最後の事件(作:門弟 廃村) ― 5分間ミステリバックナンバーVol. 15―

筑波大学ミステリー研究会

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問題編

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「先輩も、もう卒業しちゃうなんてなんだか嘘みたいですよ」

 ここは、上沢先輩の部屋。テーブルの上には紙の束が置いてある。

「いや、下沢君も頑張りたまえよ」と、先輩はいつになく上機嫌で僕に言う。ついこの間まで、あんな世界の終わりみたいな顔をして必死にリクナビを見ていた人間とは思えないセリフだ。

「そうそう、というわけで、俺の学生生活最後の学園祭なんで、最後の五ミス、気合入れて解いて見てくれよ」

 紙束のタイトルは、「最後の事件」。どうやら、先輩がずっと手掛けてきた「探偵宇治十条シリーズ」の最終作らしい。

「いやー、なんだか、感慨深いですね。そういえば、僕がミス研入って初めて読まされたのも、宇治十条ものでしたね。なんだか、最後の事件なんて悲しいような気もします」

 上沢先輩は、コカトリス(コカ・コーラでトリスを割ったオリジナルカクテル)を傾けながら、五ミスをパラパラと指でめくる。

「いやね、ずっと、最後の事件ものに憧れがあったからね。やっぱり、探偵は去り際が肝心だからね」

「じゃあ、とくと読ませてもらいます」

 僕は、上沢先輩最後の五ミス、そして宇治十条最後の事件に挑む。



――――――――――――――――――――――――――――――



 宇治十条が殺されたという報せを、彼の助手の斧琴菊が受けたのは、二〇一八年十一月三日のことだった。

「え? 警部、もう一度仰ってください」

 斧は、つい一秒前に自分が聞いたことがどうしても信じられず、受話器に向かって叫んだ。

「だから、いやね、君が混乱するのももっともだが、私も信じられないんだよ。まさか、よりにもよってあの宇治十条君が殺されるなんて。でも、どうやら本当のことらしい」

「いったい、どこでですか? 誰がそんなことを?」

「北海道にある、旅館からだ。電話が私の所に入った。『宇治十条という方をご存知ですか?』と聞かれたので、『もちろん、仲良くしてもらっている探偵ですが、彼が何か? 』と答えた。すると、『彼の持ち物に、あなたの名刺がありました。私は旅館の主人の、青山というものです。宇治十条さんは殺されました。すぐ来てください』と言う。しかし、詳しいことを聞く前に電話は切れてしまった。どうやら電話線が切れているらしい。流氷館というんだが、その旅館は、君も知っているとは思うがいま北海道はひどい大雪でね。けっこうな山の中にあるから、どうも我々は着けそうにない。詳しいことが分かり次第、また掛ける」

 斧は、受話器をほとんど落としそうになったのを何とかこらえ、ありがとうございます警部、とだけ言った。

 流氷館とは、確かに宇治十条が泊っているはずの旅館だ。確か、調べたいことがあるとか言っていた。

 しかし、と斧は考える。あの宇治十条が、誰かほかの人間の恨みを買うとは思えない。もしありえるとしたら、過去の事件の関係者か、もしくは、犯人に逆恨みされて殺されるということ。もしかしたら、死者は宇治十条だけではないのかもしれない。もし、流氷館で他の事件が起こっていて、その真相に気付いた宇治十条が犯人に殺されているのだとしたら? いったい、雪に閉ざされた館で何が起こっているというのか?

 自分は、流氷館に行かなければならない。なにより、宇治十条の弔いのために。宇治十条最後の事件の真相を解き明かすために。



 まさかこれが、自分の生涯の最後の事件になることなど露知らず、宇治十条は流氷館を訪れていた。ある人間を追うためだ。

「すいませーん」と宇治十条は旅館の入り口で大声を張り上げた。

「はいはい。お待ちしておりましたよ」と、にこやかに応対するのは、旅館の主人青山茂だ。

「いまから台帳出しますんでね。はい。ここにお名前を」

 黒いサインペンで名前を書き終えた宇治十条は、すばやく台帳に記された名前に目を通す。

 宇治十条
 黄島悟
 緑川尚文
 赤井和也

「今日泊る方は、これで全員ですか?」

「はい。そのはずです。もちろん飛び込みのお客さんもいらっしゃることもありますが、なにぶん大雪になりそうなんで」と、青山は外に目をやる。まだ吹雪いてはいないが、雲行きは怪しい。予定では、今晩は大雪になるという。なんだか不吉なことになりそうだ、と宇治十条は思ったが、その時の自分の予感が当たるとはまだ知る由もないのであった。



 赤井和也。彼が、宇治十条の追っていた男の名前だ。複数の事件に深く関わっていることは間違いがない。ふつうは、事件が起こってから捜査に乗り出す宇治十条だが、この時ばかりは単身で事件に関わっていた。そして、その彼らしくない行動が、あの悲劇を生み出したのだ。



 その日の夜、赤井和也の死体が大浴場で発見された。第一発見者は、宿の主人の青山茂。浴場の使用時間が終わったため、掃除のために浴場に入ったところ、死体を発見した。

 つんざくような悲鳴で目を覚ました宇治十条は、急いで部屋を出た。声は大浴場の方からしたな、と思って走ると、衝撃を感じて転倒する。いてて、とうめきながら衝突した相手を振り返ると、黄島だ。ドアが開きっぱなしなので、宇治十条と同じくいま向かうようだ。

「あの声は……」と黄島が言う。

「そんなことは後で! 早く、行きましょう!」と宇治十条は叫ぶ。

 宇治十条と黄島が浴場に着くと、そこにはすでに緑川がいた。大きく口をあんぐりと開け、風呂を指さしている。青山は、その場にへたり込んでる。

 風呂は、真っ赤に染まっており、一見漢方風呂とかそういう薬湯に見える。しかし、そうでないことを宇治十条は知っている。今日風呂に使った時、お湯は澄んでいたはずだ。そして、その赤いお湯にぷかぷかと浮かぶ死体は、顔を上にしていた。いや、その表現はあまり正確とは言えないのかもしれない。なぜなら、その死体には顔が無かったからだ。



「これは……」と、思わず宇治十条はうめき声を漏らす。

 赤井和也の死体は、両手が切断され、顔もハンマーで潰されている。よくミステリなどで「つぶれたすいかのような」という表現を見るが、本当にそうだな、と宇治十条は思う。

「これを見つけたのは? 」

「私です」と青山が言う。

「いったい、この死体は……? 」と緑川が言う。

「青山さん、今晩、この旅館には五人しかいないはずですよね? 」と宇治十条が言う。

「はい。他の従業員は、雪がひどくなりそうなので帰しました。部外者が入り込むことは、できないはずです」

「そうですか」

「でも、それなら、この場にいない人がこの死体ということですよね……? と、いうことは……? 赤井さん? 」と、黄島が言う。

「はい。おそらくそうでしょう」黄島がこちらを向いて聞くので、宇治十条は答えたが、この顔をつぶされた死体が赤井和也本人のものであることは、宇治十条自身が一番よく知っている。なにせ、赤井のためにこの旅館を訪れたのだ。他の人間には分かるはずもないが、彼のことをこの一年調べ尽くした宇治十条には、万一道端で死体に遭遇しても、顔がつぶれていてもなんとなく雰囲気で分かるのだ。

「とにかく、死体をどこかに置きましょう。このままじゃ腐ってしまう」と、宇治十条は一番体格のいい緑川と協力し、死体を外に置くことにした。



 事件から二日が経ち、流氷館は孤立している。どうやら、警察が入るのもまだまだ後のことになりそうだ。

「なにか、被害者のことで覚えていることはありますか? 」と宇治十条は青山に尋ねる。

「いや、なにしろ妙な方でしたからね。サングラスをずっとかけていて、髭も生やしていましたが、もしかしたらつけ髭だったのかもしれません」

 つけ髭は、当たっている、と宇治十条は思う。死体の顔は潰れてはいたが、髭の痕跡は何処にも無かった。

 青山の鋭さを心の中で褒め称えつつも、どうやら自分もつけ髭をつけていることには気づいていないようだ、と内心宇治十条は思う。こちらが赤井の顔を知っているように、赤井も宇治十条の顔を知っているはずだ。なにしろ初めての単身行動だったので、ノウハウをまったく知らない宇治十条はつけ髭につけぼくろ、眼鏡に髪型も変えるという念の入れ方だったが、結果的にその意味は無かったな、とがっかりしてしまう。

「あと、どうやら右手をケガされていたようですね」

「ほう、なぜ? 」

「いや、右手でペンを持とうとして、慌てて左手で握りなおして台帳にお名前を書かれましたから」

「そうですか」

「あと、部屋割りを教えてもらえると幸いです」

「はいはい。ええと、いいですか。右端が101号室で、左端が104号室ね。赤井さんの部屋がここ、101号室ね。宇治さんがここ。103号室。黄島さんが102号室、緑川さんが104号室。部屋のさらに右側に浴場があって、部屋の前の廊下を右に進むと着く。浴場に一番近いの101号室で、緑川さんの部屋が一番遠い。どんづまりで、その左にはなにもないね。

ところで、なんでそんなに根掘り葉掘り聞かれるんです? 警察の方か何かですか? 」と青山に聞かれたので、宇治十条はどう説明をすべきか困ってしまう。

「いや、そんなんではないです。ところで、宇治十条という名前を、前から知っていましたか? 」

「いや、初めてだったと思います。なにしろ、一度聴いたら忘れないような名前ですからね。それが何か? 」と青山が聞き返すので、

「いや、それならいいんです。失礼します」と宇治十条は言って青山のもとを後にする。そうか、やっぱり探偵なんてそんなもんだよな、いくら名探偵名探偵ってはやし立てられたところで、そう言ってくれるのは斧や警部ばっかりで、一般的知名度なんてまだまだだ。そもそも、探偵なんて職業でおまんま喰ってる人間がいること自体信じられないだろう。どうせ俺なんて……と、永遠に続く自己憐憫を抱えながら、宇治十条は101号室のドアを開ける。なにか、事件の証拠品が落ちているのかもしれない。宇治十条がカーペットにかがみこんで探していると、ドアがノックされた。

「はいはい」と、宇治十条がドアを開けると、青山が立っている。

「いま、お時間よろしいでしょうか」

「はい。それで、なんです? 」

「いえ、それが、黄島さんと緑川さんが喧嘩をしていまして……」

 部屋を出てロビーへ向かうと、黄島と緑川が何か言い争いをしている。

「緑川さん! 俺は、あんたが犯人だと思っている! 」

「な、なにを根拠に……」

「俺は、青山さんの叫び声を聞いて、すぐに部屋を飛び出した! なあ、あんたもいただろう? 」と、黄島が宇治十条の方を見たので、宇治十条は慌てて頷く。

「でも、あんたは俺たちよりも早くついていた。すでに、あの浴場にいたんだ。俺たちより早く浴場に着くのはありえない。あんたは俺たちの後に来なくちゃおかしいんだよ。なあ、あんたの前をこの男は走っていたか? 」

「いや」と宇治十条は答える。

「あんた、あの時部屋にはいなかったんじゃないか? 」

「違う、僕はあの時トイレに行っていたんだ。だから、君たちより早く着いた」

 確かに、トイレは浴場のすぐ近くにある。筋は通っている。

「ほう。ところで、右手、ケガしてるんじゃないのか? さっきから左手しか使ってないみたいだが」と黄島が緑川を指さす。

「違う! 僕は左利きなんだよ」

「私もだ」と宇治十条も答える。

「どうだか。さっき青山さんに聞いたが、被害者は右手をケガしてたとかいう。見た目じゃ分からないのかもな。ひょっとして、入れ替わってるんじゃないか? 」

「な、なにを根拠に……」と緑川が叫んだ時、旅館のドアがノックされる音が鈍く館内にコダマした。

 宇治十条が振り返ると、一人の男が吹雪の中立っている。

「ええ!? 」と青山が大声を上げ、急いで男を中にあげる。男はゴーグルにマフラー、帽子と、顔が全く判別できない。宇治十条らを一瞥すると顔を伏せてしまう。

「警察ですかね」と緑川。

「いや……あれは違うだろどう見ても」と黄島。

「まったく、休みも明けたというのに、何をしてるんだ、一体」と緑山。

「どうやら遭難したみたいです」と青山がその男を抱えながら、「二階に空き室があるので、案内してきます」と言って階段を登って行く。

 いったい、こんな吹雪の中なんであの男は現れたんだ? 散歩をしていたわけじゃあるまいし。と宇治十条は思う。



 翌日、ロビーで青山に声をかけた宇治十条は、昨晩の男のことを尋ねる。

「いえ、なんだかひどく疲れていまして。ご飯を部屋の前に置いておくように、と言われました」

「そうですか。ところで、顔に見覚えは? 」

「いえ、それが、ずっとサングラスとマスクをつけていて、良く分からないんですよ。声もくぐっていて」

「そうですか……」

 なんだかイヤな予感がする、この男はもしかして自分に不幸を運ぶ死神なのかもしれない、と宇治十条は考えながら、しかし、事件が起こったのが二日前、この男は事件とは関係がないのだと言い聞かせる。

 101号室に戻った宇治十条は、再び証拠品を探していた。カーペットの上にはどうやらなにもなさそうだ。さて、とベッドの下に手を入れる。すると、ビニール袋が手に当たり、引きずり出すと真っ赤な血にまみれたハンマーがあり、ビニール袋で厳重に包んである。

 その時、どんどん、とドアを叩く音がするので、ひとまずベッドの下にハンマーを戻した宇治十条は、ドアを開けた。

 そこには、男が立っていた。



Q 赤井和也を殺した犯人を答えよ。
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