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0回目の結婚記念日に
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「な、な、大船に乗ったつもりで、って今言ってくれたじゃないですかー!」
「あー泥舟の間違いだったっぽい」
「そんな殺生なっ!」
「アンタら新婚ホヤホヤでしょうよ。思う存分セックスすればいいじゃない、はいお告げ終わり。あー心配して損したー」
終いには、テーブルに載っていた私の分のお茶をすっと引っ込められてしまう始末。また投げやりな眼差しからも、アネゴから親身という文字が消えたのだと如実に表れていた。
「諦めるのはまだ早いです、よ!」
「諦めるって何が!」
なんて情け容赦ない。こうなってしまえば、こたつを囲んで湯飲み茶碗の取り合いだ。
「ちょと! なにゆえ粗茶引っ込めるんですかっ。私まだ一口もつけてませんけど!」
「どんな切実な悩みかと思えば……、くっだらない。茶を出してやるまでも無かったってこと。しかも粗茶だとー? 勝手にへりくだってんじゃないよ。人んち押しかけといて失礼な。没収!」
失言をした自覚はある。とはいえアネゴもアネゴである。
刮目すべきは、客人のためにと淹れてくれたこのお茶だ。お茶のパッケージは見覚えがあるものだった。付言するなら私が選んだもの。
指摘するつもりはなかったのだが事態は急変した。一言物申し上げたいと思う。
「アネゴこそ! このお茶っ葉、おかあちゃんの葬儀の時、会葬御礼で出した煎茶じゃないですか。それを娘の私に出すなんてちょっとだけ失礼です。私は至って真面目に凹んでるのに」
「……、あ、バレた?」
お互いが我が身を振り返ったところで合わさった手の先を見つめる。湯飲み茶碗には湯気が一筋、ゆらゆらと立ち上っている。のんびりと、ゆったりと。
しばしの間、思い澄ます。
「……式の晩以降3週間えっちがないんです。おかしくないですか?」
「初夜以来一度も?」
「はい。式のすぐ後は子供作ろうかとか話してたんですけど」
「ふーん、キスは? 愛撫は? 前戯は?」
「唇が触れるくらいのやつまでです。その先は新居に引越すまでオアズケね、って」
「幼稚園児でもできるわな」
「ですよね……」
歯に衣着せぬアネゴの物言いに、私はますます肩を落とす。
式は挙げたものの、入籍は新居に引っ越す際にと言い出したのは私だった。キリが良いと思ってのことだ。オアズケされるくらいならばとっとと入籍しておけばこんな事態は避けられたのだろうか。
「あぁ、セツ残業多いし。生活リズムが合わないんでしょ、しゃーない」
「どんなに帰り遅くなっても寝ないで待ってます毎晩」
「え、それでレスとかおかしくない?」
「だぁからおかしいって言ってるじゃないですかっ!」
新築戸建が建ち上がるまでの数週間は、美馬さんが一人暮らししていたマンションに通い妻をしている。もはや同棲状態だけど。
となれば当然、夜の営みもお盛んなはずが……。
「受け身で待ってないで誘ってみたらいいじゃん。その気にさせるよう手を尽くしてさ」
「尽くしました、この3週間みっちり。精力がつくようにニンニク料理や牡蠣料理作り続けましたし、朝食には必ず精力増強剤のマカを飲んで貰いましたし」
「は?」
「あとですね、〝えっちがしたくなる飴〟っていうのをお取り寄せしたんです。でも美馬さん普段から飴とか食べない人みたいで。勿体無いから私が食べてたらよけい悶々としちゃってっ」
「はぁ……」
「とっておきのセクシー下着をチラチラさせても、見て見ぬ振りって言うか……。それに、さっき……っ」
アネゴの盛大なため息とほぼ同時だった。小一時間前までほかほかのお弁当箱が入っていた紙袋を、手でグシャッと握り潰す。
「ん? あぁそれ、残業ん時たまに持って行くって言ってた差し入れの殻? セツの会社行って来た帰りだったんだ?」
などと頷きながらも、アネゴはもしかして、と言う疑いの眼差しで私を詰る。
「あ、はい。亜鉛の多く含まれてる食品が精力増強に効くみたいで、今日の差し入れ弁当にはレバーを。亜鉛はビタミンCと一緒に摂ると吸収が良いそうなのでレバーの唐揚げにレモン汁かけてみました!」
「やっぱり……」
「けど、明晩外食するらしい若い女性と一緒に居ましたし、きっと今夜も食べてもらえてないと思います……」
「若い女? どこの誰? どーゆー事?」
しゅんとして顎を引いた私に、テーブルに身を乗り出したアネゴが問い詰める。
何度頭の中からかき消そうとしても鮮明に思い出される。小一時間前に起きたの悪夢のような出来事が。だけどそれを口にすると涙以上のものが零れてしまいそうで、きゅっと唇を噛み締めた。
なんとか、とつとつと経緯を語る。
旦那のはずの人が若い社員をデートに誘っていた──そう言葉にすると、自分の中でもやっとしていた疑念が真実になってしまったようで、やるせない。残業に励む旦那サマ(仮)に「頑張って」も告げずに帰って来てしまったのだからさらに後味が悪い。
「まぁ、セツの事情なんか知ったこっちゃないけど。瀬奈にも問題あるんじゃない? 必要以上に追い掛けられたら逃げたくなる、これ人間の基本心理。今の瀬奈、欲求不満解消するためだけにセツのオケツ嗅ぎ回ってる駄犬みたい。男はSEXマシーンじゃないんだから」
「そ、んなあ。だって大好きなんですもん。あるべきものが無いのは困ります!」
「でも私が男なら、気分じゃない時に追い捲られるの、鬱陶しい」
「えっ」
「重い」
「うっ」
「見苦しい」
「はわわわわ……!」
──私としたことが……、なんて痛恨の三拍子……!
その気にさせるどころか、この努力は貴方の意欲を削ぐ、逆効果だったということでしょうか。
「あー泥舟の間違いだったっぽい」
「そんな殺生なっ!」
「アンタら新婚ホヤホヤでしょうよ。思う存分セックスすればいいじゃない、はいお告げ終わり。あー心配して損したー」
終いには、テーブルに載っていた私の分のお茶をすっと引っ込められてしまう始末。また投げやりな眼差しからも、アネゴから親身という文字が消えたのだと如実に表れていた。
「諦めるのはまだ早いです、よ!」
「諦めるって何が!」
なんて情け容赦ない。こうなってしまえば、こたつを囲んで湯飲み茶碗の取り合いだ。
「ちょと! なにゆえ粗茶引っ込めるんですかっ。私まだ一口もつけてませんけど!」
「どんな切実な悩みかと思えば……、くっだらない。茶を出してやるまでも無かったってこと。しかも粗茶だとー? 勝手にへりくだってんじゃないよ。人んち押しかけといて失礼な。没収!」
失言をした自覚はある。とはいえアネゴもアネゴである。
刮目すべきは、客人のためにと淹れてくれたこのお茶だ。お茶のパッケージは見覚えがあるものだった。付言するなら私が選んだもの。
指摘するつもりはなかったのだが事態は急変した。一言物申し上げたいと思う。
「アネゴこそ! このお茶っ葉、おかあちゃんの葬儀の時、会葬御礼で出した煎茶じゃないですか。それを娘の私に出すなんてちょっとだけ失礼です。私は至って真面目に凹んでるのに」
「……、あ、バレた?」
お互いが我が身を振り返ったところで合わさった手の先を見つめる。湯飲み茶碗には湯気が一筋、ゆらゆらと立ち上っている。のんびりと、ゆったりと。
しばしの間、思い澄ます。
「……式の晩以降3週間えっちがないんです。おかしくないですか?」
「初夜以来一度も?」
「はい。式のすぐ後は子供作ろうかとか話してたんですけど」
「ふーん、キスは? 愛撫は? 前戯は?」
「唇が触れるくらいのやつまでです。その先は新居に引越すまでオアズケね、って」
「幼稚園児でもできるわな」
「ですよね……」
歯に衣着せぬアネゴの物言いに、私はますます肩を落とす。
式は挙げたものの、入籍は新居に引っ越す際にと言い出したのは私だった。キリが良いと思ってのことだ。オアズケされるくらいならばとっとと入籍しておけばこんな事態は避けられたのだろうか。
「あぁ、セツ残業多いし。生活リズムが合わないんでしょ、しゃーない」
「どんなに帰り遅くなっても寝ないで待ってます毎晩」
「え、それでレスとかおかしくない?」
「だぁからおかしいって言ってるじゃないですかっ!」
新築戸建が建ち上がるまでの数週間は、美馬さんが一人暮らししていたマンションに通い妻をしている。もはや同棲状態だけど。
となれば当然、夜の営みもお盛んなはずが……。
「受け身で待ってないで誘ってみたらいいじゃん。その気にさせるよう手を尽くしてさ」
「尽くしました、この3週間みっちり。精力がつくようにニンニク料理や牡蠣料理作り続けましたし、朝食には必ず精力増強剤のマカを飲んで貰いましたし」
「は?」
「あとですね、〝えっちがしたくなる飴〟っていうのをお取り寄せしたんです。でも美馬さん普段から飴とか食べない人みたいで。勿体無いから私が食べてたらよけい悶々としちゃってっ」
「はぁ……」
「とっておきのセクシー下着をチラチラさせても、見て見ぬ振りって言うか……。それに、さっき……っ」
アネゴの盛大なため息とほぼ同時だった。小一時間前までほかほかのお弁当箱が入っていた紙袋を、手でグシャッと握り潰す。
「ん? あぁそれ、残業ん時たまに持って行くって言ってた差し入れの殻? セツの会社行って来た帰りだったんだ?」
などと頷きながらも、アネゴはもしかして、と言う疑いの眼差しで私を詰る。
「あ、はい。亜鉛の多く含まれてる食品が精力増強に効くみたいで、今日の差し入れ弁当にはレバーを。亜鉛はビタミンCと一緒に摂ると吸収が良いそうなのでレバーの唐揚げにレモン汁かけてみました!」
「やっぱり……」
「けど、明晩外食するらしい若い女性と一緒に居ましたし、きっと今夜も食べてもらえてないと思います……」
「若い女? どこの誰? どーゆー事?」
しゅんとして顎を引いた私に、テーブルに身を乗り出したアネゴが問い詰める。
何度頭の中からかき消そうとしても鮮明に思い出される。小一時間前に起きたの悪夢のような出来事が。だけどそれを口にすると涙以上のものが零れてしまいそうで、きゅっと唇を噛み締めた。
なんとか、とつとつと経緯を語る。
旦那のはずの人が若い社員をデートに誘っていた──そう言葉にすると、自分の中でもやっとしていた疑念が真実になってしまったようで、やるせない。残業に励む旦那サマ(仮)に「頑張って」も告げずに帰って来てしまったのだからさらに後味が悪い。
「まぁ、セツの事情なんか知ったこっちゃないけど。瀬奈にも問題あるんじゃない? 必要以上に追い掛けられたら逃げたくなる、これ人間の基本心理。今の瀬奈、欲求不満解消するためだけにセツのオケツ嗅ぎ回ってる駄犬みたい。男はSEXマシーンじゃないんだから」
「そ、んなあ。だって大好きなんですもん。あるべきものが無いのは困ります!」
「でも私が男なら、気分じゃない時に追い捲られるの、鬱陶しい」
「えっ」
「重い」
「うっ」
「見苦しい」
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