ヒロインになれませんが。

橘しづき

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できることはしたい

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 なんか上手く行かない。せっかく同じ時期に入ったし、仲良くなりたいと思っているのに、明らかに嫌われている感じがする。もうちょっと自分が上手く立ち回ることが出来たらよかったのに。

 そう反省したとき、すぐ隣にいる蒼井さんの体がゆらりと揺れたのに気が付いた。突然の事だったので驚きつつも、反射的に手が出て彼の体を支える。

「蒼井さん!?」

 彼はすぐに足を踏ん張ったようで、倒れることはなかった。だが、触れた部分がとても熱く感じた気がして、蒼井さんが高熱だということにすぐ気が付く。

「熱ありません!?」

「あーごめん、大丈夫。もう帰るから」

 彼は笑って体制を戻す。一瞬しか、しかも洋服越しにしか触ってないけれど、ずいぶん高いみたいだった。よく見てみれば、息遣いも荒いように見える。きっとかなり重症なんだ。

 そんな体調の中、私のごたごたを庇うために声をあげてくれたのか。

「蒼井さん、タクシーを呼んでーー」

「とーまくん大丈夫!?」

 蒼井さんの体を抱きつくようにして支えたのは、鈴村さんだ。心配そうに蒼井さんを見上げ、躊躇いなくその額に手を当てた。その光景にぐっと息がつまる。密着した二人を、何も言わず見守るしか出来ない。

「凄い熱! 一緒に帰ろ? 私送るから!」

「平気だから。別に立てるし、離れて」

「でも、心配だよ」

「タクシーで帰るから」

「放っておけないよ……とーまくんはいつも一人でなんでもできちゃうけど、でも分かってほしい。とーまくんは一人じゃないし、私は力になりたい。だから、ね?」

 神妙な面持ちでそう言ったのを聞いて、私は頭を殴られたようなショックを受けた。

 鈴村さんが言っていることは正論で、優しくもあり厳しくもある、素敵なセリフだった。蒼井さんは確かにいつも涼しい顔をして色々こなしてしまう。私も何度も助けられたし、彼は凄く器用な人だと分かっている。

 でも、蒼井さんだって人間なんだから、頼れるところは頼ってほしい。そう伝えたかったはずなのに自分の口からは何も漏れず、鈴村さんに言われてしまった。

 ……こういうところが、私はだめなんじゃないか。

 どうして私も同じことを言ってあげられなかったんだろう。あれだけ蒼井さんにお世話になったくせに、ここでただ見てるだけでいいのか。

「ほら、とーまくん。私に看病させて」

「気持ちだけ受け取るよ。ほんと一人でいいから」

 それでも蒼井さんは首を小さく振って拒否した。その様子を見て、私はいてもたってもいられなくなり、彼の顔を覗き込んで強く言う。

「わ、私も何かお手伝いできれば!」

 彼の目が丸くなる。熱があるせいか、普段より少し潤んだその目に自分が映り、なんだか恥ずかしくなりつつも続ける。

「いつも蒼井さんにはお世話になってますから……」

 いつだって私を理解して味方してくれた蒼井さんに、何度助けられたか分からない。何か少しでも返したい。

 ーーいや、違う、それだけじゃない。私はすっかり彼の事を好きになってしまったから、蒼井さんの力になりたいし、鈴村さんにだけ任せておくのがいやだという嫉妬に似た気持ちも抱いているのだ。

 だが、言ってしまった後にすぐ後悔した。鈴村さんがこれだけ断られているのに、横から強引に立候補しても迷惑に違いないというのに。

 鈴村さんは嫌そうに顔を歪めながら言う。

「いや、今私ととーまくんが話してるんですけど? なんでさっきから横入りばっかりしてくるの? 私が送っていくから安心して。あなたに何が出来るっていうの?」

「え、えっと、食べ物とかドリンクとか薬とか、たくさん買って家に送り届けます! パシリで構わないですし! こういう時は買い物だって辛いから……」

 何が出来る、って言われて、咄嗟に出たのはそんな答えだ。でも、風邪ひいたときってそういうのが一番重要じゃないか。蒼井さんはしっかりしてるから必要なものは家にストックを置いてそうだけど、でもその時によって食べたいものって違ったりするし、薬は症状によって何を選ぶか変わってきたりする。だから、買い物して送り届けるぐらいのことはしたい。

 おかゆ作ってあーんするとか、着替えさせてあげるとかそんな邪な想像は一切していません!

「だ、だから、何が必要かとか言ってくだされば、私が代わりに買い物をして、家に」

「来てくれるの?」

 必死に説明している途中、そんな声が聞こえたので言葉を止めた。蒼井さんがまるで子供のような顔で私の顔をじっと正面から見ている。何かを期待するような、寂しそうな、そんな顔だ。

 それを見た途端、痛いほどに胸が締め付けられた。

 馬鹿だな、自分は。今はときめいている場合じゃない。蒼井さんは体調が悪くてこんなに辛そうなのに、ドキドキしてるなんて、自分はなんて汚い心の持ち主なんだ。

「は、はい。私にできることがあるなら……」

 声を絞り出して何とか答える。すると彼は、ふっと表情を緩めて優しく微笑んだ。これがまた、凄く凄く温かな笑みだったので、またしても私の胸が締め付けられる。

「……ありがとう。本当に嬉しい。その気持ちだけで充分だよ。タクシーを捕まえて帰るし、家には色々買ってあるから大丈夫」

「ほんとですか?」

「安西さんがそう言ってくれてなんかよくなってきた気がする」

「そんな馬鹿な!」

「あはは、ふざけてる場合じゃないね。心配かけてごめん、今日は帰ります」

 蒼井さんはそう私に笑いかけた。私は渋々頷き納得する。

 本人が必要ないと言っているのに、無理に押しかけるわけにもいかない。まず蒼井さんのマンションを知らないのだし、これ以上私が出来ることは何もないのだ。

 蒼井さんの後ろで鈴村さんが目を据わらせている。不服そうに蒼井さんの腕に手を伸ばす。

「私には甘えていいんだよ? 私たちの仲じゃない」

「大丈夫だって。それより鈴村さんはマニュアル、きちんと読んで仕事をやって」

 そう早口で言った蒼井さんは荷物を取りに行き、そのまま会社を後にする。でも、出て行く最後の一瞬に一度目が合い、小さく手を振ってくれた。

 たったそれだけの動作があまりに愛しくて、自分はもう手遅れだなと感じた。



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