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第一章 ミクロ・シーン1「ヘルパーT細胞の冒険」 4
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デンドロから伝わった情報によれば、バイロンはチモシーのようなヘルパーT細胞に好んで取り付き、その細胞内で速やかに増殖する。
前述したように、一つの細胞の中で数千個~1万個と増えたバイロンは、T細胞の膜からはじけて外に出ると、それぞれがまた新たなヘルパーT細胞を探し出してそれに取り付き、同じことを繰り返す。こうして体内のT細胞を食いつくすまで増え続けるのだ。
バイロンにとりつかれたヘルパーT細胞は、見た目は普通のT細胞だが、実はバイロンのゲノムに操られて変質し、統率が取れなくなっている。もちろん免疫細胞としての機能を果たさず、ただただバイロン粒子を増やし続ける。まるで死に損なったゾンビのように……。
そしてバイロンの抜け殻となったT細胞は、やがてアポトーシスを起こして死んで行くのだ。
「そんなやつらにこの宿主の身体を乗っ取られてたまるものか」
肺胞内の巡回を終えたチモシーは、こうした高い使命感を持って、バイロンを探し出すべく鼠径部リンパ節内に入って行った。
リンパ節は、リンパ管を介する全身のリンパ循環のところどころに設けられている、豆粒ほどのふくらみだ。
一つのリンパ節に三、四本のリンパ管が連結しており、全身のリンパ管内をリンパ液に沿って流れて来る白血球は、ここを休憩処として身を寄せる。
リンパ節で休息を取り、栄養を補給された白血球たちは、再び外敵を探すパトロールに出て行く。
だが、T細胞などの白血球を標的として細胞内に潜伏しているバイロンは、こういったリンパ節でT細胞等の免疫細胞が休息をとっている間に忍び寄って来て感染し、増殖することがしばしばある。
チモシーは、そんなバイロンにやられかかっているT細胞がいないかどうか、今リンパ節内にまで捜査の手を伸ばして来たのであった。
リンパ節は、中がリンパ液で満たされているだけの、楕円球形をしたただの部屋だ。クリーム色の小さいリンパ管内皮細胞が、整然と美しく室内の壁を形作っている。
これらリンパ節内の細胞は、みな白血球に優しい。
まるで、戦闘に傷つき疲れた兵士たちを治療しねぎらう野戦病院の看護師たちのごとく、リンパ節細胞はチモシーに手を伸ばし、彼とスキンシップを繰り返しながらなにかと世話を焼いてくれる。
「チモシー、よく来たわね。ゆっくりしてらっしゃい」
そんな声が周りから口々に聞こえて来そうだ。
「やあいつもお世話様」
チモシーも触手を介して、リンパ節細胞に謝意を伝える。
むろん細胞と細胞との間に音を介する会話は無い。
両者は、細胞膜上の糖タンパク質でできた受容体あるいはリガンドと呼ばれる分子同士を、くっ付け合ったりはがしたりを繰り返しながらて、「会話」を行う。
こうした受容体とリガンドの結合および解離が、物理的、電気的刺激となって、細胞質内の分子を介して細胞全体に伝わって行く。これらの刺激の質や強さの加減によって、相手の細胞が誰なのか、こちらに何を伝えたいのかが正確に分かるのである。
「悪いウイルスは来なかったかい? バイロンという危険なやつさ」
チモシーは触手を介してリンパ節の内皮細胞たちに問う。
「さあ、見なかったわ。そんなやつが宿主体内に入り込んで来ているのね。怖いわ」
「大丈夫。君たち内皮細胞には感染しない」
「そりゃそうだけど、チモシー達ヘルパーT細胞がやられたら、結局宿主と共に私たちもみな死ぬわ」
「心配するな。俺が必ず見つけ出して始末する」
「くれぐれも気を付けてね、チモシー」
「わかった」
「油断は禁物よ」
チモシーは、触手を介してリンパ節内皮細胞たちに応えると、ゆっくりとリンパ節を出た。ここは居心地がいいので、ついつい眠くなって長居をしてしまう。
「さあて、もう一周りだ」
とばかりに、チモシーはまたウォータースライダーのような血管の中に入って行った。
滝のごとき血流の中に突然身体を持っていかれ、あっと言う間にはるかかなたの臓器へとワープして行く。
ヘルパーT細胞としてはまだ若いチモシーは、この「ウォータースライダー」の刺激が、結構好きだった。
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