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第21話 勇者、後進を案ずる
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ニーアが入学してしばらく経ったある日、俺は事務室に呼ばれて勇者養成校に来ていた。
自分の用事を済ましてから、ニーアの姿を探して校舎を歩く。
俺が来ることは伝えていないが、今日は事務所に来れないと言っていたから養成校で授業を受けているはずだ。
気配を探りながら校舎をさまよっていると、西側の中庭にニーアの姿を見つけた。
制服を着たニーアは、授業の空き時間でベンチに座って午前のお茶をしている。教科書を広げながら、友人らしい男女3人と一緒にお菓子を食べつつ笑顔で談笑していた。
ベンチに座って、お茶をしながら友人と談笑。
最短記録でこの学校を卒業したとはいえ、俺はこの学校で友人と談笑した記憶はない。
「あいつ、風見鶏がどうのこうのみたいな有名な卒業生じゃね?」
「ああ、この前の。どっかの田舎で何かあったんだよな」
俺が廊下の影に隠れてニーアを眺めていると、後ろで生徒が俺のことを何か言っているのが聞こえた。
首都から遠く離れたホーリアの騒動なんて、興味の無い生徒はそこまで知られていない。しかし、首席飛び級卒業の俺のことはそこそこ知られている。
養成校をうろついても目立たない姿を考えて、俺は変装魔法でポテコの姿になった。誰でもない架空の人間になるよりも、姿が思い浮かべられる人間に変装した方が簡単だから、少し姿を借りる事にしよう。
短い緑の髪を耳に掛けて、眼鏡は邪魔だから制服のポケットに押し込んだ。元魔術師なら視力の矯正なんて好きに出来るだろうに、ポテコの眼鏡はキャラ付けのためか何かだろう。
「ニーア!悪い、次空いてる?」
「あ、いつものですか?大丈夫ですよ!」
通りかかった先輩らしき生徒に呼ばれて、ニーアは友人と別れて先輩についてどこかに向かった。
体育会系の素直さが仇になってパシリにでもされているんじゃないだろうか。心配になって後ろからついて行くと、図書館に併設されている自習スペースに到着する。
先輩2人がテーブルに着いていて、ニーアが勉強を教えてもらうのかと思ったら、辞書と教科書を開きながらニーアが先輩に外国語を教えている。
俺は入学前に養成校で勉強する言語は全て学んでおいたから、試験に合格すれば授業は免除になった。
ニーアも主要国の言語は一通り話せると言っていたから、同じく授業免除だろう。しかし、まさか先輩に教えるほどの人徳と力量があったとは。
「先輩」
本棚の影に隠れてニーアを窺っていると、後ろからこそっと声を掛けられる。今忙しいと振り返った俺の両目に、眼鏡のつるが突き刺さった。
いきなり目潰しされるほど、恨まれている覚えはない。痛みに叫びそうになるのを寸前で堪えて、俺は目を抑えて床に倒れる。
「眼鏡、忘れてるし」
涙目で見上げると、変装中の俺と同じ姿をしたポテコが俺を見下ろしていた。
ポテコは目測を誤っただけで攻撃するつもりはなかったらしく、自分が掛けているのと同じスペアの眼鏡を俺の顔に掛ける。
「人の両目を潰しておいて……言う事はそれだけか」
「人の姿、勝手に使うな」
ポテコは復讐とばかりに変装魔法を使って俺の姿になると、俺の横にしゃがんで同じようにニーアを眺めた。
俺はもう少し人当たりの良さそうな顔をしていると思うが、ポテコの姿を勝手に使った俺が注文を付けるのも悪いと思い、静かにニーアの様子を見ていた。
先輩に物を教えるなんて、気を遣うだけで面白くも何ともない。お金を貰ってようやく引き受けるがどうか考える雑務だが、ニーアは出来の悪い先輩に声を荒げることもなく、時々笑い声まで聞こえて来る。
「ニーアは、先輩からも頼られるなんて、大変だな……」
「風見鶏先輩さ、この学校にいた時、何していた?」
俺は養成校にいる間、オグオンの雑用に呼び出されたり、形式的な会議の御付きに使われたりしたが、基本的に勉強していた。
勇者養成校とはいえ、所詮は学校だ。勉強するところで勉強以外に何をすることがある。
つまらない事を聞くなと俺が答えると、ポテコは俺の顔で俺を見下ろしてふーんと唸る。
「つまり、先輩が勉強だけしていた学校で、ニーアは勇者になる勉強をして、気の合う友達を作って、先輩に恩を売って、多分下級生から信頼されて、卒業するんだね」
「俺は性善説頼りの人間関係は信じないことにしてるんだ」
「あっそ。先輩がそう思うならそれでいいけどさ」
ポテコはそう言って、俺の顔になっている自分の頬をぐにぐにと伸ばして、不機嫌そうに変顔を作っている。
ポテコの言葉には、先程から妙にトゲがある。
気難しいが単純なポテコのことだ。ポテコの機嫌が悪い理由を、俺は少なくとも28個は思い付く。
一番有力なのは、久しぶりに会った俺が自分ではなくニーアの事ばかり気にしているから。
俺が養成校にいた間、ポテコが俺以外の生徒と話しているのを見た事がない。
俺とだって大して仲良くないけれど、俺が教師とポテコの仲介をやっていたくらいだ。教師も生徒も含めて学校の人間で一番話せていたのが俺だろう。
「ポテコ、友達はできたか?」
「…………ボクは魔術を解さない人とは話が合わないから」
「アムジュネマニス出身の奴もいるだろ。そいつらとは仲良くやれるんじゃないか?」
「別に。先輩には関係無いし」
「そうだ。新しく講師になったリリーナ、この前少し話せてたよな」
「あれは絶対、無理!」
ポテコが突然大声を出した。俺の声で叫んだせいで、ニーアが気付いてこっちを向く。
「あ、勇者様!」
俺の姿をしたポテコにニーアが駆け寄って来る。
せっかく俺とポテコがいることだし、ここは俺が一肌脱いでポテコとニーアに少し仲良くなってもらおう。
俺はニーアに返事をしようとしたが、ポテコは俺を本棚の後ろに押し込んだ。自分も続いてニーアから隠れると、俺と自分の変装魔法を解いてそのまま姿を消す。
元の姿に戻された俺は、床に転がったまま1人残された。
「あれ?勇者様、何でこんな所で寝てるんですか?」
ポテコに掛けられた眼鏡は残っていて、俺はマントの内ポケットにそれをしまいながら「何でもない」と答えて立ち上がった。
自分の用事を済ましてから、ニーアの姿を探して校舎を歩く。
俺が来ることは伝えていないが、今日は事務所に来れないと言っていたから養成校で授業を受けているはずだ。
気配を探りながら校舎をさまよっていると、西側の中庭にニーアの姿を見つけた。
制服を着たニーアは、授業の空き時間でベンチに座って午前のお茶をしている。教科書を広げながら、友人らしい男女3人と一緒にお菓子を食べつつ笑顔で談笑していた。
ベンチに座って、お茶をしながら友人と談笑。
最短記録でこの学校を卒業したとはいえ、俺はこの学校で友人と談笑した記憶はない。
「あいつ、風見鶏がどうのこうのみたいな有名な卒業生じゃね?」
「ああ、この前の。どっかの田舎で何かあったんだよな」
俺が廊下の影に隠れてニーアを眺めていると、後ろで生徒が俺のことを何か言っているのが聞こえた。
首都から遠く離れたホーリアの騒動なんて、興味の無い生徒はそこまで知られていない。しかし、首席飛び級卒業の俺のことはそこそこ知られている。
養成校をうろついても目立たない姿を考えて、俺は変装魔法でポテコの姿になった。誰でもない架空の人間になるよりも、姿が思い浮かべられる人間に変装した方が簡単だから、少し姿を借りる事にしよう。
短い緑の髪を耳に掛けて、眼鏡は邪魔だから制服のポケットに押し込んだ。元魔術師なら視力の矯正なんて好きに出来るだろうに、ポテコの眼鏡はキャラ付けのためか何かだろう。
「ニーア!悪い、次空いてる?」
「あ、いつものですか?大丈夫ですよ!」
通りかかった先輩らしき生徒に呼ばれて、ニーアは友人と別れて先輩についてどこかに向かった。
体育会系の素直さが仇になってパシリにでもされているんじゃないだろうか。心配になって後ろからついて行くと、図書館に併設されている自習スペースに到着する。
先輩2人がテーブルに着いていて、ニーアが勉強を教えてもらうのかと思ったら、辞書と教科書を開きながらニーアが先輩に外国語を教えている。
俺は入学前に養成校で勉強する言語は全て学んでおいたから、試験に合格すれば授業は免除になった。
ニーアも主要国の言語は一通り話せると言っていたから、同じく授業免除だろう。しかし、まさか先輩に教えるほどの人徳と力量があったとは。
「先輩」
本棚の影に隠れてニーアを窺っていると、後ろからこそっと声を掛けられる。今忙しいと振り返った俺の両目に、眼鏡のつるが突き刺さった。
いきなり目潰しされるほど、恨まれている覚えはない。痛みに叫びそうになるのを寸前で堪えて、俺は目を抑えて床に倒れる。
「眼鏡、忘れてるし」
涙目で見上げると、変装中の俺と同じ姿をしたポテコが俺を見下ろしていた。
ポテコは目測を誤っただけで攻撃するつもりはなかったらしく、自分が掛けているのと同じスペアの眼鏡を俺の顔に掛ける。
「人の両目を潰しておいて……言う事はそれだけか」
「人の姿、勝手に使うな」
ポテコは復讐とばかりに変装魔法を使って俺の姿になると、俺の横にしゃがんで同じようにニーアを眺めた。
俺はもう少し人当たりの良さそうな顔をしていると思うが、ポテコの姿を勝手に使った俺が注文を付けるのも悪いと思い、静かにニーアの様子を見ていた。
先輩に物を教えるなんて、気を遣うだけで面白くも何ともない。お金を貰ってようやく引き受けるがどうか考える雑務だが、ニーアは出来の悪い先輩に声を荒げることもなく、時々笑い声まで聞こえて来る。
「ニーアは、先輩からも頼られるなんて、大変だな……」
「風見鶏先輩さ、この学校にいた時、何していた?」
俺は養成校にいる間、オグオンの雑用に呼び出されたり、形式的な会議の御付きに使われたりしたが、基本的に勉強していた。
勇者養成校とはいえ、所詮は学校だ。勉強するところで勉強以外に何をすることがある。
つまらない事を聞くなと俺が答えると、ポテコは俺の顔で俺を見下ろしてふーんと唸る。
「つまり、先輩が勉強だけしていた学校で、ニーアは勇者になる勉強をして、気の合う友達を作って、先輩に恩を売って、多分下級生から信頼されて、卒業するんだね」
「俺は性善説頼りの人間関係は信じないことにしてるんだ」
「あっそ。先輩がそう思うならそれでいいけどさ」
ポテコはそう言って、俺の顔になっている自分の頬をぐにぐにと伸ばして、不機嫌そうに変顔を作っている。
ポテコの言葉には、先程から妙にトゲがある。
気難しいが単純なポテコのことだ。ポテコの機嫌が悪い理由を、俺は少なくとも28個は思い付く。
一番有力なのは、久しぶりに会った俺が自分ではなくニーアの事ばかり気にしているから。
俺が養成校にいた間、ポテコが俺以外の生徒と話しているのを見た事がない。
俺とだって大して仲良くないけれど、俺が教師とポテコの仲介をやっていたくらいだ。教師も生徒も含めて学校の人間で一番話せていたのが俺だろう。
「ポテコ、友達はできたか?」
「…………ボクは魔術を解さない人とは話が合わないから」
「アムジュネマニス出身の奴もいるだろ。そいつらとは仲良くやれるんじゃないか?」
「別に。先輩には関係無いし」
「そうだ。新しく講師になったリリーナ、この前少し話せてたよな」
「あれは絶対、無理!」
ポテコが突然大声を出した。俺の声で叫んだせいで、ニーアが気付いてこっちを向く。
「あ、勇者様!」
俺の姿をしたポテコにニーアが駆け寄って来る。
せっかく俺とポテコがいることだし、ここは俺が一肌脱いでポテコとニーアに少し仲良くなってもらおう。
俺はニーアに返事をしようとしたが、ポテコは俺を本棚の後ろに押し込んだ。自分も続いてニーアから隠れると、俺と自分の変装魔法を解いてそのまま姿を消す。
元の姿に戻された俺は、床に転がったまま1人残された。
「あれ?勇者様、何でこんな所で寝てるんですか?」
ポテコに掛けられた眼鏡は残っていて、俺はマントの内ポケットにそれをしまいながら「何でもない」と答えて立ち上がった。
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