ヒロインになれませんが。

橘しづき

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ブラックコーヒー

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 そう改めて決意しようやく席に戻る。とりあえず仕事を全て終えてしまおう、と意気込んだところで、遠目に蒼井さんの姿を捉えた。外回りを終えて戻ってきたところらしい。

 彼は相変わらず爽やかな雰囲気を身にまといつつ席に着き、そばにいる人と何やら話している。何か面白い話題でもあったのか、白い歯を出して笑った姿が見え、なんだか無性に切なくなった。

 そうだ、蒼井さんを今度こそ食事に誘ってみようかな。今日なら頑張ればそれなりに早く仕事が終わりそうだもん。

 そう決意し立ち上がろうとしたところで、

「吉瀬さーん」

 鈴村さんの声がした。

 何となく気になりちらりと横を見る。彼女は両手に缶コーヒーを持ち、どこか嬉しそうな顔で吉瀬さんに話しかける。

「お疲れ様ですっ! あの、よかったらどうですか? 仲良しの記念に!」

 彼女の姿をじっと見て、なんだかやっぱり私と似てないか? とつくづく思ってしまった。
 
 私も吉瀬さんたちにお菓子とか贈ったもんな……あの時、ボブが怖い顔して睨んでて、ああ人目がない所であげればよかったって後悔したんだっけ。

 彼女のやり方は私ととってもよく似てる。

 ゆっくりと吉瀬さんが振り返り、鈴村さんの両手を交互に見つめた。そしてゆっくり眉間に皺を寄せる。

「……気持ちはありがたいんだけど、これは俺じゃなく指導係とか、お世話になってる人にあげたら?」

「あーそれはまた後日やります。て、いうかですね……」

 彼女は一人声のボリュームを落とし、吉瀬さんの耳に口を寄せた。その距離感にぎょっとし、つい振り返って坂田さんの方を見てしまう。

 彼女も外回りから戻ってきたようだった。そして、このやり取りも気になっていたらしく、こちらを青ざめた顔で見ている。

 鈴村さんは声を潜めているが、隣の私にはなんとなくその声が聞こえてきてしまう。

「私、苦いの飲めないのに間違えてブラック買っちゃったんです~ブラックって苦手で……ドジしちゃいました。代わりに飲んでくれませんか?」

 いたずらっぽく笑いながらそう言った。私はもうどうしていいか分からずおろおろ戸惑う。

 吉瀬さんに近い! あと、彼はブラックしか飲みませんって顔して、コーヒーダメなんです! でもそれを私が言っちゃっていいのかな? クールな吉瀬さんの図を壊しかねないかも? もしかしたら本人は隠してるかも! ていうか坂田さんがいるからそんなに近づかないで!

 混乱の絶頂に陥った自分は焦った後、何を思ったか鈴村さんが持っているコーヒーをバッと奪った。吉瀬さんも鈴村さんも、きょとんとして私を見る。

 そして自分はと言えば、乾いた笑みを浮かべつつ、棒読みのセリフを口から出した。

「あ、私今めっちゃコーヒー飲みたい気分で~……す、すっごく濃いブラックが! これ譲ってもらえませんかねえ? あははは……」

 良い子は真似をしてはいけません。人が持っているものを勝手に奪って『くれ』というのは、恐喝と同じです。

 でも私はとっさに動いてしまった。吉瀬さんから離れてほしかったし、彼がコーヒーが飲めないのも分かってたから。

 すると、鈴村さんは明らかにむっとした顔になった。だがすぐに、その目にじわじわと涙が溜まるのが分かり、しまった! と心で叫んだ。

 彼女は俯き、どこかはっきりした声で途切れ途切れに言う。

「ひどい……私は……吉瀬、さんに渡そうと思ったのに。勝手に、取っていくなんて。私と吉瀬さんを、邪魔しようとしてるみたい……」

 ああ~!!! 違う、違うんですよ!!
 
 これじゃあ完全に私悪役ですよ、当て馬女どころか性格悪い女キャラですよ!

 泣いている新入りの美少女、コーヒーを奪った女、この構図で言い逃れは出来ない。

 周りの視線も集まってきている中どうしていいか分からず、一人立ち尽くしてしまう。とりあえず謝って、コーヒーを返せばいいのかな……? それで分かってくれるだろうか……

 呆然としていると、突然すっと手の中のコーヒーが無くなる。そして背後から、聞きなれた声がした。

「あのね。安西さんはそういうことする人じゃないから」

 ハッとして振り返ると、蒼井さんがコーヒーを持って困ったように微笑んでいた。

「あ、蒼井さん」

 彼は私を見て、ふっと小さく笑った。近くで目が合ったことと、優しい笑みについ胸が高鳴り、何も言葉が出なくなる。
 
 鈴村さんは頬を膨らませ、蒼井さんに訴えた。

「とーまくん! 私は単に吉瀬さんに差し入れしようとしただけなのに、勝手に奪われちゃったんだよ? 多分、私がしたことが気に入らなかったんだよね……」

 未だ涙声で、彼女は悲しそうにそう言う。状況だけ見れば確かにそう思われても仕方ないのかもしれない、と反省する。だが蒼井さんは飄々として言う。

「まず、その呼び方はやめろって」

「……つい癖が出ちゃうんだもん」

「それに、何でわざわざ吉瀬にあげたんだよ。絡みないんじゃない? 仕事手伝ってもらった人とか、指導係とかもっと他にいるでしょ」

 蒼井さんの苦言を聞いて、なぜか鈴村さんは少し嬉しそうにはにかむ。

「そ、そうだね。ごめんね、とーまくんに声かけようかなって思ったんだよ! ただ、とーまくんと仲がいいっていうから吉瀬さんにも挨拶しておこうと思って……ごめんね、とーまくんにあげればよかったね」

「いや、別に僕にくれって言ってるわけじゃないけど。いらないし。それより、安西さんは嫌がらせとかじゃなくて吉瀬をフォローしようとしただけだから」

「え、フォロー?」

 怪訝そうな顔をした鈴村さんをよそに、蒼井さんは吉瀬さんに視線を送る。吉瀬さんはめんどくさそうにため息をつくと、頭を掻きながら言う。

「あー俺、コーヒーダメなんだ。見かけによらないって言われるけどね。安西さんはそれ分かってるから自分が貰ってあげようとしただけだから」

「え……?」

 鈴村さんが戸惑いの表情を浮かべる。蒼井さんは手に持つコーヒーを眺めた。

「そういうこと。安西さんは優しさからそうやっただけだから。悪者みたいな扱いしないで。安西さんに失礼だから」

「……」

「ごめんね安西さん」

「い、いいえ! 蒼井さんが謝ることじゃないですし」

「その思い込み激しい所、気を付けた方がいい。ほら、鈴村さんは席に戻って。まだ仕事中なんだからね」

 蒼井さんに促された鈴村さんは、不服そうに口をとがらせちらりと私を睨んだ。明らかに敵意のある目だったのでぐっと息を呑む。ボブとはまた違った敵意の出し方するなあ、この子……まあ、自分は良かれと思って差し入れしただけだもんね。余計なことしちゃったのかな。

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