君の「好き」を教えて。~ガリ勉とイケメン定時制ヤンキーDKの奇妙な100日間の話~

清田あお

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第六話

今日が最後の日なのに

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今日が春日と会う最後の日になるという実感がいまいち湧かなかった。
 夏季講習のあと、ふとスマホを見ると「パスケース忘れたから、ちょっと遅れる」と春日からメッセージが入っていた。
café A hui houに着くと、待っていたのは春日ではなかった。三人のド派手な色をまとった男子が、カフェの入っている雑居ビルの前でダベっている。
「あーっ、みっちゃんだあ、きたきた」
 一瞬で、春日の友達たちに取り囲まれる。「ほら、あのみっちゃん」と一人が言うと、全員が「みっちゃんだ」「みっちゃん?」「光成くん」「あのみっちゃん?」「トイペのみっちゃん」「うける」「かわいー」と口々に盛り上がりだす。なんか芸能人にでもなった気分だ。というより、動物園の珍獣かもだけど。
「うちのこと、覚えてる?」
友人たちの中でも一番髪色が明るい(もはやプラチナ超えて白髪だ)がげらげら笑い出した。
「あ、えっと……すみません」
「だよねー、S高の文化祭行ったんだー。楽しかったよ」
彼は、名前は羽仁田というらしい。「ハニって呼んでー」と本人はデコった爪をひらひら振った。透明の人工石がキラキラ光りを反射して目に悪い。 
「春日のやつさあー。『今日はみっちゃんとの最後の授業だから』って言って急いで下校したんだけど、これ忘れてたんだよねー。ちょうど俺らここの近くで遊んでたから、届けたってかんじ」
 そう言って、ハニが僕に何かを差し出してきた。深いグリーンのパスケースと財布だった。お金がなくて電車に乗れなくて遅れているのだろうか。集団の一人がスマホを見て、「あ、春日いま向かってるってー」と言った。
「あいつ、最近すっかり真面目モードでさ。みっちゃんと勉強するからって毎日すぐ下校するんだよね」
「おい、みっちゃんって呼ぶと春日に怒られるぞ」
「そうだったそうだった」
 光成くんね、とハニは苦笑いする。
「結局、夏休みも全然遊ばなかったよなー」
「学校でもさ、ずーっとみっちゃん、あ、いや光成くんの話してるの」
「でもさ、最近あいつマジ真面目に勉強してるよな」
「それな」
「あいつが真面目に勉強したらどうなっちまうんだよまじで」
「大気圏突入だわ」
「それな」
「今日、学校の夏季登校日だったんだけどさ、『みっちゃんを待たせられない!』とか言って超焦って下校してたもんねー」
 そして焦り過ぎてパスケースを忘れたのか。ちょっと抜けている春日らしい。
 学校にいる間の春日は、唯一僕が知ることのできない春日だ。その時間も僕のことをずっと考えているんだって思うと、嬉しくてつい口元がゆるゆると緩んでしまう。
「光成くんは春日と勉強してるの?」
「あ、うん、はい」
「へえー、うけるー」
 ハニが目を細めて笑った。
「まあ、でもあいつ数学苦手っつってるし?」
「苦手って……。試験に遅刻したうえに九十四点だろ」
「苦手科目の数学が九十四点な学年首席の澄野春日くんまじウケ」
「はい、数学得意な俺、八十五点でした~」
「俺は八点」
「お前は馬鹿すぎて草」
(九十四点……? 首席……?)
 なんか変だ。いくら今は頑張ってかなり成績が上がっているとはいえ、あの春日がテストで九十四点なんて取れそうもない。
(でも、テストが簡単なのかもしれないし……)
 ついていけていない思考と裏腹に、どんどんヤンキー集団の間だけで話が進んでいく。
「光成くんはさ、はるにどの教科教えてもらってんの? 英語? 数学? 国語?」
 ハニが興味ありげに僕に問いかけてくる。
(教えてもらう? 僕が教えてるのに? どういうこと?)
けれど、置いてけぼりにされている感覚が心もとなくて不快で、つい聞いてしまった。
「あの……どういうことですか……?」
「どういうことって?」
「僕が春日に、その、数学を教えてるんですけど……」
「え?」
 ヤンキー集団は皆目をぱちくりさせると、堪えきれないようにどっと一斉に笑い出す。
「なんで? なんで光成くんがあいつに勉強教えんの? うける」
 話が全然かみ合ってない。ボタンを掛け違えたように、どんどんちぐはぐなまま進んでいって、理解が追いつかない。
「だって春日……、大学に行きたいから、今からちゃんと勉強したいって……っ、だから僕に勉強教えてほしいって……」
「大学?」
 ヤンキー集団が互いを見合わせる。
「大学って……。あいつ、試験日に右手骨折してインフルになってもT大医学部余裕だろ」
「てゆーか、そもそもあいつどこ進学するの?」
「え、T医じゃねーの?」
「いや、海外じゃね」
「ま、あいつならどこでも受かるっしょ」
「でもさ、春日、ぶっちゃけ勉強に関しては教え方下手じゃん?」
「わかるー。解説されてもなに言ってんのか分かんねえ」
「一周回って頭良すぎて凡人の気持ちがわかんねーんだよ」
「それな」
 再び、どっと乾いた笑いに包まれる。恥ずかしいやら混乱やらで、頭がぼおっとしてくる。
「春日、言ってないの?」 
 ハニが首を傾げる。「言ってない」ってどういう意味だろう。不安になりながら頷くと、「あのバカ」と小さく舌打ちした。
「気になる?」
「え?」
「そのパスケースの中身」
 気にならない、と言ったらウソになる。
「見てもいいよ。君は見る権利がある。春日は怒らないよ」
 ハニはそう続けて、僕の手元にある学生証ケースに視線を寄越す。
「……っ、でも」
 プライバシーの侵害だし。春日の許可がないのに見ちゃいけない。でも、頭は制止しているのに、この奇妙な違和感を解決したくて、手は震えながらパスケースを握りしめている。
 なにより嫌な予感がもう無視できないくらいぎちぎちに膨らんでいた。
 震える指で、そっとパスケースを開く。中には学生証が入っていた。ピンクミルクベージュの寝ぐせのついた髪、やる気のないジャージ、カラフルなピアスをばちばちに開けた耳たぶ。今にも欠伸し出しそうに気怠げな、いつもの表情の春日の写真が、こっちを見つめてくる。
 その右側の文字に、おそるおそる視線をうつす。


 私立K高等学校 澄野春日
 上記の者は、本校の生徒であることを証明する

「……なんで……」
 信じられない光景に思わずばっと目をあげると、ハニと視線が交わった。
「春日(あいつ)、K(う)高(ち)の首席だよ?」

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