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第11話 勇者、忘れたものを思い出す

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 寮を出て校内を歩いていると、廊下の正面から制服を着た2人組が歩いて来た。
 今の俺よりもいくつか年上に見える2人は、練習用の剣を下げて話していたが、俺が卒業生だと気付くと姿勢を正して俺に頭を下げる。

「女の子見なかったか?赤毛の、双剣下げてる」

 銀髪と白髪の2人は、顔を見合わせて少し考えてから頷いた。

「赤毛の?ああ、ここじゃ珍しいなと思ったんですよ。さっき、中庭の練習場にいました」

「外からすげぇ見てくるから、入学希望者かと思って一緒に練習しないか誘ったのに」

「何にも言わずに逃げてっちゃいました」

「せっかく、先輩が声かけてやったのにな」

 俺は礼を言って廊下を足早に進んだ。「あいつ、賭けで負け無しって有名なニワトリじゃね?」と2人が囁く声が後ろから聞こえて来る。もう少しいい噂で知っておいてもらいたいものだ。

 道が変わらないように魔術を使いながら歩いていくと、すぐにニーアの姿を見つけた。
 廊下の窓の前に立っているニーアに声をかけようとしたが、窓枠に置かれた手が固く握り締められている。
 俯いたニーアの表情が見えなくて、なんとなく俺は足を止めた。
 押し殺した小さな声が漏れて、ニーアの頬から零れ落ちた小さな滴が床に跳ねて、中庭からの日差しに光っている。

 やきもちだとか、そんな浮付いた可愛い感情では無い。
 自分ではどうしようも無い事で悔しくて悔しくて我慢できない時。何を呪っても恨んでもどうしようも無い時。そんな風に、隠れて声も出さないで泣いた記憶がある。

 俺は、この世界では望んだ通り勇者になって、思い描いていた姿とは少し違うけれど楽しく生きている。
 しかし、前世では違った。いくら頑張っても出来ない事がある、と気付いたのは、自堕落に生きて取り返しの付かない年齢の大人になってからだった。
 今更足掻いてもどうしようもないから、死ぬまでの数十年、望まない人生を大人しく消費する事で何とか折り合いを付けた。過酷な労働条件と無能な上司のお蔭で案外早く終わってくれたから少々有難くもある。

 ニーアは今でも勇者になりたいんだ。肩書なんて気にしないと言ったのも、ただの強がりだ。
 なりたいものになれなくて、悔しくて泣くなんて、随分昔に忘れた感情だった。

 せがまれてもニーアを勇者養成校に連れて来るべきではなかった。
 俺に慰められるのは一番惨めで腹が立つだろうから、俺は黙って隠れていた。


 +++++


 帰りの馬車に乗る頃には、ニーアはいつもの調子に戻っていた。練習場で練習している生徒を見れたとか、歴代の勇者の肖像画が並んでいてアウビリス様のを拝んで来たとか。

 ニーアの鞄は、何故か来た時と比べて限界まで膨らんでいる。
 コレクター気質のニーアのことだ。せっかく勇者養成校に入れたのだから、取りあえず思い出に何か持って帰ろうとな考えたのかもしれない。

 学校の出入りは監視魔術がかけられていて、何か盗めばサイレンが鳴り響いて教官と点数稼ぎの生徒達が襲い掛かって来る。
 監視魔術に引っ掛からなかったなら、持って帰っても法に触れない物だろう。ニーアは自制できる子だから、ドングリとか松ぼっくりとかだと信じている。

「勇者様は、お片付け終わったんですか?ニーア、1人で帰れるから探して来てくれなくても……」

「魔術を使わないで帰ると、数日かかるだろう」

「そうですけど……」

 俺は持って帰ってきた魔術書をニーアに渡した。一般に流通していない、魔術学校か勇者養成校でしか手に入らない禁術の魔術書だ。
 埃塗れで紙魚に食われているのも勿体無いから、ニーアに使ってもらうために、ポテコがまとめて捨てようとしている本の束から抜いて来た。
 ニーアはまだ理解出来るレベルに達していないが、礼を言って受け取ってくれた。首を傾げつつぱらぱらと捲っていたが、ふと表情を陰らせて本を閉じる。

「私、ポテコさんに嫌われちゃいましたか?」

「ポテコは、いつもあんな感じだ」

「だって、なんか、怒っていませんでしたか?」

「ポテコは人と会う時、いつも怒ってる」

 アムジュネマニスの魔術師は、大抵プライドが高くて保守的で、そのせいか人見知りが激しい奴が多い。リリーナと同じだ。悪い奴ではないから、慣れれば普通に付き合える。
 餌か何かで釣って懐かせれば大丈夫だと教えると、リリーナの扱いで慣れているニーアは明るい表情に戻って頷いた。

「入学試験の時」

「はい?勇者様の?」

「オグオンと仲良しなのかって、ニーアが聞いただろ」


 答えとしては、全然仲良しでは無い。
 しかし、一介の新卒勇者の俺と、国の大臣のオグオンが他と比べて関係が深いのは事実だ。

 養成校の試験は、学力と魔術と剣術がある。そして、俺も当日知ったが、試験に合格した後、入学前に体力測定がある。
 剣術の試験をパスして体力的に問題がある奴は滅多にいない。しかし、ついでに測定された身長と体重で、俺は見事に基準に達せずと引っ掛かった。
 勇者マニアのニーアも知らなかったらしく、血相を変えて俺のマントを引っ張って来る。

「し、身長で入学できないんですか?そんなの、試験要項に書いてないですよ?!」

「入学要項の方に、望ましい基準が書いてあるんだ」

  俺は前世では普通に生きていて平均的な体格だったし、死んだ時には成長期がとっくに終わった年齢だった。人は食べて寝ないと成長しないという事を、すっかり忘れていた。
 この世界に生まれてからひたすら勇者を目指して来たのに、それも全て水の泡かと絶望しかけた時、救ってくれたのが試験官をやっていたオグオンだ。

 あくまで望ましい基準で、俺の年齢なら成長が期待できる。体格が貧弱でも常時魔術を使って姿を変えていられれば何の問題も無い。
 だから、合格させてやれ、と。

 それを言った時のオグオンは、まるで神様に見えた。
 俺も、今のニーアと同じくらいオグオンを称えて、これからあなた様の言う事に何でも従います、と気軽に身売りをしてしまった。

 約束通り卒業するまで2年間、じっくりこき使わされて、俺は人と約束をする時は、相手に最低限人の心があるか確認する癖が付いた。

「さすが、アウビリス様!お優しい……素晴らしい人格者じゃないですか!」

 ニーアはもうオグオンのやる事になら何でもいいのか、感激の涙を流して俺のマントに顔を埋めていた。

 オグオンは全然優しくない。でも、俺が入学できたのはオグオンのお蔭だ。一応感謝しているし、今でも頭が上がらない。

 学力が足りないとか、剣術の才能が無いとか、魔力が足りないとか、入学出来ない可能性だって充分あった。
 しかし、俺はこの世界に生まれてから、勇者になる事だけを目指して生きてしまった。あの時オグオンの一言が無くて、入学できなかったらどうしていただろう。
 この世界で前世と同じように平凡以下で生きて行くか、或いは、もう一回転生して新しい世界で再チャレンジとか馬鹿な事を考えそうな気がする。

「もし、ニーアが魔術を使えてたら、この身長で入学できましたかね?」

 マントに顔を埋めたまま、ニーアが小さな声で尋ねて来た。
 ニーアの体格だとギリギリ基準を満たしていると思う。
 しかし、どう答えるのが正解かわからなくて、俺は答えを濁して馬車の外に目を向けた。
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