1 / 19
第1話 落ちこぼれの俺は増えたところでやっぱり無能でした(真理)
しおりを挟む
「火」F。「水」F。「雷」F。「風」F。「土」F。「光」F。
六連続F。クソ雑魚役満。人生終了のお知らせである。
この国では、十五歳になると「六属性鑑定」を受ける。
火、水、雷、風、土、光——どの属性に適性があるかで、騎士になるか、魔法使いになるか、官僚になるか。人生のすべてが決まる仕組みだ。
便利だよな。本人の意思なんて、最初から計算に入ってない。
俺——アルト=ヴァルディス。15歳。ヴァルディス侯爵家の長男。
肩書きだけなら勝ち組だ。周囲の期待値は高かった。
大聖堂の水晶板に手を置くまでは、俺だって「まあ、うちの血筋なら火か光でAくらい出るだろ」とか思ってた。
思ってたの。人間、希望があると前向きになれるじゃないですか。
で、結果がこれだ。
全ステータス「F」
聖堂内が、文字通り「しーん」となった。
隣の貴族の咳払いだけが、やけに大きく響く。誰も笑わない。
笑うと自分に飛び火しそうだからだ。
王都の社交界は、いつだって保身が上手い。
「固有スキル」
祭司の声に、空気が変わった。
——固有スキル。
生まれつき持っていなければ絶対に使えない、特別な能力。
かつての勇者も、聖女も、魔王ですら、歴史に名を残した者は必ず固有スキルを持っていた。
つまり、これ次第ではまだ逆転がある。
六属性がゴミでも、固有スキルが強ければ——
水晶板に、短い文字が浮かんだ。
固有スキル:【分身】
「……分身?」
俺は首を傾げた。祭司も首を傾げた。周囲の貴族も首を傾げた。
全員が同じ反応をしているのが、逆にシュールだった。
「あの、これ、何ですか」
「……存じ上げません」
祭司の顔が「業務範囲外です」と言っている。
つまり、誰も知らない。前例がない…説明できない。
この世界では、「説明できない」は「危険」とほぼ同義だ。
禁忌。王国と教会と魔法連盟が「制御不能」と判断したものは、存在ごと消される。本人だけじゃない。家族も、使用人も、ついでに近所も燃える。
俺の固有スキルは、その「禁忌」一歩手前ということだ。
…まぁ端的に言えば「ハズレスキル」なのである。
おい神様、もうちょっと手心ってもんがあるだろ。
帰りの馬車で、父は一言も喋らなかった。
母は何か言おうとして、喉で引っかかる。
屋敷に戻ると、俺の後ろには次男の弟がいた。鑑定は来年のはずなのに、なぜか今日この場にいる。
弟は俺の鑑定書を一目見て、口角を上げた。
「兄上、六属性すべてFって……逆にすごいですね。才能では?」
母が「やめなさい」と叱るが、弟の目はすでに「家督」の二文字を見ている。
貴族の家庭教育は、こういう方向にだけ優秀だ。
父が椅子に座る前に、結論を言った。
「アルト。お前は家督を継げない」
知ってた。六属性Fの当主とか、家紋が泣く。
「それと——」
父の眼光がさらに険しくなる。
「固有スキルの件がある。お前がこの屋敷にいるだけで、家が燃えるかもしれんのだ」
なるほど。俺の存在自体がリスクということか。
「死んでもらうのが一番早い」
父がさらっと言った。母が息を呑む。
使用人が無言で紅茶に砂糖を追加した。殺人会議に砂糖を足すな。
「ただし、条件がある」
父は地図を広げ、端っこの灰色のシミみたいな場所を指で叩いた。
「灰枝領。名ばかりの領地だ。税収ゼロ、領民も今は存在しているのかすら知らん。当然、魔物も出るだろう。……ここをお前にやる」
「くれるの?」
「正確には隔離だな。履き違えるな」
つまりこうだ。
——殺すのは後味が悪い。だから「死ぬまで引きこもって二度と出てくるな」プラン。
その条件でどう生きろと?
一瞬そう思ったが、交渉できる立場じゃない。
死ぬか、消えるか。
二択なら、消える方を選ぶ。
「……分かった。二度と戻らない」
父は頷いた。安心した顔だった。
息子を追い出して安心する父。これが貴族の美学らしい。
出発は即日。荷物は鞄1つ。見送りは最小限。
門が閉まる音が、嫌に綺麗に響く。
——こうして、無事追放完了。
俺の人生の第一部が幕を閉じたわけだ。
——————————————————————
馬車に揺られて5日。
道は石畳から土に変わり、そして荒地に変わる、最後は「これ道なのか?」ってレベルになった。
そして到着した灰枝領は——
想像以上にボロかった。
崩れた石壁。枯れ尽くした井戸の跡。
無論、人影ゼロ。鳥の声すらケチっている。
護衛の傭兵が、俺の荷物を馬車から放り投げた。
「ここだ、底辺領主さん。砦の跡があるだろ、今日からあれがお前の"城"だ。じゃあな」
「え、ここから先は?」
「先? 先は魔物と風と絶望だ。俺らの契約はここまで。達者でな。……いや、死んでも別にかまわんのか」
馬車は土埃だけを残して去っていった。
俺は1人になった。静かすぎて、自分の心臓の音がうるさい。
———現状整理。
六属性F。住民ゼロ。税収ゼロ。食料なし。
……あれ、これ結構詰んでないか?
風が冷たい。腹が鳴る。
ここで取れる選択肢は2つ。
1:泣く。
2:足掻く。
俺は鑑定書の写しを取り出し、「固有スキル:分身」の文字を睨んだ。
誰も知らないスキル。説明書もない。使い方も分からない。
でもまぁ、これしかないか…
「……分身」
ボンッ。
煙の中から、何か現れた。
俺とまったく同じ顔。まったく同じ服。
そして、まったく同じ、情けない面をしていやがる。
「おい」
「おい」
「いや、返事すんなよ俺」
「返事すんなよ俺」
……これは俺だ。完全に俺。
「もう1回」
ボンッ。ボンッ。ボンッ。
5人になった。
そしてその瞬間——頭の中が、妙に軽くなった。
普段なら「優先順位」「危険度」「効率」とかいう言葉が脳内で整理されるはずなのだが、今は「なんかいける気がする!」が先に来る。
「よし、作業だ! お前は水を探せ! お前は薪! お前は食料! お前は見張り! 俺は拠点を探す!」
「了解!」
「おう!」
「わかった!」
「任せろ!」
散った。
……はずだった。
5分後。
「水見つけた!」
「俺も見つけた!」
「俺も!」
「俺も!」
「全員同じ水たまりに集合してんじゃねえ!」
分身が増えると、全員の思考がほぼ同じレベルで分散しているのか?
同じことを思いつき、同じ場所に向かい、同じような報告をする。
便利なようで、めちゃくちゃ不便だ。
……これ、増やすとアホになる仕様じゃないだろな…?
兎にも角にも、腹は減った。
「食料探しだ。何か狩れるもの探せ」
「了解!」
「了解!」
「りょーかい!」
「任せろ!」
今度は無事バラけたようだ。
学習してるのか、たまたまか。
そして10分後。
「見つけた!」
分身の1人が、茂みの向こうを指差している。
覗いてみると、角の生えたうさぎがいた。
普通のうさぎより1回り大きい。初めて見たけど多分魔物だ。
「囲め!」
「「「「おう!」」」」
分身が四方から飛びかかる。
ボフッ。
「捕まえた!」
「俺が捕まえた!」
「いや俺な?」
「俺だろ!」
「全員で捕まえたんだよ! ……ていうか、早く締めるぞ!」
分身が押さえつけている間にナイフで仕留めた。
押さえ役と締め役。
なるほど、分身がいるとこういう役割分担もできるのか。
さて、問題は火だ。
「火、つけろ!」
「「「「無理!」」」」
全員一致で無理。当たり前だ。俺は火属性の適正もF。
魔法で火なんか出せるわけがない。
「物理でやるしかないな」
その辺の枯れ木と石を集めて、擦り合わせる。
「こうか?」
「違う、もっと速く!」
「いや、角度が悪い!」
「お前がやれよ!」
「お前がやれ!」
全員で同じ石やら棒やらを奪い合う。
見苦しいこと、この上ない。
30分後。
「……つ、ついた……」
奇跡的に火種ができた。5人がかりで息を吹きかけ、なんとか焚き火になった。
六属性Fでも、ゴリ押せば火はつく。覚えたぞ。
さっきの角うさぎを串に刺して焼く。
シンプルな調理だが、空腹と苦労の後には最高のご馳走だった。
「うめぇ……」
肉汁が口の中に広がる。多少獣臭さは残るが美味い。
分身も一緒に食べている。……分身って飯食えるんだな。消化はどうなるんだろう…
俺は考えるのをやめた。
「よし、次は拠点だ。あの砦を——」
そのとき、背後で「ゴン」と鈍い音が地面で響く。
振り向くと、崩れた壁の影から——石の腕が、ぬっと出てきた。
次に胴体。
次に顔?らしき物体。
——ゴーレムだ。
「「「「「う゛わぁぁぁ!」」」」」
叫び声揃えるのやめろ。怖さが増す。
ゴーレムが腕を振り下ろす。地面がミシッと鳴る。
俺たちは本能的に「当たったら終わり」と理解して、死に物狂いで駆け回った。
その結果、互いにぶつかり、ぶつかった勢いでゴーレムの足元に転がり込む。
「結果オーライ!」
「これぞ神技!」
「狙い通りだ…!」
「さすが俺!」
「…うるせぇ!」
分身の1人が上着を脱いでゴーレムの顔に被せた。
目隠し——いや、こいつ目あるのか? でも動きが一瞬止まった。
2人が縄を巻いて引っ張る。俺は足元に転がっていた木の楔を拾い、関節部分に叩き込んだ。
分身の1人が後ろから「ナイス俺!」と叫ぶ。
次に、服を捻った簡易的な縄でゴーレムの動きを封じる。
「お前らもっと引っ張れェ!!」
「引っ張ってる!」
「限界!」
「もっとだ!」
「無理って言ってんだろ!!」
縄が軋む。腕が痺れる。でも、止めたら…死ぬ。
ギシッ——ゴーレムの膝が、嫌な音を立てた。
傾いた。
「——今だッ!!」
全員で縄を力の限り引く。
ゴーレムの巨体が、ゆっくりと、前のめりに——
ズドォォン!!
地面が揺れた。土煙が舞い上がる。
「……勝った?」
「勝った」
「勝ったぁ!」
「マジで!?」
「おおおお!!」
勝因は分からない。
数で絡みついて、関節を壊したから動けなくなった——のか?
正直、何が起きたのかよく分かってない。思いの外、分身中は頭が回っていない。
俺は分身を解除した。
ボンッ、ボンッ、ボンッ、ボンッ。
4人が煙になって消え——
「——ッ!」
頭の中に、大量の記憶が流れ込んできた。
分身Aが見たもの。分身Bが感じたこと。分身Cがやったこと。分身Dが考えたこと。
全部が一気に、脳に突き刺さる。
「うっ……」
視界がぐにゃりと歪む。胃がひっくり返る。
立っていられない。
膝をついた。
これ、副作用か?情報が戻りすぎて、頭がパンクしてる。
ふらつきながら、俺はゴーレムの胸を見た。
淡く光る小さな石。核だ。
手を伸ばして、掴む。温かい。
微かではあるが鼓動みたいに脈打っている。
これは——たぶん、次に繋がる何かだ。
「……最悪のスタートだけど」
俺は息を整えながら、崩れた砦を見上げた。
「やれることは、ある」
分身。増やすとアホになる。解除すると情報酔いする。
でも、数がいれば——なんとかなる、かもしれない。
その夜。
焚き火の前で、俺はゴーレムの核を眺めていた。
これを使えば、何かできるかもしれない。まだ分からないけど。
明日からやることは決まっている。
水の確保。食料の確保。拠点の整備。
全部、分身でやる。アホになっても、数でなんとかなるだろう。
「……まあ、やるしかないか」
そう呟いた瞬間——
月が、翳った。
雲じゃない。
何かが、月を遮っている。
巨大な、翼の影…か?
風を切る音。
遠くから響く、咆哮。
俺は焚き火の前で固まった。
影が旋回し、砦の上空を通過する。
まるで、「見つけた」と言わんばかりに。
——ドラゴン。
「……マジかよ」
領主(笑)就任初日。
歓迎の花束はなく…
代わりに空から死が来た。
咆哮がもう1度、夜空を裂く。
5人でも限界だった。
ゴーレム相手でギリギリ…
ドラゴン相手に、何ができる?
俺は核を握りしめたまま、唾を飲み込んだ。
「……増やすしかない、か」
でも増やしたらアホになる。
アホになったら作戦が立てられない。
作戦がなければ、当然死ぬ。
詰んでる。完全に詰んでる。
——でも。
このままで終わる気は、ない。
「次は……もっと上手くやる」
遠くでドラゴンの影が山際を漂う。
——俺の辺境領主生活は、開始1日目にして早くも存亡の危機だった。
六連続F。クソ雑魚役満。人生終了のお知らせである。
この国では、十五歳になると「六属性鑑定」を受ける。
火、水、雷、風、土、光——どの属性に適性があるかで、騎士になるか、魔法使いになるか、官僚になるか。人生のすべてが決まる仕組みだ。
便利だよな。本人の意思なんて、最初から計算に入ってない。
俺——アルト=ヴァルディス。15歳。ヴァルディス侯爵家の長男。
肩書きだけなら勝ち組だ。周囲の期待値は高かった。
大聖堂の水晶板に手を置くまでは、俺だって「まあ、うちの血筋なら火か光でAくらい出るだろ」とか思ってた。
思ってたの。人間、希望があると前向きになれるじゃないですか。
で、結果がこれだ。
全ステータス「F」
聖堂内が、文字通り「しーん」となった。
隣の貴族の咳払いだけが、やけに大きく響く。誰も笑わない。
笑うと自分に飛び火しそうだからだ。
王都の社交界は、いつだって保身が上手い。
「固有スキル」
祭司の声に、空気が変わった。
——固有スキル。
生まれつき持っていなければ絶対に使えない、特別な能力。
かつての勇者も、聖女も、魔王ですら、歴史に名を残した者は必ず固有スキルを持っていた。
つまり、これ次第ではまだ逆転がある。
六属性がゴミでも、固有スキルが強ければ——
水晶板に、短い文字が浮かんだ。
固有スキル:【分身】
「……分身?」
俺は首を傾げた。祭司も首を傾げた。周囲の貴族も首を傾げた。
全員が同じ反応をしているのが、逆にシュールだった。
「あの、これ、何ですか」
「……存じ上げません」
祭司の顔が「業務範囲外です」と言っている。
つまり、誰も知らない。前例がない…説明できない。
この世界では、「説明できない」は「危険」とほぼ同義だ。
禁忌。王国と教会と魔法連盟が「制御不能」と判断したものは、存在ごと消される。本人だけじゃない。家族も、使用人も、ついでに近所も燃える。
俺の固有スキルは、その「禁忌」一歩手前ということだ。
…まぁ端的に言えば「ハズレスキル」なのである。
おい神様、もうちょっと手心ってもんがあるだろ。
帰りの馬車で、父は一言も喋らなかった。
母は何か言おうとして、喉で引っかかる。
屋敷に戻ると、俺の後ろには次男の弟がいた。鑑定は来年のはずなのに、なぜか今日この場にいる。
弟は俺の鑑定書を一目見て、口角を上げた。
「兄上、六属性すべてFって……逆にすごいですね。才能では?」
母が「やめなさい」と叱るが、弟の目はすでに「家督」の二文字を見ている。
貴族の家庭教育は、こういう方向にだけ優秀だ。
父が椅子に座る前に、結論を言った。
「アルト。お前は家督を継げない」
知ってた。六属性Fの当主とか、家紋が泣く。
「それと——」
父の眼光がさらに険しくなる。
「固有スキルの件がある。お前がこの屋敷にいるだけで、家が燃えるかもしれんのだ」
なるほど。俺の存在自体がリスクということか。
「死んでもらうのが一番早い」
父がさらっと言った。母が息を呑む。
使用人が無言で紅茶に砂糖を追加した。殺人会議に砂糖を足すな。
「ただし、条件がある」
父は地図を広げ、端っこの灰色のシミみたいな場所を指で叩いた。
「灰枝領。名ばかりの領地だ。税収ゼロ、領民も今は存在しているのかすら知らん。当然、魔物も出るだろう。……ここをお前にやる」
「くれるの?」
「正確には隔離だな。履き違えるな」
つまりこうだ。
——殺すのは後味が悪い。だから「死ぬまで引きこもって二度と出てくるな」プラン。
その条件でどう生きろと?
一瞬そう思ったが、交渉できる立場じゃない。
死ぬか、消えるか。
二択なら、消える方を選ぶ。
「……分かった。二度と戻らない」
父は頷いた。安心した顔だった。
息子を追い出して安心する父。これが貴族の美学らしい。
出発は即日。荷物は鞄1つ。見送りは最小限。
門が閉まる音が、嫌に綺麗に響く。
——こうして、無事追放完了。
俺の人生の第一部が幕を閉じたわけだ。
——————————————————————
馬車に揺られて5日。
道は石畳から土に変わり、そして荒地に変わる、最後は「これ道なのか?」ってレベルになった。
そして到着した灰枝領は——
想像以上にボロかった。
崩れた石壁。枯れ尽くした井戸の跡。
無論、人影ゼロ。鳥の声すらケチっている。
護衛の傭兵が、俺の荷物を馬車から放り投げた。
「ここだ、底辺領主さん。砦の跡があるだろ、今日からあれがお前の"城"だ。じゃあな」
「え、ここから先は?」
「先? 先は魔物と風と絶望だ。俺らの契約はここまで。達者でな。……いや、死んでも別にかまわんのか」
馬車は土埃だけを残して去っていった。
俺は1人になった。静かすぎて、自分の心臓の音がうるさい。
———現状整理。
六属性F。住民ゼロ。税収ゼロ。食料なし。
……あれ、これ結構詰んでないか?
風が冷たい。腹が鳴る。
ここで取れる選択肢は2つ。
1:泣く。
2:足掻く。
俺は鑑定書の写しを取り出し、「固有スキル:分身」の文字を睨んだ。
誰も知らないスキル。説明書もない。使い方も分からない。
でもまぁ、これしかないか…
「……分身」
ボンッ。
煙の中から、何か現れた。
俺とまったく同じ顔。まったく同じ服。
そして、まったく同じ、情けない面をしていやがる。
「おい」
「おい」
「いや、返事すんなよ俺」
「返事すんなよ俺」
……これは俺だ。完全に俺。
「もう1回」
ボンッ。ボンッ。ボンッ。
5人になった。
そしてその瞬間——頭の中が、妙に軽くなった。
普段なら「優先順位」「危険度」「効率」とかいう言葉が脳内で整理されるはずなのだが、今は「なんかいける気がする!」が先に来る。
「よし、作業だ! お前は水を探せ! お前は薪! お前は食料! お前は見張り! 俺は拠点を探す!」
「了解!」
「おう!」
「わかった!」
「任せろ!」
散った。
……はずだった。
5分後。
「水見つけた!」
「俺も見つけた!」
「俺も!」
「俺も!」
「全員同じ水たまりに集合してんじゃねえ!」
分身が増えると、全員の思考がほぼ同じレベルで分散しているのか?
同じことを思いつき、同じ場所に向かい、同じような報告をする。
便利なようで、めちゃくちゃ不便だ。
……これ、増やすとアホになる仕様じゃないだろな…?
兎にも角にも、腹は減った。
「食料探しだ。何か狩れるもの探せ」
「了解!」
「了解!」
「りょーかい!」
「任せろ!」
今度は無事バラけたようだ。
学習してるのか、たまたまか。
そして10分後。
「見つけた!」
分身の1人が、茂みの向こうを指差している。
覗いてみると、角の生えたうさぎがいた。
普通のうさぎより1回り大きい。初めて見たけど多分魔物だ。
「囲め!」
「「「「おう!」」」」
分身が四方から飛びかかる。
ボフッ。
「捕まえた!」
「俺が捕まえた!」
「いや俺な?」
「俺だろ!」
「全員で捕まえたんだよ! ……ていうか、早く締めるぞ!」
分身が押さえつけている間にナイフで仕留めた。
押さえ役と締め役。
なるほど、分身がいるとこういう役割分担もできるのか。
さて、問題は火だ。
「火、つけろ!」
「「「「無理!」」」」
全員一致で無理。当たり前だ。俺は火属性の適正もF。
魔法で火なんか出せるわけがない。
「物理でやるしかないな」
その辺の枯れ木と石を集めて、擦り合わせる。
「こうか?」
「違う、もっと速く!」
「いや、角度が悪い!」
「お前がやれよ!」
「お前がやれ!」
全員で同じ石やら棒やらを奪い合う。
見苦しいこと、この上ない。
30分後。
「……つ、ついた……」
奇跡的に火種ができた。5人がかりで息を吹きかけ、なんとか焚き火になった。
六属性Fでも、ゴリ押せば火はつく。覚えたぞ。
さっきの角うさぎを串に刺して焼く。
シンプルな調理だが、空腹と苦労の後には最高のご馳走だった。
「うめぇ……」
肉汁が口の中に広がる。多少獣臭さは残るが美味い。
分身も一緒に食べている。……分身って飯食えるんだな。消化はどうなるんだろう…
俺は考えるのをやめた。
「よし、次は拠点だ。あの砦を——」
そのとき、背後で「ゴン」と鈍い音が地面で響く。
振り向くと、崩れた壁の影から——石の腕が、ぬっと出てきた。
次に胴体。
次に顔?らしき物体。
——ゴーレムだ。
「「「「「う゛わぁぁぁ!」」」」」
叫び声揃えるのやめろ。怖さが増す。
ゴーレムが腕を振り下ろす。地面がミシッと鳴る。
俺たちは本能的に「当たったら終わり」と理解して、死に物狂いで駆け回った。
その結果、互いにぶつかり、ぶつかった勢いでゴーレムの足元に転がり込む。
「結果オーライ!」
「これぞ神技!」
「狙い通りだ…!」
「さすが俺!」
「…うるせぇ!」
分身の1人が上着を脱いでゴーレムの顔に被せた。
目隠し——いや、こいつ目あるのか? でも動きが一瞬止まった。
2人が縄を巻いて引っ張る。俺は足元に転がっていた木の楔を拾い、関節部分に叩き込んだ。
分身の1人が後ろから「ナイス俺!」と叫ぶ。
次に、服を捻った簡易的な縄でゴーレムの動きを封じる。
「お前らもっと引っ張れェ!!」
「引っ張ってる!」
「限界!」
「もっとだ!」
「無理って言ってんだろ!!」
縄が軋む。腕が痺れる。でも、止めたら…死ぬ。
ギシッ——ゴーレムの膝が、嫌な音を立てた。
傾いた。
「——今だッ!!」
全員で縄を力の限り引く。
ゴーレムの巨体が、ゆっくりと、前のめりに——
ズドォォン!!
地面が揺れた。土煙が舞い上がる。
「……勝った?」
「勝った」
「勝ったぁ!」
「マジで!?」
「おおおお!!」
勝因は分からない。
数で絡みついて、関節を壊したから動けなくなった——のか?
正直、何が起きたのかよく分かってない。思いの外、分身中は頭が回っていない。
俺は分身を解除した。
ボンッ、ボンッ、ボンッ、ボンッ。
4人が煙になって消え——
「——ッ!」
頭の中に、大量の記憶が流れ込んできた。
分身Aが見たもの。分身Bが感じたこと。分身Cがやったこと。分身Dが考えたこと。
全部が一気に、脳に突き刺さる。
「うっ……」
視界がぐにゃりと歪む。胃がひっくり返る。
立っていられない。
膝をついた。
これ、副作用か?情報が戻りすぎて、頭がパンクしてる。
ふらつきながら、俺はゴーレムの胸を見た。
淡く光る小さな石。核だ。
手を伸ばして、掴む。温かい。
微かではあるが鼓動みたいに脈打っている。
これは——たぶん、次に繋がる何かだ。
「……最悪のスタートだけど」
俺は息を整えながら、崩れた砦を見上げた。
「やれることは、ある」
分身。増やすとアホになる。解除すると情報酔いする。
でも、数がいれば——なんとかなる、かもしれない。
その夜。
焚き火の前で、俺はゴーレムの核を眺めていた。
これを使えば、何かできるかもしれない。まだ分からないけど。
明日からやることは決まっている。
水の確保。食料の確保。拠点の整備。
全部、分身でやる。アホになっても、数でなんとかなるだろう。
「……まあ、やるしかないか」
そう呟いた瞬間——
月が、翳った。
雲じゃない。
何かが、月を遮っている。
巨大な、翼の影…か?
風を切る音。
遠くから響く、咆哮。
俺は焚き火の前で固まった。
影が旋回し、砦の上空を通過する。
まるで、「見つけた」と言わんばかりに。
——ドラゴン。
「……マジかよ」
領主(笑)就任初日。
歓迎の花束はなく…
代わりに空から死が来た。
咆哮がもう1度、夜空を裂く。
5人でも限界だった。
ゴーレム相手でギリギリ…
ドラゴン相手に、何ができる?
俺は核を握りしめたまま、唾を飲み込んだ。
「……増やすしかない、か」
でも増やしたらアホになる。
アホになったら作戦が立てられない。
作戦がなければ、当然死ぬ。
詰んでる。完全に詰んでる。
——でも。
このままで終わる気は、ない。
「次は……もっと上手くやる」
遠くでドラゴンの影が山際を漂う。
——俺の辺境領主生活は、開始1日目にして早くも存亡の危機だった。
51
あなたにおすすめの小説
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~
Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。
三男。継承権は遠い。期待もされない。
——最高じゃないか。
「今度こそ、のんびり生きよう」
兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。
静かに暮らすつもりだった。
だが、彼には「構造把握」という能力があった。
物事の問題点が、図解のように見える力。
井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。
作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。
気づけば——領地が勝手に発展していた。
「俺ののんびりライフ、どこ行った……」
これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。
かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。
ついでに魔法を極めて自立しちゃいます!
師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。
痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。
波乱万丈な転生ライフです。
エブリスタにも掲載しています。
聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
{完結保証}規格外の最強皇子、自由に生きて無双する〜どこへ行っても、後世まで語られる偉業を残していく、常識外れの皇子〜
Saioonji
ファンタジー
母に殴られ、命を奪われた――そのはずだった。
だが目を覚ました先は、白く豪奢な王城の一室。
赤子の身体、仕えるメイド、そして“皇子”という立場。
前世では愛されず、名前すら価値を持たなかった少年が、
今度は世界の中心に生まれ落ちてしまった。
記憶を失ったふりをしながら、
静かに、冷静に、この世界を観察する皇子。
しかし彼の中には、すでに常識外れの思考と力が芽生えていた。
――これは復讐でも、救済でもない。
自由を求めただけの少年が、
やがて国を、歴史を、価値観そのものを揺るがしていく物語。
最強であることすら、彼にとってはただの前提条件だった。
重複投稿作品です
小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
アトハ
ファンタジー
【短いあらすじ】
普通を勘違いした魔界育ちの少女が、王都に旅立ちうっかり無双してしまう話(前世は病院少女なので、本人は「超健康な身体すごい!!」と無邪気に喜んでます)
【まじめなあらすじ】
主人公のフィアナは、前世では一生を病院で過ごした病弱少女であったが……、
「健康な身体って凄い! 神さま、ありがとう!(ドラゴンをワンパンしながら)」
転生して、超健康な身体(最強!)を手に入れてしまう。
魔界で育ったフィアナには、この世界の普通が分からない。
友達を作るため、王都の学園へと旅立つことになるのだが……、
「なるほど! 王都では、ドラゴンを狩るには許可が必要なんですね!」
「「「違う、そうじゃない!!」」」
これは魔界で育った超健康な少女が、うっかり無双してしまうお話である。
※他サイトにも投稿中
※旧タイトル
病弱少女、転生して健康な肉体(最強)を手に入れる~友達が欲しくて魔境を旅立ちましたが、どうやら私の魔法は少しおかしいようです~
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる