14 / 40
第二章 マクロ・シーン1「アリサと瑠奈」 4
しおりを挟む4
アリサは、自分が担当する入院患者十五名の回診を終えた後、瑠奈の病室を見舞った。
瑠奈は、抗生物質の点滴治療を終え、病室で一人眠っていたが、静かに入室してきたアリサに気が付いて目を開けた。
「ごめん、起こしちゃったみたいね」
「ううん……」
瑠奈は静かに首を振る。
「大分顔色が良くなったみたいよ」
アリサは瑠奈の額に右手を当てた。
「熱も下がっているわ。アモリンが効いたみたいね」
ドアがノックされた。
中からの返事を待たず、瑠奈の主治医の多比良准教授が入って来た。
「アリサ先生も来ていたか」
多比良がまずアリサに向かって話しかけると、アリサはベッドサイドから身を引いて
「外した方がいいですか」
と訊いた。多比良は瑠奈の回診に来たのだ。
すると多比良の返事を待たずに、瑠奈が懇願するような口調で言った。
「先生、アリサが一緒でもいいでしょ」
「もちろん」
多比良は聴診器を瑠奈の胸に当てながら応える。
アリサはその場にとどまり、多比良の検診の様子を見守りながら口元に笑みを浮かべた。
「どうやら回復したね」
聴診器を白衣の胸ポケットに収めながら、慎重な多比良もようやく愁眉を開いた様子である。
「抗生剤は有効だった。だがまだ安心はできないぞ」
「血液検査の結果はどうでした?」
アリサが訊ねる。
今この部屋にいる三人は、いずれも同じ血液内科の医局員だ。まるで症例検討会のような会話になった。
「血清生化学検査の結果に異常は見当たらない。しかし……」
「何か?」
不安そうな顔で、ベッドに寝たままの瑠奈が、多比良の説明の先を促した。
「ヘルパーT細胞数が減っている」
多比良はためらわずに答えた。患者だが同じ医局員でもある瑠奈に、隠し事は無用と判断したのだろう。
ヘルパーT細胞は、免疫ネットワークの中心的役割を果たす重要な生体防御系細胞である。その数の極度の減少は、ニューモシスチス肺炎などの日和見感染症や、カポジ肉腫を含む悪性腫瘍の発症を招く恐れがある。
例えば、エイズの原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症では、血中のヘルパーT細胞数が基準値以下に減少することが知られている。
HIVウイルス感染症で、血中のヘルパーT細胞数が1マイクロリットル当たり二百個未満に減ると、それは異常値と判断され抗ウイルス薬による治療が必要になって来る。
HIVウイルスのようなヘルパーT細胞に感染するウイルスの種類は、そう多くはない。
しかし、例えば成人T細胞白血病ウイルスのように、ヘルパーT細胞に感染するウイルスの中には、稀にではあるが難治性の白血病を誘発するものもある。
「まさか、HIVウイルスが陽性だったのでは……」
多比良に目をやりながら、瑠奈が不安を口にした。
「思い当たることでもあったの」
アリサは真顔で訊いた。母子感染以外のHIVウイルス感染は、性交渉によるものが多い。
「ないわよ」
瑠奈は不機嫌そうな顔をしてそっけなく答え、もう一度多比良の顔を見た。
「HIVウイルスは陰性だった」
多比良が短く返す。
とりあえず瑠奈はほっとした表情を見せてから、さらに多比良に向かって質した。
「ではどうしてヘルパーT細胞数が減ったのかしら」
「今のところは不明だ。だが肺炎を併発したのは、それが原因かもしれない」
多比良の返答に、彼の斜め後ろで訊いていたアリサが呟いた。
「つまり、ヘルパーT細胞数が減って瑠奈の免疫能が落ちていたので、肺炎球菌かインフルエンザ菌に感染しやすくなったというわけね」
アリサの解説を聞き流しながら、瑠奈は表情を変えることなく黙って天井に目をやった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる