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第38話 勇者、真実に向き合う
~5~
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クヴァレとの会話を切り上げてゼロ番街を引き返すと。ポテコが付いて来る。
できれば来ないで欲しいと思っているのに、互いに黙ったままホーリア市内にまで戻って来てしまった。
「カルムのこと知ってたのか?」
俺の方が根負けして尋ねると、ポテコは当然といった様子で頷く。
俺はカルムの死体から記憶を読み取って知ったが、監視役をしていたリコリスやポテコは当然知っていたことだろう。
それ以前に、ウラガノのあの様子だとアムジュネマニスでは周知の事実だったのかもしれない。
「先輩、退魔の子って人体実験のために売れるんだけど、使い勝手が悪いんだ。何でだか分かる?」
ポテコが嫌な質問をして来た。
アムジュネマニスもヴィルドルクも、建前上では人身売買は禁じられている。しかし、退魔の子が商品になると話が変わって来る。
ヴィルドルクでは見つかっても軽く注意をされるだけで謝れば無罪放免だし、アムジュネマニスでは少し隠れてこそこそやる程度だ。
だから、見て見ぬふりをしていただけで、本当は俺も良く知っていた。ポテコの質問に、「一度使ったら死ぬから」と答える。
「そう。だからね、どちらかというと退魔の子が生まれたせいで一家丸ごと売りに出されたりしたきょうだいの方が利用価値は高いんだ。繰り返し使えるから」
ポテコの言い方に、俺はこの話を続けるのが本当に嫌になった。カルムの記憶を読んだ後だと尚更だ。
カルムの下の妹か弟が退魔の子で、一族の名誉を汚した親は処刑に近い死に方をした。生き残ったカルムとその子はまとめて売りに出され、利用価値の高い方のカルムが繰り返し使われていた。
気が狂うはずだ。酒とハーブに溺れたとしてもまともに生きていた方がおかしい。
しかし、戦争で大量に人を殺していた軍事魔術師が正気でいたのか今となっては疑わしい。
「その子は退魔の子じゃないし。一応は被害者なわけだから同情されるんだよ」
「それで、リコリスはカルムを置いていたのか」
俺が言うと、ポテコは言葉を止めた。
まだ何かあるのか、とポテコを見る。
カルムと同じように正統な血筋の生まれでありながら学園を追放されたリコリスと境遇は似通っている。
しかし、リコリスにとっては他の魔術師と同じく退魔の子などどうでも良かったはずだ。カルムの親を排斥した魔術師の方に近いだろう。
「以前、彼の国で退魔の子が大量に死んだ事件があったんだ。全員が自ら命を絶った。珍しいことじゃないけど、それでも一斉に、異常な人数が」
そうか、となるべく興味が無さそうに答えた。
絶対に俺が聞かないといけない話だとわかっているのに、もう少し知らないフリをしていたかった。
「イナムが関わっていたんだって」
ポテコは、俺がイナムだとわかっていながら俺を責めるでもなく普通にそう言った。
根っからの魔術師のポテコにとっては、退魔の子が一人死のうが何百人死のうが、本心からどうでもいいことなのだろう。
「自分は魔法が無い世界から来た。死んだらこの世界に来たから同じようにこの世界で死んだらその世界に行けるかもしれない」
「……」
「……て、言ったんだってさ。退魔の子は喜んで死んでいったらしいよ。そりゃあ、当然そうなるよね」
悪気は無かったんだ、と吐き出しそうになった言葉を飲み込む。
俺だって、魔術が使えないニーアにそう言いかけた事がある。
魔力が無いと人間扱いされない世界から魔力が無い異世界に行けるなんて、退魔の子にとっては救いだ。俺が逆の立場だったら、迷わずに死んでいたと思う。
しかし、この世界で死んだところで、異世界に転生はできない。
俺がこの世界に呼ばれのは、モベドスの学園長がこの世界の不足を補うために、適当に死んだ奴を摘まみ上げて呼び出したからだ。
あちらの世界に俺が抜けた分がそのまま残っているから、特例的に勇者の剣で命を断てば戻ることが出来る。
でも、イナムではないこの世界の人間は、死んでも望んだ異世界には行けない。
「彼女は何の罪にもならなかった。直接手を下したわけじゃないし、死んだのも所詮退魔の子だしね。でも、ショックで狂って、その後すぐに死んだって」
ポテコは俺の顔を見て、話を止めようか少し考えた様子だった。
大丈夫だろうと判断したのか、ポテコは俺が聞いていても聞いていなくても構わない、といった様子で話を続けた。
「ボクは退魔の子はどうでもいいんだ。むしろ、居なくなってくれた方がいい。退魔の子の売買は何かと問題が発生するから。でも……彼女と、先輩にとってはそうじゃないんじゃないかな」
ポテコはどこまでも他人事のように話を止める。
魔術師なら当然だ。魔力が無い退魔の子も、魔法が無い世界も、この世界で生きて行く上では何の関心も沸かないものだ。
魔法が無い世界から俺を呼び出したモベドスの学園長だってそうだっ。イナムをこの世界の穴を埋めるための存在としか見ていないから、呼び出して置いて放置しているわけだ。
でも、呼び出された方の俺は違う。
前世とは違って魔法がある世界に来て、しかも驚くことに少し才能があって他よりも若干優秀だった。魔術を立派に使いこなし、それなりの職に就くことが出来た。
この世界に来て良かった。やっと報われた。
前世の後悔を塗り潰すように充実した人生の中で、魔力が無くて無価値で人間扱いされていない退魔の子を知る。
魔法が無い世界に生きていた自分にとって、どうも他人だとは思えない。前世の自分を見ているようで、何とかしてやりたいと思う。
たとえ救えなくても、魔法が無い世界を知る自分なら、少しでも励ましてあげられるんじゃないかと。
きっとリュリスも、俺と同じことを考えたのだろう。
できれば来ないで欲しいと思っているのに、互いに黙ったままホーリア市内にまで戻って来てしまった。
「カルムのこと知ってたのか?」
俺の方が根負けして尋ねると、ポテコは当然といった様子で頷く。
俺はカルムの死体から記憶を読み取って知ったが、監視役をしていたリコリスやポテコは当然知っていたことだろう。
それ以前に、ウラガノのあの様子だとアムジュネマニスでは周知の事実だったのかもしれない。
「先輩、退魔の子って人体実験のために売れるんだけど、使い勝手が悪いんだ。何でだか分かる?」
ポテコが嫌な質問をして来た。
アムジュネマニスもヴィルドルクも、建前上では人身売買は禁じられている。しかし、退魔の子が商品になると話が変わって来る。
ヴィルドルクでは見つかっても軽く注意をされるだけで謝れば無罪放免だし、アムジュネマニスでは少し隠れてこそこそやる程度だ。
だから、見て見ぬふりをしていただけで、本当は俺も良く知っていた。ポテコの質問に、「一度使ったら死ぬから」と答える。
「そう。だからね、どちらかというと退魔の子が生まれたせいで一家丸ごと売りに出されたりしたきょうだいの方が利用価値は高いんだ。繰り返し使えるから」
ポテコの言い方に、俺はこの話を続けるのが本当に嫌になった。カルムの記憶を読んだ後だと尚更だ。
カルムの下の妹か弟が退魔の子で、一族の名誉を汚した親は処刑に近い死に方をした。生き残ったカルムとその子はまとめて売りに出され、利用価値の高い方のカルムが繰り返し使われていた。
気が狂うはずだ。酒とハーブに溺れたとしてもまともに生きていた方がおかしい。
しかし、戦争で大量に人を殺していた軍事魔術師が正気でいたのか今となっては疑わしい。
「その子は退魔の子じゃないし。一応は被害者なわけだから同情されるんだよ」
「それで、リコリスはカルムを置いていたのか」
俺が言うと、ポテコは言葉を止めた。
まだ何かあるのか、とポテコを見る。
カルムと同じように正統な血筋の生まれでありながら学園を追放されたリコリスと境遇は似通っている。
しかし、リコリスにとっては他の魔術師と同じく退魔の子などどうでも良かったはずだ。カルムの親を排斥した魔術師の方に近いだろう。
「以前、彼の国で退魔の子が大量に死んだ事件があったんだ。全員が自ら命を絶った。珍しいことじゃないけど、それでも一斉に、異常な人数が」
そうか、となるべく興味が無さそうに答えた。
絶対に俺が聞かないといけない話だとわかっているのに、もう少し知らないフリをしていたかった。
「イナムが関わっていたんだって」
ポテコは、俺がイナムだとわかっていながら俺を責めるでもなく普通にそう言った。
根っからの魔術師のポテコにとっては、退魔の子が一人死のうが何百人死のうが、本心からどうでもいいことなのだろう。
「自分は魔法が無い世界から来た。死んだらこの世界に来たから同じようにこの世界で死んだらその世界に行けるかもしれない」
「……」
「……て、言ったんだってさ。退魔の子は喜んで死んでいったらしいよ。そりゃあ、当然そうなるよね」
悪気は無かったんだ、と吐き出しそうになった言葉を飲み込む。
俺だって、魔術が使えないニーアにそう言いかけた事がある。
魔力が無いと人間扱いされない世界から魔力が無い異世界に行けるなんて、退魔の子にとっては救いだ。俺が逆の立場だったら、迷わずに死んでいたと思う。
しかし、この世界で死んだところで、異世界に転生はできない。
俺がこの世界に呼ばれのは、モベドスの学園長がこの世界の不足を補うために、適当に死んだ奴を摘まみ上げて呼び出したからだ。
あちらの世界に俺が抜けた分がそのまま残っているから、特例的に勇者の剣で命を断てば戻ることが出来る。
でも、イナムではないこの世界の人間は、死んでも望んだ異世界には行けない。
「彼女は何の罪にもならなかった。直接手を下したわけじゃないし、死んだのも所詮退魔の子だしね。でも、ショックで狂って、その後すぐに死んだって」
ポテコは俺の顔を見て、話を止めようか少し考えた様子だった。
大丈夫だろうと判断したのか、ポテコは俺が聞いていても聞いていなくても構わない、といった様子で話を続けた。
「ボクは退魔の子はどうでもいいんだ。むしろ、居なくなってくれた方がいい。退魔の子の売買は何かと問題が発生するから。でも……彼女と、先輩にとってはそうじゃないんじゃないかな」
ポテコはどこまでも他人事のように話を止める。
魔術師なら当然だ。魔力が無い退魔の子も、魔法が無い世界も、この世界で生きて行く上では何の関心も沸かないものだ。
魔法が無い世界から俺を呼び出したモベドスの学園長だってそうだっ。イナムをこの世界の穴を埋めるための存在としか見ていないから、呼び出して置いて放置しているわけだ。
でも、呼び出された方の俺は違う。
前世とは違って魔法がある世界に来て、しかも驚くことに少し才能があって他よりも若干優秀だった。魔術を立派に使いこなし、それなりの職に就くことが出来た。
この世界に来て良かった。やっと報われた。
前世の後悔を塗り潰すように充実した人生の中で、魔力が無くて無価値で人間扱いされていない退魔の子を知る。
魔法が無い世界に生きていた自分にとって、どうも他人だとは思えない。前世の自分を見ているようで、何とかしてやりたいと思う。
たとえ救えなくても、魔法が無い世界を知る自分なら、少しでも励ましてあげられるんじゃないかと。
きっとリュリスも、俺と同じことを考えたのだろう。
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