18 / 40
第三章 ミクロ・シーン2 「バイロンを倒せ」 2
しおりを挟む2
ついにバイロンに出会ったのだ。
バイロン軍団は、あっという間にチモシーを取り囲むと、その輪を徐々に狭めて来た。
T細胞ウイルスであるバイロンには、生命や意思は無い。
ウイルスは、脂質二重層と糖タンパク質から成る球形の殻の中に、RNA鎖と少々の酵素が入っているだけの、自分では栄養を取り込むこともエネルギーを産生することもできない、ただの粒子なのだ。
複製して増殖する時も、自分一人では何もできない。
感染相手である人間のヘルパーT細胞に付着し、ヘルパーT細胞膜の脂質二重層に潜り込んで細胞の中に侵入することで、初めてバイロンとしての活動を開始できる。
そうやってこいつに取りつかれ、細胞内への侵入を許したら一巻の終わりである。
バイロンはチモシーらの細胞内で、その細胞質の栄養分や酵素を使って自分と同じものを無限に作らせる。やがて取り付いた細胞が自分のコピーで一杯になると、今度はその粒子の一つ一つが、細胞の中から膜を通過して外にはじけ出て行くのだ。
細胞外に放出されたバイロン粒子は、また次のヘルパーT細胞にとりついて、同じことを繰り返す。
バイロンの生産工場と化し、バイロンウイルスのコピーを作ってその粒子を放出させた後のヘルパーT細胞は、バイロンのためにエネルギーや栄養分、その他細胞の生存に必要なものすべてを使い果たして死滅する。死んだ細胞はバラバラになって、後は掃除屋のファージに食われるのみだ。
まるで統率された軍隊のようにチモシーの周りに迫っていたバイロンの細かい粒子が、ザーッと一斉にチモシーにとびかかろうとしていた時であった。
間一髪チモシーは、自分の頭の上を流れて来たB細胞のマロー十数匹と数匹のファージの存在に気付いた。
「天の助けだ」
チモシーは咄嗟に彼らに触手を差し向け、そこからサイトカインを放出して伝令を送った。
「マロー達よ。バイロンをやっつける抗体を発射しろ」
「チモシーさん、了解しました」
数匹のマローがそれにすぐ反応してくれた。
「抗バイロン抗体発射!」
マロー軍団は、バイロンにくっつく抗体を細胞の外に大量に放出し出した。
それらはあっという間にバイロン粒子の表面に付着していく。
まず、チモシーのすぐ近くにまで来ていた数百個のバイロンが、それぞれ無数のY字型抗バイロン抗体に取り付かれ、ぴたりと動きを止めた。
「いいぞ。お前たちもバイロンの動きに注意しろ。くっつかれたら厄介だ」
チモシーはマローたちに向かって叫んだ。というより正確には、細胞突起を震わせて体液をかき回し、その振動によってマローたちに注意を促したのだ。
「わかりました」
バイロンは、チモシー達ヘルパーT細胞の表面にある特徴的な突起を求めてくっついて来る。
同じ突起はB細胞であるマローにはないので、マローがバイロンに襲われることは通常ない。
しかし、間違っていくつかのバイロン粒子がマローの細胞表面にくっつくと、それが徐々にマローの体内に入って行って悪さをすることもあり得るので、チモシーはマロー達にも注意を与えたのだ。
細胞同士の接触とサイトカインによる遠隔的コミュニケーションで、マロー達とそんなやり取りを交わしたチモシーは、今度は食細胞のファージにも伝令を送る。
「抗体がくっついたバイロン粒子を始末しろ」
チモシーからの命令を受け、ファージは無言でアメーバのようにゆらゆらと四方八方に触手を伸ばしていく。
こうして撃ち網のように大きく広げた触手で、たくさんの抗体にとりつかれて動けなくなったバイロン粒子を捉え、次々に食っていく。
何を考えているのか分からない連中だが、そのあっぱれな食いっぷりにはほれぼれする。
「いいぞ、ファージ」
無数にあったバイロン粒子が、みるみる減って行く。
「チモシーさん。俺たちの出番は無いかい」
騒ぎを察知して集まって来たのは、キラーTたちだった。
キラーTが直接バイロンを仕留めることは無いが、キラーTはバイロンが感染してゾンビ化したヘルパーT細胞を破壊する、ミサイルのようなパーフォリンという武器を持っている。
ゾンビ化ヘルパーT細胞は、もはや免疫細胞としての機能を失っている。それどころか、体内で増えたバイロン粒子を細胞外に放出させて、正常なヘルパーT細胞にどんどん感染を広げていくので、早く始末しなければならない。
チモシーはキラーT達の応援も仰ぐことにした。もしかしたら、すでにバイロンにやられたヘルパーT細胞が、この辺に潜んでいるかもしれないからだ。
五、六匹のキラーTが、たちまちチモシーの周りに集まってきた。
そうしてチモシーがキラーT達と接触し、触手と触手をからませながら、この騒ぎに関する情報を迅速に伝えていた時であった。
バイロンの感染でほとんど死に体となったゾンビヘルパーT細胞が二、三匹、
「うお…おう……う……」
という、細胞膜の震えによる苦しそうなうめき声を上げながら、チモシーの背後に突然現れた。
チモシー達ヘルパーT細胞は、外から見るとやや透き通った真珠のようにきれいな白色をしている。
だがバイロンに感染し、体内にバイロン粒子が増えていくと、くすんだ灰色から腐ったようなどす黒い色に変わって行く。
こうして、バイロンに感染して変色した末期のヘルパーT細胞は、体内にバイロン粒子を多量にはらんでいて、それらを放出する機会をうかがっている。
やがてゾンビ化した感染細胞は、散弾銃を発射するようにバイロン粒子を体外に飛び出させ、チモシーたちに一気に感染を広げてしまうのだ。このように、奴らは大変危険でチモシーにとっても恐ろしい存在である。
もともとは仲間だった彼らを葬るのは断腸の思いだが、放っておいたら自分や宿主の身も危ない。
間一髪ゾンビ細胞の「散弾銃攻撃」や「抱き着き」攻撃を逃れたチモシーとキラーTは、動きが鈍くなっている断末魔のゾンビにとどめを刺すべく、彼らの後方から迫った。
チモシーは、感染細胞を直接破壊する武器を持たないが、優秀な戦闘機の役割を果たすキラーTのパイロットとなって、ゾンビ細胞を攻撃する。
またチモシーは、相手に様々な刺激を与えるサイトカインなどのタンパク質を一度に大量に放出して、相手をしびれさせることもできる。
「キラーT、今だ。パーフォリンを放てっ!」
「承知っ」
チモシーの命令を受けたキラーT達は、数匹のゾンビ細胞めがけて、ミサイルの役割を持つパーフォリンを一斉に放った。それに合わせてチモシーも、相手にインターフェロンやインターロイキンなどのサイトカインストームを浴びせた。
パーフォリンとサイトカインストームが同時に命中したゾンビ細胞らは、
「パーン」
という音を立てるがごとくはじけ、皆あっという間に細かな残骸と果てた。
続いてゾンビ細胞からはじけ出て来たバイロン粒子を必死によけながら、チモシーは再びB細胞のマロー達に命令を下した。
「抗バイロン抗体発射」
マローが放出した第二弾の抗体攻撃は、そこら中に飛び散ったバイロン粒子をたちまち捉えていく。
そうして散乱したバイロンも動きを止められ、やがてファージたちの餌食になっていった。
数分後には、この局地戦もすでに終戦を迎えていた。
薄氷を踏む思いではあったが、チモシーたち特殊免疫細胞部隊は、ともかくもここリンパ管の入り口に潜んでゲリラ戦を展開していたバイロン小隊を、壊滅させることに成功したのだ。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる