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第25話 勇者、国際社会に対応する

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 裏庭に呼び出したシスターは、俺の背後に積み重なった木箱を見て大きな溜息を吐いた。

「頼んだけど、どこも拒否されたんだ」

 暗いシスターの表情に、流石に後ろめたくなってつい言い訳がましい事を言ってしまった。
 少し前にこの教会に孤児を沢山連れて来たばかりだ。その時はシスターは長いこと天井を見上げて雨漏りを探していたが、今回は静かだ。

「あの子たちに見つからないうちに帰りな。ようやく落ち着いたんだから」

「防腐処理はしてある。10日程度なら保つはずだ」

 シスター木箱を撫でて、小さく祈りの言葉を呟いた。そういう態度をされるくらいなら、金をせびられて、雨漏りの修理をさせられる方がまだマシだった。

「生きてる人間が一番なんだよ」

 引き受けてもらったことだしさっさと立ち去ろうとしていたが、シスターには相応しくない言葉が聞こえて足を止めた。

「死んだ子のためにあんたが嫌な思いをすることないんだから」

 俺はシスターに何か言い返そうとしたが、何も思い浮かばず、黙ったまま裏庭から離れた。


 +++++


 ヴェスト・トロンベの事件を生活安全課に引き継いだ後、子供の死体は市役所に引き取られて燃えるゴミとして焼却処分になるところだった。
 それを拒否して死体を引き取った俺が、途方に暮れたのは確かだ。
 どこに頼んでも、退魔の子は埋葬したくないと、勇者の権力を見せる前に門前払いされてしまった。
 退魔の子でも、死後は魔法を掛けられるただの物体になる。それでも他の墓の持ち主が嫌がるから無理だなんて、民間信仰はかなり根深い。

 俺は死体なんてどうでもいいし、それほど信仰心も無いからどこに埋めてもいいと思う。最悪、市がやろうとしていたように焼却処分でもいい。
 しかし、コルダは全部見てしまった。
 もしも、コルダにあの子達はどうなったと尋ねられた時、コルダは賢い子だから万に一つもないだろうが、そう尋ねられた時に、生き延びた子は元気に暮らしていて死んだ子は丁重に弔った、と俺がコルダに正直に言いたいだけだ。
 俺がもっと嘘を吐くのが上手だったら、こんな面倒な事をしなくて済んだのに。

 そして、今日の俺は他にも用事がある。
 シスターにはさっさと帰れと言われたが、俺は孤児院の子供の遊び場になっている教会の広場に向かった。
 ぎゃあぎゃあ騒いで遊んでいる子供たちから少し離れたところにいる見つけて、広場の外からそっと呼びかける。
 アインは、あの時に生き残った子の中で一番年長で一番元気だった子供だ。まだ寝込んでいる子もいるのに心身ともにすっかり元気になっていて、俺に気付くと瞳を輝かせて駆け寄って来た。
 俺はアインに会う度にお菓子や玩具をあげているから良く懐いている。単純なガキは扱いやすくて助かる。
 しゃがんで待っていると、いつものように首に抱き着いて来た。孤児院に来てから入れた黒い鍵の紋様は、既に腫れも引いてアインの頬に刻まれている。

「……おじさん……今日は、何、くれるの……?」

 アインの声はびゅうびゅうと掠れていて、ようやく聞き取れる程度の大きさだが、これでもアインは全力で叫んでいる。
 退魔の子が喉を潰されてしまうのはよくある事だ。乳幼児の時に、泣き声を魔法で消せなくてうるさいからというのが主な理由らしい。

「お兄さんからのプレゼントだ」

 俺はアインの首にポシェットを掛けて、顔に熊の形をしたマスクを付けた。 
 クラウィスが今付けている発声器と同じ物で、リコリスに作り方を教えてもらって俺が自力で作った改良バージョンは、少し声の聞き取る精度が甘いがアインの声量なら充分拾えるはずだ。
 アインは口元を抑えて不思議そうにしていたが、自分の呟いた声が耳に届いたのに気付いて目を丸くした。

『おー!!!しゃべれるー!!!』

「大きな声を出さなくても聞こえてる。他の子の分は今度送るから、交換で使うんだ」

『あー!!おじさん!!ありがとう!!』

「それで、お兄さんはアインに聞きたい事があるんだ」

 周囲にシスターがいない事を確認して、アインの耳に口を寄せた。
 まだ傷が癒えていない子供に、事件を思い出させるような事を尋ねるのは気が引ける。しかし、アインを懐かせたのはこれを聞くためだ。

「アインたちを酷い目に遭わせたやつらの中に、子供はいたか?」

『こども?』

 こんな子供、と変身して見せようかと一瞬考えて、すぐに止めた。こんな事であんなに可愛い姿を使いたくない。
 俺よりも年下でアインよりも年上の子、と説明するとアインは少し考えてすぐに首を横に振る。

『おじさんよりも年上の人ばっかりだったよ』

「そうか。お兄さんよりも年上の人ばっかりだったのか」

 人身売買を行っていたのは逃亡中のフロアマネージャーだろうが、あれだけの人数の子供を死なないように管理するためにホテルの中に協力者がいたはずだ。
 そして、市内で商売をしていたなら、客を探して契約を結ぶために市内に詳しい、犯人にも客にも信用される人間が必要だったはず。
 幼いアインの証言が正確だとは思えないが、俺は取りあえずそれを信じることにした。

『あいつら、つかまえるの?』

「そう。お兄さんは勇者だから」

『かっこいー!!』

 話は終わり、とアインの肩を掴んで子供の集団の方に向かせた。
 俺はこの世界の子供の遊びは知らないが、多分有り余った体力で走り回る単純な遊びで、新入りのアインでも一緒に出来るはずだ。

「入れてって自分で言えるな?」

『うん!!』

「息が苦しくなったら、マスクは外すんだ」

『うん!!』

 広場に駆けて行ったアインが上手く仲間に入ったのを見届けてから、俺は教会に戻った。
 教会の受付になっている小部屋の本棚に、孤児院に入った子供の情報がまとめられたノートがある。
 シスターに見つからないうちに済ませようと、ノートを引っ張り出してページを捲った。アインたちはこの施設に入る直前に名前を付けたが孤児院に入って来た時は名前が無い子もいるし、孤児院を出た後で違う名前を名乗る子もいる。
 しかし、クラウィスの名前はすぐに見つかった。3年前、育てられなくなったと街の外の大人が連れて来た、と書かれている。その時に既に名前が付いていたらしい。
 3年前とは、思っていたよりも最近だ。日付は、俺が養成校に入学した少し後。

「……まさか」

 一瞬頭を掠めた嫌な想像を振り払って、俺はノートを本棚に戻した。
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