【完結】ミクロとマクロの交殺点

睦良 信彦

文字の大きさ
36 / 40

第六章 マクロ・シーン3 「告白」 2

しおりを挟む

     2

 私は、彼女が闘病していた血液内科病棟に行ってみた。

 あの個室病棟のドアは開いていた。

 ドアの隙間からそっと中を覗くと、南側に面した部屋の窓のカーテンは閉じられ、ベッドのシーツはしわ一つない新しいものに替えられていた。

 ついこの間まで彼女が入っていたこの部屋に、今は誰もいない。

 だがすぐに新しい患者が入院して来ることだろう。

 病院の経営にとっても、空きベッドは早く稼働しなければならない。診療費を稼ぐことは、医局長としても求められていることなのだ。

 感傷になど浸ってはいられない。

 私は伏せていた顔を上げ、病室を立ち去ろうとした。

 すると、病室の奥に、血液内科病棟看護師の趙水鈴が立っていた。

「趙さん……」

 びっくりして思わず彼女の名を口にする。

 趙は青白い顔をして、じっと私を見つめていた。が、やがて彼女は悲しそうに目を伏せた。

「信じられません。あまりに急だったものですから。あんなにお元気だったのに、まさか亡くなってしまわれるなんて……」

 私は同情の気持ちを示すべく、趙のそばまで歩いて行って、彼女の肩にそっと手を添えた。

「私もよ。頼りにしていた親友を亡くしたわ」

 神妙な面持ちで告げると、私の言葉をかみしめるようにして趙は涙ぐみ、その場でしばらくうつむいていた。

 が、何かを思い立ったように毅然とした表情を作ると、趙水鈴はその瞳で私の視線を捉えた。

「多比良先生が、医局長にお話があるそうです。すぐ准教授室に来てくれと……」

「多比良先生が私に?」

 おうむ返しに訊ねると、趙は黙ってゆっくりと頷いた。そして踵を返すと、彼女はそのままナースステーションに戻って行った。

 多比良准教授とは、あれから一度もデートに行っていない。

 また医局の朝礼でもカンファレンスでも、多比良とは顔を突き合わせていながら、お互い言葉を交わしていなかった。

 彼には唇を奪われたこともあった。

 だがそれ以上私たちの仲は進展しなかった。

 その原因があなたにあったことを、私は薄々感づいていた。多比良准教授の心はもはや私にあらず、あなたの方に傾いていたのだ。

 その事では、あなたに対してというよりむしろ私は多比良に対して、強い憤りを覚えていた。彼は、私に対して煮え切らぬ態度を続け、裏ではずっとあなたと会って愛を育んでいたのだから。

 その多比良准教授が、いまさら折り入って私に何の用があると言うのだろう。

 あなたが亡くなったから、今度は私とよりを戻そうと言うのだろうか。

 そんな軽い気持ちで私と付き合っていたのだとしたら、私は感情にほだされぬ態度をもって、はっきりと彼を突っぱねなければならない。

 多比良があなたとの浮気を正直に私に打ち明けて詫び、その上でどうしても私とよりを戻して欲しいというなら、考え直してあげてもいい。

 病棟七階の多比良准教授室の前に立った私は、毅然とした態度を貫くべく、胸を張ってドアをノックした。

「どうぞ、入りたまえ」

 やや間をおいて、多比良の低い声が聞こえた。

 私は一つ咳払いをしてから、ゆっくりとドアを開けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...