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第六話
はじめての花火大会
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夏期講習の前後、café A hui houで春日と勉強をしてから帰る。それが僕の夏休み中のルーティンになっていた。
「なんか、春日、最近すごいのよ、やる気が」
そう言って、春日がトイレに行っている隙に、マスターが、お代わりの水と、「あ、これサービスね」とりんごジュースを持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ずっとあいつのこと見てるけどさ、今まであんなに真剣になにかに打ち込んでる春日、見たことないからさ。なんだか嬉しいね」
と、柔らかく微笑む。ほぼ毎日、僕の夏季講習が終わる前、午前中からここでずっと勉強しているらしい。僕も、夏季講習が早く終わる日は少しここに寄ってから帰る。僕がもし春日のやる気の芽を咲かせられたのだとしたら、このうえない喜びだった。
最近では、勉強を最近の春日は数学だけでなく他の教科の勉強をしたり、たまに、眉に皺を寄せて真剣な面持ちで、ノートパソコンで何かを作っている。
「なにしてるの」
「んー。作文」
読書感想文の宿題か何かだろうか。作文にも色々あるんだけどな、と思いつつ、問いかけてもその真剣な表情を崩さないので、そのままにしておいた。
パソコンに視線を落とすとき、ふと見える男らしい筋肉のある首筋。深い線の通った二の腕。長くて白いのにちょっと節だった指がキーボードの上で踊っていて、ずっと見つめてしまった。ガリ成な僕とは全然違う身体。触ったらどんな感触なんだろう。
「……みっちゃん?」
「あ、ごめん」
つい凝視してしまったのを勘付かれて、あわてて目を逸らす。
集中していた時間がふと途切れた後の、爽やかな疲労感に思わず背伸びをする。春日がいる手前か、一人で勉強しているときよりもさらに集中力が増して、どんどん頭に入っている気がする。もう五時だったので、「そろそろ帰ろうか」と促して、二人でカフェを後にした。
手こそつながないものの、歩みのたびに少し肩が触れる距離を保つ。けれど、
「あ、ごめん」
ちょっと歩みのバランスが崩れて肩が軽くぶつかるたびに、言葉が出なくなる。それまで軽快にどうでもいい他愛ない話を喋っていた春日も息を詰めて、少しの間黙りこくってしまう。Tシャツの布が二枚も間にあるのに、肌が直接触れ合ってるような感覚で、
駅に向かう途中、コインパーキングの塀に、カラフルなポスターが目に入る。鮮やかな花火のイラストに「花火大会」と書かれている。
「あ、明日、花火大会だって」
八月二十六日。もうそんな時期なんだ。あまりに早すぎてびっくりする。初めて会ったのは五月のことなのに。たった三か月。なのに何年も一緒にいたみたいだ。
もうあと五日で、春日と勉強した百日間が終わることを実感する。あと五日で、春日に会えなくなる。
「……行こうよ」
僕は立ち止まって春日に言った。前を歩く春日のシャツの裾をつかんだ。
「夏休み……終わっちゃうから、一緒に行こう」
僕から誘うのは、これが初めてだ。まだ胸がどきどきする。最初で最後になると思う。それでも、春日と行きたかった。緊張で顔の筋肉がうまく動かせない僕に、春日は優しく微笑んだ。
「うん、行こうか」
どこからともなく聞こえ始めた賑やかな囃子と子供たちの弾んだ声が、太鼓の音と混ざり合って、じっとりと夕闇の空気に溶けていく。
濃紺に無地の甚兵衛から、白くてちょうどよく筋肉のついた手足がすらりと伸びている。いつもと違う雰囲気の春日にどきりとする。対して、何の変哲もない黒いTシャツに短パンの僕を見て、「みっちゃんの甚兵衛見たかったなー」と残念そうにした。
「なんか、春日、最近すごいのよ、やる気が」
そう言って、春日がトイレに行っている隙に、マスターが、お代わりの水と、「あ、これサービスね」とりんごジュースを持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「ずっとあいつのこと見てるけどさ、今まであんなに真剣になにかに打ち込んでる春日、見たことないからさ。なんだか嬉しいね」
と、柔らかく微笑む。ほぼ毎日、僕の夏季講習が終わる前、午前中からここでずっと勉強しているらしい。僕も、夏季講習が早く終わる日は少しここに寄ってから帰る。僕がもし春日のやる気の芽を咲かせられたのだとしたら、このうえない喜びだった。
最近では、勉強を最近の春日は数学だけでなく他の教科の勉強をしたり、たまに、眉に皺を寄せて真剣な面持ちで、ノートパソコンで何かを作っている。
「なにしてるの」
「んー。作文」
読書感想文の宿題か何かだろうか。作文にも色々あるんだけどな、と思いつつ、問いかけてもその真剣な表情を崩さないので、そのままにしておいた。
パソコンに視線を落とすとき、ふと見える男らしい筋肉のある首筋。深い線の通った二の腕。長くて白いのにちょっと節だった指がキーボードの上で踊っていて、ずっと見つめてしまった。ガリ成な僕とは全然違う身体。触ったらどんな感触なんだろう。
「……みっちゃん?」
「あ、ごめん」
つい凝視してしまったのを勘付かれて、あわてて目を逸らす。
集中していた時間がふと途切れた後の、爽やかな疲労感に思わず背伸びをする。春日がいる手前か、一人で勉強しているときよりもさらに集中力が増して、どんどん頭に入っている気がする。もう五時だったので、「そろそろ帰ろうか」と促して、二人でカフェを後にした。
手こそつながないものの、歩みのたびに少し肩が触れる距離を保つ。けれど、
「あ、ごめん」
ちょっと歩みのバランスが崩れて肩が軽くぶつかるたびに、言葉が出なくなる。それまで軽快にどうでもいい他愛ない話を喋っていた春日も息を詰めて、少しの間黙りこくってしまう。Tシャツの布が二枚も間にあるのに、肌が直接触れ合ってるような感覚で、
駅に向かう途中、コインパーキングの塀に、カラフルなポスターが目に入る。鮮やかな花火のイラストに「花火大会」と書かれている。
「あ、明日、花火大会だって」
八月二十六日。もうそんな時期なんだ。あまりに早すぎてびっくりする。初めて会ったのは五月のことなのに。たった三か月。なのに何年も一緒にいたみたいだ。
もうあと五日で、春日と勉強した百日間が終わることを実感する。あと五日で、春日に会えなくなる。
「……行こうよ」
僕は立ち止まって春日に言った。前を歩く春日のシャツの裾をつかんだ。
「夏休み……終わっちゃうから、一緒に行こう」
僕から誘うのは、これが初めてだ。まだ胸がどきどきする。最初で最後になると思う。それでも、春日と行きたかった。緊張で顔の筋肉がうまく動かせない僕に、春日は優しく微笑んだ。
「うん、行こうか」
どこからともなく聞こえ始めた賑やかな囃子と子供たちの弾んだ声が、太鼓の音と混ざり合って、じっとりと夕闇の空気に溶けていく。
濃紺に無地の甚兵衛から、白くてちょうどよく筋肉のついた手足がすらりと伸びている。いつもと違う雰囲気の春日にどきりとする。対して、何の変哲もない黒いTシャツに短パンの僕を見て、「みっちゃんの甚兵衛見たかったなー」と残念そうにした。
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