狂人との対話(作:毒拶 鋏) ― 5分間ミステリバックナンバーVol.10 ―

筑波大学ミステリー研究会

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問題編

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 この状況に、私は困惑せざるを得なかった。
 美しい満月の夜。避暑中の資産家の豪華な田舎の別荘の庭に人が倒れていると通報があり、警官が駆けつけるとそこには死体があったのだ。殺されたのは資産家のリア氏だ。

「ああ、ルーフ警部。こちらへいらしてください。ごらんの通り、彼の両腕は切断されています。死因は生きたまま切れ味の悪い刃物で両腕を切られたことによるショック死です。死体は生まれたままの姿で、ミノムシのように仰向けで、まるで断罪を受けた悪魔のようです」

 鑑識からの説明を私は黙って聞いていた。

「気味の悪い話だな」

「ええ…。それ以外にも奇怪な部分があります。現場に半径四メートルに及ぶ魔法陣が描かれており、遺体がその中央に存在していたことですね」

「ああ…。このあたりは高級な別荘がリア家以外にも立ち並び強盗が頻繁に現れていた。ついに強盗が殺人をしたのかと考えていたが、リアの右腕の切断面には止血の跡があった。焼きごてで切断面が綺麗に処理されていた。こうでもしない限りたいてい出血死で死ぬ。激痛は走るがショックで死ぬことはないだろうな。長く苦痛を味わせるつもりだったんだろうな。だが、それにしては腕以外に傷一つない。そして物取りにしてはあまりに不自然だ。第一ここでは目立ちすぎる」

 頭上の明るい月を眺めながら、私は頭を掻いた。

「怨恨の線でかれこれ三時間ほど聞き込みしたが、皆、彼を嫌うものなどいないと言う。少々変わり者だったようだが。すると怨恨の線も怪しくなってきた。これで犯人を特定するのは難しいな」

「ええ……。凶器のナイフや焼きごては見つかったが両腕は未だ見つからないのも気になりますね」

 鑑識は深いため息をついた。

「しかし、魔方陣のそばに、彼の妻のコーデリアが倒れていましたね。彼女はこの事件の重要な参考人になりますね」

「ああ。さっき意識が回復したと連絡を受けた。これから話を聞いてくる。これで犯人が特定できるといいんだがな」

 しかし、残念ながら、彼女との対話はルーフをさらに困惑させるものだった。

 このコーデリアという女、困ったことに狂っているのだ。

 以下がルーフが気の狂いそうな会話の中で手帳にとった、彼女との対話の記録だ。



「おまたせしました。ルーフです。早速ですがお話を伺ってよろしいですか? 」

「ええ、ええ、私でよろしければ、いくらでも。まずはそうですね、私は正直者の使徒なんですのよ。私も彼も、星が大好きなんですの。あれは人を殺しますわよ。警部さんは人を殺したことがありまして? 」

「……は? あの、話というのは事件のことについてで……」

「慌ててはいけませんわ。物事には順序というものがあるのですよ。太陽系の惑星にも順番があります。宇宙とは美しいものです。あの人も星のような(ステラーな)人でしたわ」

「……。彼というのはリア氏のことですか? 」

「ええ、愛しい愛しいあの方。私と彼とは星のつながりがあるんですの。人間は星の生まれ変わりなんですのよ。消えては生まれ……。星々はそれぞれの運命の相手を見つけ衝突、融合をする。些細なことで互いは変化しあう…。万物は流転してゆきます…。喜怒哀楽を繰り返し破滅への歩を進めつつも遥か過去の光に思いを馳せて…。これが運命という思考なのね」

 支離滅裂なことを笑顔で話すコーデリアにルーフはどう対応すればいいかわからなくなっていた。

「神が、舞い降りてきたわ……。そう、神は星を操っていますわ。つまり神は人を操って、私たちを見守っている…。これは喜劇。神に背くことは許されない……。これは悲劇。そもそも何故神は我々を作り出したのでしょう? あなたはどうお考えで? 」

 きっと彼女は最愛の夫を失った瞬間を目の当たりにして気を病んでしまったのだろう。

 そう考えた私は彼女に少し付き合うことにした。

「確かに喜劇ですね。しかし、神が我々を導くのならばこのような残酷な仕打ちをしないのでは? 」

「いいえ、これこそが運命。言ったでしょう? 星は人を殺すと……。そう、悲しみも星に…。人は星の生まれ変わり。でも人は醜いわ……。そう序列が低いから。この世界には色んな生き物がいますわ。蝶が一番偉いのよ。次に象……。星序列ではセカテー、へレス、ビリアが私の理想よ」

 私はこの女の強い口調に、段々彼女自身がもともと狂っていたのではないか、この狂気は昨日今日のものではないと確信し始めていた。

「……。あなたの夫はどうして殺されたのでしょうか」

「彼がルナを狂わせたからよ。彼は本来セカテーの使いだったの……。しかし星を狂わせる魔性の持ち主だったわ。魅惑を許せなかった神は彼を序列の低い人間にしたの。でも神は慈悲深かった。彼へセカテーへ戻るチャンスを与えてくださった……。私たちは毎日ルナに祈ったわ……。最初、どんな形で訪れるかわからぬそのチャンスを待ち続けたわ。そして私は確信したんだんですの、それは殺意の形をしているのだと。私、人殺しが好きなんですの。まだ、その赤い果実を食したことはないのだけれども……。でも、それでセカテーに近づけるのですよ?素敵だわ……」

 私はその言葉を聞き逃さなかった。彼女は妄想に執り付かれ夫を殺した可能性がある。

「人殺しがその、セカテーというのに近づくとはどういうことですか?」

「セカテーに戻るには、いくつか条件があるのよ。セカテーは人間というもの酷く憎んでいるの。人間だけではないわ。多くの命の断片を捧げることでその怒りをおさめさせるのよ。多くの命を刈りつくすその前に、その心を確かめるために体に聖なる証を刻むのよ。そしてその証を受けたその体で死神のように野を駆ける…。まるで風車のように。そして血のにじみ尽くした証を魔方陣の元、捧げるのよ……。そしてそのまま一切動かずにただ、そう、ただルナのほうを向いて祈るのです」

「証とは? 」

「星が選んだ、美しい石、ガーネット……。彼はそれを自分一人でやってのけたわ。ああ、けれども私、不安ですわ。彼が本当にセカテーの元に帰れるか。彼の心がソルに移り変わっていることを私は知っていたのです……。ええ、知っていたのですとも」

「ソルとは太陽のことですか? 」

「ええ、ご存じなのね。では、蝶はいつ殺すのが一番殺すのが美しいか、知っていて? 」

「いや……」

「蝶はね……、さなぎの時に殺すのが最も美しいの。生まれたばかりの幼虫は生きる悦びをあまり知っていないの。生き物は生きる悦びを知っているものこそ最も殺す価値があるの。悦びを知り始めて飛ぶための翼をもつために身を溶かすさなぎの時こそ、殺し甲斐があるわ。生き物は生きている状態と死んでいる状態の区別をつけたがるわ。でも、本当にそんなことって重要かしら? 生と死は連続した戯曲よ、輪舞なのよ。美しい歌を遮られることを好む人なんているわけないのに……。肉体に鼓動が依存しているからかしら。度し難いわ……」

 二人の間には重い沈黙が流れた。

「彼は最後の最後にルナに背いたわ……。彼はソルに媚びを売ったんだわ! 彼だって気づいていたはずですわ彼の今の腕はソルをつかむには短すぎる。なのに…彼はルナから、月から目をそらす形で輪廻を繰り返そうとした……! 彼は笑っていたわ。【僕はソルになりたい。】なんて言ったのよ…!彼は魔方陣を完全に完成させたのに……。どうして最後に神を裏切ったの…。私、彼の転生への懺悔を見た瞬間悲しみのあまり気絶してしまいましたわ。所詮、この世で見えているものすべては虚ろよ。見えているもの全てが嘘なの……。なのに彼は幻想にすがったのだわ……。これは罪よ……。ツィアハ聖典に背く大事よ! 」

 彼女はさめざめと泣き始めた。もはや何を質問すればいいかすらわからなくなってきた。

「彼はあなたの目の前で自殺した、というのですか? 」

「……何度も言わせないで……? 私の話、ちゃんと聞いていた? 殺す! 殺すわよ! 許されないわ! ここまで私が星々と彼の運命を説明したのに‼ 殺す! 殺す! 殺す! あなたはヘネロペートに堕ちるわ‼ 」

 半狂乱になった彼女は取り押さえられた。自殺? そんなはずがない……。ならば彼女は嘘をついているはずだ。対話を中断させようとした医者をとめてルーフは急いで質問をした。

「本当のことを話してください。あなたが殺したんですか? それとも自殺なんですか? それとも他殺? 」

 彼女は急に泣き止んでにたりと笑って、こう言った。

「この世は虚ろ……。朝には赤いバラが咲いて小鳥たちが血を噴きながら死んでいくわ……。

 それは自らの生への悔恨。昼には黒い雲があたりを覆って稲妻が生きとし生けるものに突き刺さるわ。それは他者に対する愛憎……。夜にはすべての生き物が涙を流すわ。それは死の恐怖と快感を他者と共感できた喜び。彼と私はずっと生と死のワルツの上で踊り続けたわ。どちらかがバランスを崩しても調和を乱しはしない。けれども私たちは本来、相補的なペアだったの。回る、回る、回る。回転を繰り返しながら、世界の流転とも修正を図る。なんて美しいんでしょう。私、今人を殺せるわ。他者への排他は愛を訴える子羊、愛を鏡映す殺意なのよ……」

 その後、彼女はこと切れたようにぼーっとして、対話は終了せざるを得なくなった。

 

 結局、参考にもならなそうだとルーフは一人ため息をついた。

 しかし、しばらくして彼は彼女が少し気になることを言ったのに気が付いた。


  

問題 コーデリアはこの事件の証言者としてすべて正しいことを述べているとして、リアの腕を切ったのは誰?
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