藍沢響は笑わない

橘しづき

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病室

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「分かりませんよねえ、これ。私も休みだったから考えてたんですけど、見当もつかな」

「病室」

「……へ?」

「それ、病室じゃない?」
 
 サラリと言われた言葉に、再度紙を見つめる。先生は長い人差し指を出し、紙にそっと乗せた。

「この長い長方形が、ベッド」

「……」

「正方形の方は、床頭台だ」

「あ」

「ぐらいにしか、俺には見えない」

 口を開けて図を眺めた。そうだ、確かにそう見える。大部屋の病室は、一人のスペースは広いとは言えず、ベッドとサイドテーブル、あとは物を入れたりする床頭台があるのみだ。ここに書かれた図は、まさに山中さんが最期まで過ごしていた病室のつくりに見える。

「本当だ……なんで気づかなかったんだろ」

「てゆうか、君に宛てるメモなんだから、君に分かるような物しか書いてないと思う。そうなると、答えは決まってくるだろう」

「ということはですよ? 床頭台に何かある、ってことですか?」

 私は指さして先生に見せた。そう、赤色で〇が書かれているのは床頭台の部分だ。ここに注目しろと、山中さんは言っているのだ。

 先生はやや嫌そうにうなずいた。

「そういうことじゃない?」

「でも、荷物はとっくに弟さんに全部渡してるし、山中さんの後も違う患者さんが入ってます。今更見ても何もないんじゃ」

「普通の人には気づかれないものがあるんじゃないのか」

「……そうなのかな」

 赤い丸印を見つめる。一体何が、どうやって。そして、なぜ私に?

 私は決意し、顔を上げた。

「ちょっと見てみます! もしかしたら、何か山中さんが残したものがあるのかも」

 先生は驚かなかった。無表情のまま私を見、そしていう。

「まあ、ここまで来たならそういうと思ったけど」

「はい!」

「一つだけ。
 もし何かあったとしたら、それの中身は俺も見させてもらう。今日仕事終わりに集まろう。そうだな、人が来ないところ……スタッフ館の一階一番奥の更衣室。あそこ今は誰も使ってないから、そこで」

「へ? 何でそんなこと先生知ってるんです」

「確実に誰も来ない場所を調べ尽くした」

「人間嫌いですね……」

「一人が好きと言ってくれるか。じゃあそういうことで」

 言い終えると、先生は再び階段を降り始めてしまった。私は何かを言いかけて、口を閉じる。自分も再度目的地へ向き直って足を進めた。

 スタッフ館は、その名の通りスタッフの着替えるロッカールームなどが立ち並ぶ古い棟だ。私もいつも白衣を着替えている。まさか、使われていない部屋を先生が把握しているとは思わなかった。だって、自分が使う部屋以外なんて足を運ばないし興味もわかない。みんな着替えるためだけに利用しているのに。

 いやそんなことより、まさか先生も一緒に確認してくれると言い出すとは思っていなかった。メモについても考えてくれたなんて。山中さんがわざわざ残した物があると聞いたら、やはり気になってしまうからか。

「何かあるんだろうか……えっと、今山中さんがいたところって確か」

 記憶をたどる。そこで、彼がいた場所はちょうど昨日、患者が退院したばかりだと思い出した。今は空いているはず。

 何かに引き寄せられているとしか思えない偶然に少し戸惑いつつ、時間を見つけて部屋を見てみよう、と決めた。床頭台周辺を見るくらいなら、ひとりで出来る。




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