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猫
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「吾輩は猫になる」
部屋の真ん中。照明の下で、人間が言った。
それと同時だった。
外から、微かに猫の鳴き声が聞こえる。
人間は一旦台から降りると、部屋を出た。
階段を下り、玄関までくる。
一階に降りただけでも、猫の鳴き声は随分大きく聞こえる。
ドアを開けて、外に出る。日差しが眩しい。思わず顔をしかめてしまう。
そんな人間は、猫の鳴き声のする方へ向かう。
家を囲う柵の向こうに、子猫がいた。黒い猫だ。
必死に鳴いている。なにか助けを求めているような鳴き方だ。
「どうしたの?」
人間は柵越しに、猫に尋ねた。
子猫は「にゃー!」と鳴いた。
人間は柵から少し、身を乗り出す。「ああ」と納得した。
子猫のいる方の、柵の向こうは、ニメートル程の高さがある段々になっている。
その段々の下にもう一匹子猫がいた。白い猫だ。
きっと誤って落っこちてしまったのだろう。
「君達、離れ離れになっちゃったんだね」
子猫達は、上から下から見つめ合い鳴き合っていた。
上にいる黒い子猫は、白い子猫に「にゃーにゃー」鳴くと、人間の方へ振り返り「にゃーにゃー」鳴く。
どうやら、「なんとかしろ」ということなのであろう。
「下の子を君の所へ上げてあげればいいの?」
人間が問いかけ、黒い子猫が「にゃーにゃー」鳴く。
人間は、家の門を出て、緩やかな下り坂を下る。
回り込むと、白い子猫がいるところにやってきた。
さて、ここからどうしたものか。白い子猫を抱っこして、段々の上へ上げるのがいいだろうか?
人間は、必死に登ろうと、壁に爪を立てている白い子猫に近づいた。
白い子猫は逃げた。
「……まぁ、そうだよな」
落胆する人間の頭上から、黒い子猫が見下ろしている。
そして「にゃーにゃー」と鳴く。
「いや、ごめんね。君の所へ届けたいのだけれど、逃げちゃうんだよ」
黒い子猫が「にゃーにゃー」鳴く。
そうすると、逃げた白い子猫も鳴きながら、黒い子猫の真下まで戻って来る。
人間が捕まえようと動くと、少し逃げて離れる。そして、戻って来ては猫同士で鳴き合う。
人間はため息をついた。
「時間がかかるけど、しょうがないか」
人間は、壁に寄りかかり座り込んだ。
「私は、植物です」
人間はそう呟き、動かなくなった。
白い子猫が、戻ってきた。
そして、座り込む人間の膝に恐る恐る乗っかってきた。
白い子猫は人間の顔を覗き込み、「にゃーにゃー」と鳴く。
少しだけ高さを得た白い子猫は、壁を上ろうとした。
しかし、人間の膝を台にした程度の高さでは登れるはずもない。
人間は、己の膝の上で奮闘している白い子猫を抱きかかえて、上へ乗せようとした。
白い子猫の胴を抱えた瞬間、するりと逃げられてしまった。
「……ままならないな」
人間は呟く。
その直後、頭上から黒い子猫から文句が飛ばされる。
「なんとかしてよ人間!」
「……えっ」
人間は思わず、黒い子猫を見た。
そして、語り掛けてみる。
「あの子……逃げちゃうの。どうしたらいいかな?」
黒い子猫は頭上から答える。
「わかんないけどなんとかしてよ!人間、なんか大きいのだから!なんとかして!」
人間は、不思議な気持ちになった。
「わかった。なんとかする」
人間は、黒い子猫にそう言うと、再び壁にもたれ掛かり、座り込んで動きを止める。
先ほどの、植物に擬態する作戦は失敗だ。植物も、生き物だ。
警戒心を消してもらうには、これだ。
「私は、電柱です」
呟いて間もなく、白い子猫が戻って来る。
人間の膝に飛び乗り、顔を覗き込んでくる。そして鳴く。
「なんとかしてよー。なんとかしてよー」
人間は思った。
(なんとかしてほしいなら逃げるんじゃねぇ……)
膝の上で鳴いていた白い子猫が、人間の体をよじ登り始めた。
胸に爪が突き立てられ、痛い。
しかし今、人間は電柱に擬態している。痛みは我慢した。
白い子猫が、肩まで登った。
それでも黒い子猫の元へ上がれるほどの高さはない。
人間は心の中で呟いた。
(私は、少し動く電柱です)
人間は、肩に白い子猫を乗せたまま、ゆっくり、ゆっくり立ち上がる。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
何度目かのゆっくりで、肩がふっと軽くなった。
ふり返ってみると、黒い子猫と白い子猫が、一緒にいた。
人間と子猫達が見つめ合う。
子猫達が、鳴いた。
「にゃーにゃー」
人間は何も言わずに、痛む腕や胸を擦りながら、家に戻った。
部屋に戻った人間は、考えた。
この人間は、人間付き合いが極端に下手だった。
同じ言葉を使っているはずなのに、伝わらない、伝えられない感覚に陥る。
人間という生き物自体、好きではなかった。
だから願ったのだ。「吾輩は猫になる」と。
おぞましいことに気付いた。
人間は、猫の事が好きだった。
もし、この人間が人間を嫌いになってしまった事の様に、
猫になった時、猫の事を嫌いになってしまう可能性もあるのかと。
冗談じゃない。
猫を愛する感性が失われる。
猫を嫌いになる可能性を得る。
やめだ。猫になるなんて。
ろくに人間と話せなかった人間が、猫と話す事が出来た。
猫になってしまえば、猫とも話せなくなってしまうかもしれない。
やめだ。猫になるなんて。
人間と仲良くなれなくても、猫を好きでいられる事が出来るだけで充分だ。
人間として、生きていこう。
「あの子達……仲良さそうだったな……猫同士なのに」
人間は呟いた。
「あるんだ。そんなこと」
部屋の真ん中。照明の下で、人間が言った。
それと同時だった。
外から、微かに猫の鳴き声が聞こえる。
人間は一旦台から降りると、部屋を出た。
階段を下り、玄関までくる。
一階に降りただけでも、猫の鳴き声は随分大きく聞こえる。
ドアを開けて、外に出る。日差しが眩しい。思わず顔をしかめてしまう。
そんな人間は、猫の鳴き声のする方へ向かう。
家を囲う柵の向こうに、子猫がいた。黒い猫だ。
必死に鳴いている。なにか助けを求めているような鳴き方だ。
「どうしたの?」
人間は柵越しに、猫に尋ねた。
子猫は「にゃー!」と鳴いた。
人間は柵から少し、身を乗り出す。「ああ」と納得した。
子猫のいる方の、柵の向こうは、ニメートル程の高さがある段々になっている。
その段々の下にもう一匹子猫がいた。白い猫だ。
きっと誤って落っこちてしまったのだろう。
「君達、離れ離れになっちゃったんだね」
子猫達は、上から下から見つめ合い鳴き合っていた。
上にいる黒い子猫は、白い子猫に「にゃーにゃー」鳴くと、人間の方へ振り返り「にゃーにゃー」鳴く。
どうやら、「なんとかしろ」ということなのであろう。
「下の子を君の所へ上げてあげればいいの?」
人間が問いかけ、黒い子猫が「にゃーにゃー」鳴く。
人間は、家の門を出て、緩やかな下り坂を下る。
回り込むと、白い子猫がいるところにやってきた。
さて、ここからどうしたものか。白い子猫を抱っこして、段々の上へ上げるのがいいだろうか?
人間は、必死に登ろうと、壁に爪を立てている白い子猫に近づいた。
白い子猫は逃げた。
「……まぁ、そうだよな」
落胆する人間の頭上から、黒い子猫が見下ろしている。
そして「にゃーにゃー」と鳴く。
「いや、ごめんね。君の所へ届けたいのだけれど、逃げちゃうんだよ」
黒い子猫が「にゃーにゃー」鳴く。
そうすると、逃げた白い子猫も鳴きながら、黒い子猫の真下まで戻って来る。
人間が捕まえようと動くと、少し逃げて離れる。そして、戻って来ては猫同士で鳴き合う。
人間はため息をついた。
「時間がかかるけど、しょうがないか」
人間は、壁に寄りかかり座り込んだ。
「私は、植物です」
人間はそう呟き、動かなくなった。
白い子猫が、戻ってきた。
そして、座り込む人間の膝に恐る恐る乗っかってきた。
白い子猫は人間の顔を覗き込み、「にゃーにゃー」と鳴く。
少しだけ高さを得た白い子猫は、壁を上ろうとした。
しかし、人間の膝を台にした程度の高さでは登れるはずもない。
人間は、己の膝の上で奮闘している白い子猫を抱きかかえて、上へ乗せようとした。
白い子猫の胴を抱えた瞬間、するりと逃げられてしまった。
「……ままならないな」
人間は呟く。
その直後、頭上から黒い子猫から文句が飛ばされる。
「なんとかしてよ人間!」
「……えっ」
人間は思わず、黒い子猫を見た。
そして、語り掛けてみる。
「あの子……逃げちゃうの。どうしたらいいかな?」
黒い子猫は頭上から答える。
「わかんないけどなんとかしてよ!人間、なんか大きいのだから!なんとかして!」
人間は、不思議な気持ちになった。
「わかった。なんとかする」
人間は、黒い子猫にそう言うと、再び壁にもたれ掛かり、座り込んで動きを止める。
先ほどの、植物に擬態する作戦は失敗だ。植物も、生き物だ。
警戒心を消してもらうには、これだ。
「私は、電柱です」
呟いて間もなく、白い子猫が戻って来る。
人間の膝に飛び乗り、顔を覗き込んでくる。そして鳴く。
「なんとかしてよー。なんとかしてよー」
人間は思った。
(なんとかしてほしいなら逃げるんじゃねぇ……)
膝の上で鳴いていた白い子猫が、人間の体をよじ登り始めた。
胸に爪が突き立てられ、痛い。
しかし今、人間は電柱に擬態している。痛みは我慢した。
白い子猫が、肩まで登った。
それでも黒い子猫の元へ上がれるほどの高さはない。
人間は心の中で呟いた。
(私は、少し動く電柱です)
人間は、肩に白い子猫を乗せたまま、ゆっくり、ゆっくり立ち上がる。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。
何度目かのゆっくりで、肩がふっと軽くなった。
ふり返ってみると、黒い子猫と白い子猫が、一緒にいた。
人間と子猫達が見つめ合う。
子猫達が、鳴いた。
「にゃーにゃー」
人間は何も言わずに、痛む腕や胸を擦りながら、家に戻った。
部屋に戻った人間は、考えた。
この人間は、人間付き合いが極端に下手だった。
同じ言葉を使っているはずなのに、伝わらない、伝えられない感覚に陥る。
人間という生き物自体、好きではなかった。
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おぞましいことに気付いた。
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もし、この人間が人間を嫌いになってしまった事の様に、
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