言っている。だって、同じ思い出を持っているなんて、面白いじゃないか」

 俺はエルカの本心を伺おうと、帽子の陰から光る目を見つめた。
 魔法を使わなくても目を見ればわかる。エルカは本当に、イナムを集めて思い出を語らおうとしている。
 前世の思い出など、この世界で何の役にも立たない。時間をドブに捨てるような真似をしてどうするつもりだ。

「君とも、そういう話が出来ればいいんだけど」

「俺は前世を思い出すつもりはない。俺のことは忘れてくれ」

 俺はそれだけ行って、立ち上がって広間の扉を開けた。
 聞き耳を立てるのに飽きて廊下でボードゲームを広げていたリリーナとニーアが、俺が出て来たのに気付いてがしゃがしゃと慌てて駒を片付ける。

「出てってくれ。話す事はない」

 エルカの表情は帽子の陰に隠れて見えなかった。
 ゆっくりと立ち上がってハープを皮の袋に入れて背中に背負い、俺が開けた扉から廊下に出る。

「私は、用があってホーリアに来たんだ。しばらくいるから、気が向いたらホテル・アルニカに来てくれ」

 俺が黙っていると、エルカは寂しそうに小さく笑った。しかし、裾を引き摺りながら歩き出して、ニーアが見送りのために追いかける。

「ねぇ?何の話してたの?」

 リリーナが床に転がった銀貨を数えながら俺に聞いてきた。業務時間中に賭けボードゲームをしていたことは、後でニーアに説明してもらおう。

「下らない事だ。もう会わない」

 俺は、一刻も早く今日の事を忘れようとした。

 前世の同級生がこの世界にいたこと。三條がイナムを集めるとか意味不明なことをやっていること。
 それから、エルカの雑な罠に引っかかってしまったこと。これが一番腹が立つ。

 エルカはホーリアにいる間、俺に日本語で話しかけてくるかもしれない。既にニーアとリリーナが訝しんでいるから、街で反応しないように気を付けなくては。
 しかし、俺は街の人間、特に肉屋に嫌われていて、どうせまともに買い物ができないし、エルカが出て行くまでホーリアの街に行くのは止めておこう。

 と、そこまで考えて、俺は1つ大切な事を思い出した。
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