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第18話 勇者、世界を渡る
〜7〜
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ホーリア市内に入ると、市に掛けられていた魔力制御の魔法が消えていることに気付く。
少し空気が薄いような気がするのは標高が高いからだと思っていたが、トルプヴァールにかけた魔法の影響を受けていたからだ。
事務所まで戻ると、横の石塀に腰掛けてニーアが俺に気付いて駆け寄ってきた。
「おかえりなさい。勇者様」
俺はニーアに剣を返した。
1回折れたのを繋ぎ直したがバレないだろうと思ったのに、職人の審美眼を持つニーアは折れた箇所を的確に見抜いて指でなぞる。
俺が謝る前に「経費で落ちるから大丈夫です」と遮った。
事務所の前では、驚いたことにリリーナが庭に出て来てポテコと話をしていた。
多分、人見知りをするあまりずっと機嫌が悪いポテコに、同じ魔術師なら話ができるんじゃないかとニーアが気を遣って間に入ったんじゃないかと思う。
「君、学園にいた?」
ポテコがぶっきらぼうに尋ねると、リリーナは帽子を深く被って顔を隠したままもごもごと答える。
「父が、ひぅっ、勤めて、ので……あ、あなたも?」
「別に」
リリーナは人見知りだが、一対一で話しかけられると頑張って会話をしようとする。
しかし、ポテコは緊張するとあからさまに不機嫌で冷たい態度になってしまう。
この2人は性質が似ているのに相性が悪い。蜘蛛の糸を手繰るようなコミュニケーションは、傍から見ていても心臓に悪い。
俺とニーアは2人を見なかったことにして、昼も近いのにいまだに爆発音と騒ぎが聞こえて来るゼロ番街を眺めた。
「ニーア、今なら魔術が使えるかもな」
「そ、そうですか?じゃあ、何か使ってみますか?!」
「あの騒動を収められるような魔術がいい」
人が有する魔力には個人差があるから、生まれてから一度も魔術を使った事がないニーアがどの程度なのか俺にもわからない。
もし本当に魔術が使えなくて勇者の素質が無かったとしても、ニーアは魔法剣士としてそこそこ楽しく生きて行く術を知っている。
俺はニーアと手を重ねて、ニーアの剣を1本目の前に立てた。この世界では、魔法の杖は素人が魔力を集中させるために使う。初めて魔術を使うニーアには必須だ。
「『我、今ここに宣言する』て、唱えるんだ」
高度魔術を使う時の宣言は、今から自分が世界に影響を与える魔術を発動させ、その結果に責任を持つことを約束する儀式だ。
力を持つ者は相応の覚悟が必要だと、魔術を学ぶ人間は一番先に身をもって学ぶ。
「……大丈夫です。リリーナさんから習いましたから……!」
ニーアが剣を強く握り締めた。
リリーナとポテコも、霞を掻き回すような無益な会話を止めてニーアを窺っている。
ニーアは刃先を見つめて、大きく息を吸って一度呼吸を止めた。
「……我、今ここに宣言する」
ニーアが呟くと同時に、剣を中心に魔力が爆発した。
ニーアの体が力を失って、そのまま後ろに倒れた。
リリーナとポテコも同じように芝生の上にぱたんと倒れる。
俺も、意識が掻き消えそうになる寸前に、魔術を解読して反対魔法を自分にかけて何とか踏みとどまった。
眠らせるだけの単純な魔術。しかし、魔術をかけたニーア自身にもかかっているし、強力過ぎてゼロ番街どころか市全域にかかっている。
「リリーナ、ニーアに範囲指定も自己防御も教えなかったのか?」
「だ、だって……本当に使えるようになるなんて、思わなかったんだもん……」
服が汚れるのも構わずに地面で寝ているリリーナを揺すぶって尋ねると、そう言い残して寝直してしまった。
直後に、俺の耳につけた通信機が鳴り響く。
ニーアの魔術はこの勢いだとヴィルドルク国内の全域とまではいかなくても、市外に広くかかっている。
範囲内にいた人間は、全員眠りについてしまったらしい。俺がギリギリ起きているということは、各地の勇者は起きている。この鳴り止まない通信は、魔術の元がホーリア市だと気付いた勇者から俺への苦情の通信だ。
責任問題の4文字が、俺の肩に重く圧し掛かってくる。
『勇者様……あの、何かありました?』
突然街が静かになったのを不審に思って、隠れていたクラウィスが事務所から出て来た。
退魔の子のクラウィスにはニーアの魔術も効かない。
俺は鳴りやまない通信機を耳から外した。
ニーア達は地面で寝ているが、晴れてきたから風邪をひく心配はない。
「よし、お茶にしよう」
『えー……昨日もそんなこと言ってなかったぁ……?』
寝こけている3人をそのままにして、俺はクラウィスの背中を押して事務所に戻った。
少し空気が薄いような気がするのは標高が高いからだと思っていたが、トルプヴァールにかけた魔法の影響を受けていたからだ。
事務所まで戻ると、横の石塀に腰掛けてニーアが俺に気付いて駆け寄ってきた。
「おかえりなさい。勇者様」
俺はニーアに剣を返した。
1回折れたのを繋ぎ直したがバレないだろうと思ったのに、職人の審美眼を持つニーアは折れた箇所を的確に見抜いて指でなぞる。
俺が謝る前に「経費で落ちるから大丈夫です」と遮った。
事務所の前では、驚いたことにリリーナが庭に出て来てポテコと話をしていた。
多分、人見知りをするあまりずっと機嫌が悪いポテコに、同じ魔術師なら話ができるんじゃないかとニーアが気を遣って間に入ったんじゃないかと思う。
「君、学園にいた?」
ポテコがぶっきらぼうに尋ねると、リリーナは帽子を深く被って顔を隠したままもごもごと答える。
「父が、ひぅっ、勤めて、ので……あ、あなたも?」
「別に」
リリーナは人見知りだが、一対一で話しかけられると頑張って会話をしようとする。
しかし、ポテコは緊張するとあからさまに不機嫌で冷たい態度になってしまう。
この2人は性質が似ているのに相性が悪い。蜘蛛の糸を手繰るようなコミュニケーションは、傍から見ていても心臓に悪い。
俺とニーアは2人を見なかったことにして、昼も近いのにいまだに爆発音と騒ぎが聞こえて来るゼロ番街を眺めた。
「ニーア、今なら魔術が使えるかもな」
「そ、そうですか?じゃあ、何か使ってみますか?!」
「あの騒動を収められるような魔術がいい」
人が有する魔力には個人差があるから、生まれてから一度も魔術を使った事がないニーアがどの程度なのか俺にもわからない。
もし本当に魔術が使えなくて勇者の素質が無かったとしても、ニーアは魔法剣士としてそこそこ楽しく生きて行く術を知っている。
俺はニーアと手を重ねて、ニーアの剣を1本目の前に立てた。この世界では、魔法の杖は素人が魔力を集中させるために使う。初めて魔術を使うニーアには必須だ。
「『我、今ここに宣言する』て、唱えるんだ」
高度魔術を使う時の宣言は、今から自分が世界に影響を与える魔術を発動させ、その結果に責任を持つことを約束する儀式だ。
力を持つ者は相応の覚悟が必要だと、魔術を学ぶ人間は一番先に身をもって学ぶ。
「……大丈夫です。リリーナさんから習いましたから……!」
ニーアが剣を強く握り締めた。
リリーナとポテコも、霞を掻き回すような無益な会話を止めてニーアを窺っている。
ニーアは刃先を見つめて、大きく息を吸って一度呼吸を止めた。
「……我、今ここに宣言する」
ニーアが呟くと同時に、剣を中心に魔力が爆発した。
ニーアの体が力を失って、そのまま後ろに倒れた。
リリーナとポテコも同じように芝生の上にぱたんと倒れる。
俺も、意識が掻き消えそうになる寸前に、魔術を解読して反対魔法を自分にかけて何とか踏みとどまった。
眠らせるだけの単純な魔術。しかし、魔術をかけたニーア自身にもかかっているし、強力過ぎてゼロ番街どころか市全域にかかっている。
「リリーナ、ニーアに範囲指定も自己防御も教えなかったのか?」
「だ、だって……本当に使えるようになるなんて、思わなかったんだもん……」
服が汚れるのも構わずに地面で寝ているリリーナを揺すぶって尋ねると、そう言い残して寝直してしまった。
直後に、俺の耳につけた通信機が鳴り響く。
ニーアの魔術はこの勢いだとヴィルドルク国内の全域とまではいかなくても、市外に広くかかっている。
範囲内にいた人間は、全員眠りについてしまったらしい。俺がギリギリ起きているということは、各地の勇者は起きている。この鳴り止まない通信は、魔術の元がホーリア市だと気付いた勇者から俺への苦情の通信だ。
責任問題の4文字が、俺の肩に重く圧し掛かってくる。
『勇者様……あの、何かありました?』
突然街が静かになったのを不審に思って、隠れていたクラウィスが事務所から出て来た。
退魔の子のクラウィスにはニーアの魔術も効かない。
俺は鳴りやまない通信機を耳から外した。
ニーア達は地面で寝ているが、晴れてきたから風邪をひく心配はない。
「よし、お茶にしよう」
『えー……昨日もそんなこと言ってなかったぁ……?』
寝こけている3人をそのままにして、俺はクラウィスの背中を押して事務所に戻った。
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