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筑波大学ミステリー研究会

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批評会報告『黒い白鳥』

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『黒い白鳥』鮎川哲也

鮎川哲也で批評会をやるならこの作品しかないと思っていた。最高傑作はもちろん『黒いトランク』なのだが、あまりにも突き抜けすぎた作品で、エンタメ性にやや欠けることもあり、アリバイ崩しへの揺るぎない愛がなければ読み通すのも苦しいだろう。ほかの代表作、それも鬼貫もののアリバイ崩しを課題本にしたい。『憎悪の化石』は個人的にあまり好きな作品ではないから採用できないし、『死のある風景』は文句なしの作品だが、入手難易度がやや高い。『黒い白鳥』は物語のエンタメ性も高く、謎解きの完成度も素晴らしい上に、光文社文庫、創元推理文庫と二つの版が現在でも入手しやすい状態であり、採用しない理由はなかった。
私が鮎川哲也に感じている最大の魅力は、何といっても粘り強い推理の過程である。アリバイ崩しに限らず、推理には直線よりも曲線的な論理を求めており、試行錯誤の回数は多ければ多いほどいいし、謎解きの手順は長ければ長いほどいいと考えていた。また、ワンアイデアのみに支えられているミステリが何より嫌いであり、いかに優れた着想であっても、たった一つの手がかりから、一つの考察のみで真相に至るミステリは、読者に対する悪質な裏切り行為であると考えていた。そんな私にとって、鉄壁のアリバイを相手に、さまざまな角度から執拗な考察を重ね、決して一足飛びに結論へ急ぐことなく、愚直なまでに丹念にトリックを解体していく鬼貫警部の姿勢は、探偵の模範というべきものなのだ。そんな鬼貫流ロジックが最も高い完成度を誇っているのが『黒いトランク』であり、『死のある風景』、『積木の塔』、『準急ながら』などがそれに続く。代表作の一つとされている『憎悪の化石』があまり好きではない理由は、トリックの意外性が強調されるかたちになっており、推理の過程が私の求めていた水準(長さ、しつこさと言い換えてもいい)に達していなかったからだ。『人それ情死と呼ぶ』も、論理がいまいち綿密さに欠けること(しつこさは及第点だが)、トリックが私の好む類のものでなかったことがあり、あまり好きになれない作品だ。やはり、執拗かつ綿密な論理こそ、鬼貫の魅力であろう。
とはいえ、解決の意外性があるに越したことはない。最優先事項は執拗な論理だが、大胆でシンプルな驚きを感じられるトリックがあるとさらに良い。もちろん、私もある程度ミステリを読んできたから、トリックとロジックの両方を求めるのは欲張りだということはわかっている。大がかりなトリックを用いた作品ほど推理は直感に頼ったものになるし、精緻なロジックを組み立ててしまえば、大業トリックが入る余地は無くなる。それは仕方のないことだ。しかし、夢想せずにはいられない。緻密で長大な論考に支えられており、なおかつ大胆なトリックで驚かされる、そんな理想的な本格ミステリを。そして、それを実現している奇跡的な作品こそが、『黒い白鳥』なのだ。
結末にて明かされる大胆不敵なトリックを見よ。バカミスの領域に片足突っ込んでいると言っても過言ではない豪快なトリックだ。どこからどう見ても、ロジカルな推理と相性が良いトリックではない。にもかかわらず、鬼貫の推理は非常に論理的で、手がかりの処理は見事だ。さすがに『黒いトランク』や『死のある風景』ほどの執拗さは備えていないにしても、十分に満足させるロジックに仕上がっている。こんなミステリは鮎川哲也にしか書けないだろう。
会員の反応はそれほど芳しくなかった。刑事が主人公のアリバイ崩しを本格ものと区別する風潮を壊したいという狙いもあったのだが、残念ながらできなかったようだ。本格ミステリというものの捉え方の違いを感じた。私は「これが本格だ!」というきちんとした定義は持っておらず、持つ必要もないと感じていて、「これも本格」「あれも本格」というふうに、勝手にジャンルの枠を拡大する感じでさまざまな作品を読んでいた。会員は理想のミステリ像を持っている人が割と多かった印象だ。面白いと感じた会員も、刑事ドラマ的な側面を愉しんでいた様子。エンタメ性が高すぎたことで、かえって謎解きの面白さ中心の作品と捉えてもらえなかったのかもしれない。
(KN・M)
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