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第三章 ミクロ・シーン2 「バイロンを倒せ」 3
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「どこか他の臓器でバイロンを見なかったか」
激戦を終えたばかりだというのに、休むこともせずに再び体内のあちこちへと四散して行くキラーTやファージを呼び止めながら、細胞の触手を絡ませたコミュニケーションを通じてチモシーが尋ねた。
「俺はここで出会ったのが初めてですぜ、チモシーさん」
キラーTが応じた。
「オレも、バイロン喰ったなぁ初めてだ」
まだ腹の中でもぐもぐやっている一匹のファージが、ぶっきらぼうに答える。
「奴らは、俺たちヘルパーT細胞に取り付いて、宿主の免疫ネットワーク自体を破壊しようとしているのだ。ここで見つけた巣窟は、恐らくやつらのほんの一握りの拠点に過ぎない。他の臓器にも奴らが隠れている可能性が高い。油断するな」
「ヘイ」
「ヘイ」
殺し屋に悪の掃除屋という、ガラの良くない連中だが、いざというときは頼みになる。
キラーTは間もなく、血流に乗ってあっという間にどこかへ消えた。
キラーTは、パーフォリンという恐ろしい武器を備えた戦闘員だ。敵でなくてよかったと、チモシーは改めて思う。
一方のファージ軍団は、バイロンやゾンビ細胞の残骸を詰め込んだ腹を重そうに抱えながら、リンパ管の外へ這い出て行った。例えて言うなら、敵を総なめにする頼もしい重戦車部隊といったところか。
彼らが去って行った後も、チモシーはしばし戦場跡に佇んで、他にバイロンの奴らが潜んでいそうな臓器組織がどこなのか、熟考を続けていた。
するとその時だった。
「ぬるるるる……」
チモシーは、再びあのいやな抗原が、いくつか体にまとわりつきながら流れ去って行く感触を覚えた。それは、
「自分の身体の成分に似て非なる物」
というぼんやりした気味の悪い刺激を残して、チモシーから去って行った。
「どうも気になる。あんなものが現れるということは、間違いなく宿主の身体に異変が起きているのだ。だがそれが何なのか、今は判断がつかない。あの妙な抗原の出現は、バイロンによる感染が起きたことと関係した異変なのだろうか」
チモシーはひとり首を傾げた。
血流には入らず、チモシーはしばしリンパ管の中をゆっくりと泳いだ。何組かのヘルパーT細胞集団とすれ違う。
「やあ」
と、触手を触れあいながらあいさつを交わす。
彼らはむろんチモシーの仲間だが、同じヘルパーT細胞でも敵として組み合う相手が皆違う。
再三述べてきたように、チモシーの敵はバイロンのみだが、他のヘルパーT細胞も同様に特定の相手とのみ闘う。
彼らが標的とする敵は、肺炎球菌であったり、カビの仲間のカンジダであったり、がん細胞であったりと、皆まちまちだ。つまり同じヘルパーT細胞であっても、専門が違うのである。
これは抗原特異性といって、ヘルパーT細胞が攻撃できる敵の構造すなわち抗原の構造が、ひとつひとつ非常に厳密に決まっているためだ。
チモシーはバイロンと闘えても、肺炎球菌やカンジダとは戦えない。一方肺炎球菌と闘うヘルパーT細胞は、バイロンには無反応である。
それぞれが専門とする敵の細胞またはウイルス粒子の表面に出ているタンパク質や糖タンパク質でできた突起すなわち抗原の構造が、皆それぞれ違うのだ。
鍵と鍵穴の関係のように、ヘルパーT細胞表面の触手と敵の細胞や粒子の表面の構造がぴたり一致しなければ、敵として認識できない。チモシーの触手は、バイロンの表面構造にぴたり合う「鍵穴」しか持っていなかった。
チモシーが気になっていた、あのいやな抗原は、チモシーの身体に触れるとゆるい結合を繰り返してからやがてするりと離れていく。
それがバイロン由来の抗原であれば、チモシーの身体にしっかりと結合して彼を強く刺激する。
一方バイロンとはまったく関係のない、例えば肺炎球菌の細胞壁を構成する多糖などが来ても、チモシーの身体は全くそれを寄せ付けない。
ところがあのいやな抗原は、くっつくでもなく離れるでもなく、なんとなくぬるりとした感触でチモシーの身体に触れて行くのだ。
自分であって自分でないような、そんな気味の悪い相手に出会った時の感触に似ている。それでもその抗原のことは、なぜか忘れられない。
「あの抗原は、宿主の体外から入って来たものだろうか。それとも、俺が住むこの宿主の体の中から生まれたものなのか……? 今度あの抗原に出くわしたら、とっ捕まえて分解して、とことん調べてやる」
そんな思いを胸に、チモシーはリンパ液の中をまたゆっくりと先へ進んだ。
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