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第31話 勇者、尾行調査をする

〜3〜

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 翌日、ギリギリ二日酔いにならずに済んだ俺は、昼を過ぎた頃にゼロ番街に向かった。こういう下調べは早ければ早い程いい。
 昨日の賑やかさが嘘のように静かな街で、マントの下から生魚を取り出すとすぐに建物の影から黒猫が飛び出して来た。
 事務所の庭で上手く釣れなかったから、今日のはホテルのレストランの卸から買わせてもらった上等な物だ。黒猫も物の良さが分かっているのか、ベンチに置いた魚を夢中で食べ始める。

「リコリスは?」

 俺が尋ねても、魚に顔を埋めている黒猫は答えない。
 しばらくベンチに腰掛けて待っていると、魚が綺麗に背骨だけになってからぺろぺろと顔を拭いながらようやく答えてくれた。

「支配人は今出かけている」

「そうか、忙しいのか?」

「ああ、暇な勇者と違って、リコリス様は色々お仕事があるんだ」

「ふーん……」

 黒猫の言う事に一々怒っても仕方ないから、俺は聞き流して世間話を続けることにした。
 本当はリコリスに聞きたかったが、この黒猫は他の魔術師のように街の仕事はせずにリコリスの影に住み着いている。ここで何かカルムの話をしても、悪い噂が広まることはないだろう。

「なぁ、アーテルはここの魔術師たちのことはよく知ってるのか?」

「何故そんな事を聞く……?まぁ、微塵も興味はないが、耳に入って来ることなら知っている」

 アーテルはそう言って黒い耳をピクリと揺らした。
 この黒猫の人型になった所をまともに見たことがないが、元の顔を剥いでリコリスに似せて作り直したとリリーナが言っていた。だから、リコリスのこと以外は何も興味がないのはわかっていた。
 しかし、一緒に働いているわけだし、悪評でも好評でも何かしら情報を得られるだろう。

「カルムって」

「あいつの事など知らん」

 黒猫は俺が言い終わる前にそう言い捨てると、俺の影に跳び込んで姿を消そうとする。俺は間一髪で尻尾を掴んで影から引き戻した。
 ここの魔術師のニパスもカルムを嫌っていた。ゼロ番街の魔術師は殆どがリコリスと一緒にモベドスを追放された魔術師だと聞いているが、カルムはモベドスの関係者ではないらしい。アムジュネマニスにはモベドス以外にも魔術学校はあるし、学閥でもあるのだろう。

「そんなこと言うなよ。同じ職場で働く仲間だろう」

「魔術師に仲間などいるか。いるのは私より下等な魔術師と、いつか私より下等になる魔術師だ」

「ふーん。リコリスはどっちなんだ?」

「勇者ごときがリコリス様の名前を出すな!」

 アーテルはそう言うと、俺の頬を鋭い爪で引っ掻いて影に消えて行った。
 一人残された俺は、黒猫が消えた後に出て来た本物の猫が食べ残しの背骨を食べているのを眺めていた。本物の猫は大人しく俺に背中を撫でさせてくれて、しかも膝に乗ってゴロゴロと喉を鳴らしている。

 本当なら、クラウィスを知らない大人に差し出して危険な目に遭わせるわけにはいかないから、カルムの頼みは当然断るつもりだった。
 しかし、なんとカルムは、俺が見栄を張って入れたボトルもニーアが飲み散らかしたボトルも、コルダが派手に遊んだ店の全員の代金も、話を聞いてくれた礼といって全て払ってくれたのだ。
 俺の天秤の、右の皿にアルコール中毒者と薬物中毒者と自殺志願者が乗り、左の皿に羽振りのいい金持ちが乗った結果、カルムに「いい人」の審判が下された。
 とはいえ、俺が破産しかけたことなどクラウィスには関係無いから、そんな事情までは伝えなかった。だから断っても良かったのに、クラウィスは案外乗り気でデートに着て行く服をリリーナと選んでいる。
 愛があれば歳の差など乗り越えられるのだろうか。酔っ払いの戯言が現実味を帯びて来た。


 +++++


 カルムがデートの場所に選んだのは、隣国トルプヴァールのネイピアスで行われているイベントだった。
 広い美術館を中心に、庭園や大通りを使って服や雑貨の展示販売が行われている。売られている服や展示されている絵画がクラウィスが着ている服と似ていて、集まっている女の子たちもクラウィスのように可愛くて派手な服を着ていた。
 魔術を使えないネイピアスでは、とりあえずカルムが魔術を使って何かする危険はない。しかし、小さなクラウィスは魔術が使えなくても大人のカルムには敵わないから、2人に許可を取った上で、デートの後を付けていた。
 ちなみに、勇者が持ち場を放って出国すると色々問題になるから、ポテコに頼んで事務所に居てもらっている。
 せっかく事務所に遊びに来たのに俺が出掛けることに気付いて、人見知りで俺以外と話せないポテコは無言で激怒していた。
 後輩に犠牲になってもらってせっかく来たのに、カップルがいるデートスポットでこそこそと隠れて後を付けるのは迷惑だし2人に悪い。
 だから、仕事である勇者の服装ではなく、それなりに周りに馴染む普通の格好をして来た。つまり、いつも寝食を共にしている俺のマントが今はない。

「……恥ずかしい」

「ニーア、勇者様が普通の格好をしているの初めて見ました」

 これはデートの服装ではなく、デートに行く男のコスプレだ。
 リリーナはクラウィスの服を新調してくれたが、何故か俺の服まで準備して、しかもデートに行く男の詳細なキャラ設定まで準備してくれた。
 都会に出て来た芸術家志望の青年で、実家から勘当されているが大金持ちでIQが300。
 多分、リュリスに吹き込まれた乙女ゲームか何かの設定を流用されたんだろう。
 そんな今日の俺の背景はともかく、久々にマントを着ないで外に出たから、着るべき物を着てないような気分でそわそわする。

「ニーアとしては、いっつもマントの下が寝間着のままでいることの方が恥ずかしいと思いますけど」

「そうなのだ。勇者様、この前なんてズボン履くの忘れてマントの下がパンツだったのだ」

 コルダはカルムが俺に変わって店の代金を払ってくれたことを知って恩を感じているらしい。
 いつものフードで耳や尻尾を隠しつつ2人のデートを見守っていたが、余計なことに俺が本当に着るべき物を着ないで外出した時の話を暴露する。誰にも言わないという約束で絵本買ってやったのに。

「勇者様……いい加減捕まりますよ」

 ニーアが呆れたように言って、俺は聞こえないフリをする。
 コルダの裏切りはともかく、デートは順調に進んでいた。服なんて見て面白いのかと思っていたけれど、周りの女の子たちは楽しそうだった。クラウィスも楽しそうに服を見ながらカルムと筆談で何か話している。

「しかし、やっぱり歳の差が気になるな……」

「うーん……まぁそうですね。親子って言ってもいいくらいですし」

「いや、親子は言い過ぎだろう」

「そうですか?ニーアのリトルスクールの同級生でもう子どもがいる人もいますし、おかしくないと思いますけど」

「……」

 ニーアの同級生なら、今の俺とそう歳は変わらないはずだ。それで結婚して、子供がいるのか。
 カルムにしても、俺が前世で死んだ享年よりもまだ若い。俺は前世で結婚のkの字もなかったけれど、この世界ではクラウィスの歳の子供がいてもおかしくないらしい。
 結婚だの子供だの、それをしているから偉いわけでもないし、人生の義務でもないと思うけれど。
 しかし、同世代が着実に人生のタスクを片付けているのを見ると気が重くなるのは、俺が前時代的な古い人間だからだろうか。

「勇者様、何の溜息ですか?」

 俺が大きな溜息を吐いたのに気付いて、ニーアが尋ねて来る。
 俺は何でもない、と誤魔化したが、コルダが俺とニーアの間に挟まって話に参加してきた。

「勇者様は安定した人生は手が届かないものと知りつつ憧れてるのだ」

 頼んでもいないのにコルダが説明してくれる。だいぶ意訳が混じっているし否定したい所だが概ね正解だ。

「勇者様だって十分安定してますよ。だって勇者ですよ!」

「俺の職が安定しているのと俺の人生が安定してるのは別問題だ」

「そ、そりゃあそうでしょうけど、なんでそんなに必死なんですか?」

「勇者様、若いのに人生に悲観し過ぎなのだ」

 コルダが俺の頭をぽんぽんと叩いて慰める。
 そんな話をしているせいで、周りがデートしている中で俺たちだけ寒々しい空気になってしまった。何だか申し訳なくなって、せっかくの外出なのだから雰囲気に流されて恋愛の話でもしようと思い付きで話し出す。

「ニーアって」

「何ですか?」

「……いや、何でもない」

 先輩であり上司にあたる俺が恋愛の質問なんてしたらセクハラになると気付いて、俺は直前で質問するのを止めた。しかし、察したコルダが俺とニーアの間に顔を出して話を進めようとする。

「勇者様、ニーアがモテたかどうか聞きたいのだ?」

「え、そうなんですか?」

 ニーアに聞かれて、俺は無言でいた。それを肯定と捉えたニーアは照れつつもどこか自慢げに答える。

「ええ、まぁ。リトルスクールとか魔法剣士学校では、何度か告白されたこと、ありますよ?」

「それで、しばらく付き合ったはいいものの、君の期待には応えられないみたいなこと言われてすぐにフラれたのだ?」

 コルダにずばりと言われて、緩んでいたニーアの表情が瞬時に引き攣る。

「う……っ、ま、まぁ、そうですけど。コルダさん、何で知ってるんですか?」

「ニーアを見てれば想像できるのだ」

 コルダが素っ気無く言い放ち、俺はコルダの影に隠れて頷いた。
 多分、チコリにするのと同じように彼氏に勇者の素晴らしさを語り続けたのだろう。現役勇者の俺ですらニーアの憧れに付いて行けなくて辟易したのに、勇者ではない一般人が耐えられるわけがない。

「ニーアは、残酷な女なのだ……」

 コルダが呟いて、俺は深く頷いた。
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