何処かに居そうな人の話

葛藤

　この葛藤を、誰がわかってくれようか。

　男は、駅に向かって歩いていた。
　ふと、地面に落ちているモノがある事に気付く。

　それを見た男は、顔をしかめた。
　男は、落ちているモノを通り過ぎた。

　この葛藤を、誰がわかってくれようか。
　
　通り過ぎてから三メートルほど進んだところで足を止める。
　そして振り返る。
　落ちているモノをじーっと見つめ、一歩だけ引き返す。
　引き返す、二歩目の足を男は止めた。

　男は目を瞑り、いやいやと頭を振るう。
　落ちているモノから目を背け、歩みを再開する。

　この葛藤を、誰がわかってくれようか。

　数歩でまた、足が止まる。そして振り返る。
　落ちているモノは健在だ。

「……ああ、くそっ」
　男は悪態をつくと、ズカズカと乱暴な足取りで落ちているモノの所まで引き返してきた。
　
　落ちているモノ。空になったスナック菓子の袋を指先でつまんだ。

　男は、駅のゴミ箱にスナック菓子の袋を捨てた。

「くそ……ちくしょう……」

　男は呟く。

「……積み重ね……こういうのの、積み重ねなんだ……」

　男は、改札口の中へと姿を消した。