視える僕らのシェアハウス

橘しづき

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竜崎…さん?

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「やっぱりあなたも見えるんですか!」

「見えない、っていったはずだけど。感じるだけ」

「す、すごい、こんな人に会えるなんて……! あの、少し質問してもいいですか? なんかああいうのによく遭うんですけど、無視していればいいんでしょうか? 対応がよくわからなくて……」

 私が縋るようにそういうと、彼は初めてこちらを見て目を見開いた。

「え? 何をいまさら……どうやって生きてきたの君」

「どうやって、って……ああいうのが見れるようになったのは最近なので……」

「最近?」

 男性はひどく驚いているようだったけれど、私はなぜそんなにも驚くのか理由もわからず、きょとんとしてしまった。彼は一人納得したように頷き、頭を搔く。

「あーそれでかあ……なるほどねえ。どおりであんなのに引きずり込まれそうになってたわけだ。君、いくつ?」

「えっ。二十五歳です」

「珍しいね。非常に珍しい。ああいうのを見る能力はほとんど生まれつきで、途中から見えるようになることはめったにない。あったとしても、成人するまでだ。まあ波長が合ってたまたま見えるとか、相手が強力で見えちゃうとかは別だけど、そうじゃなくてずっと見えるんでしょ? 二十五にもなって能力が開花する人間なんて、僕は初めて会ったよ」

「そ、そうなんですか?」

 なるほど、彼が言っていた発言の意味がよくやく分かってきた。『何を学んできたの』というのは、私が昔から見えること前提で話していたのだろう。だが、私は特例で、変な物が見えるようになったのはごく最近なのだ。

 私は彼に頭を下げてお願いする。

「これって治りませんか? 元の生活に戻りたいんです……! お寺とかいろいろ行ったけど、どこも駄目で!」

「んーそうだろうね。何かきっかけはあったと思うけど、それを探って対処できるような人はあんまりいないと思う」

「そんな……」

 そこまで話したところで、電車が来るアナウンスが流れだした。遠くから電車の音が聞こえてくる。男性はそっちの方を見ながら、私に早口で告げる。

「とりあえず君は、安全を確保するところから始めた方がいい。いい? ああいうやつらは目を合わせないのが一番だ。どれだけ縋りつかれても怒鳴られてもとにかく無視。そうじゃないとああやって道ずれにしようとしてくる。死ぬよ」

「そんな……!」

 言われなくても、私だって目を合わしたくて合わせているわけじゃない。なるべく見たくないから視線を逸らすけれど、突然目の前に顔を寄せてきたり、大声を上げたり、そんなことをされたら反射的に見てしまうのだ。

 さっき線路に落ちそうになったのもそうだけれど、これまでも自分の体が操られるようになる感覚を味わってきた。何とか無事だけれど、今後のことが心配でならない。

「私も関わろうと思ってるわけじゃないんです。でも、つい反応してしまって」

「あーまあねー。普通は子供の頃から見えてるから、時間をかけて慣れていくからね。大人になってから見えちゃったら、確かに苦労するかも」

 彼は考えるようにそう言うと、ポケットに入れていた手を出した。そこに握られていたのはピンク色の名刺入れだ……どうでもいいけれど、凄いセンスの名刺入れだな。

 彼がそのうち一枚を私に差し出した時、電車が到着して扉が開いた。私はそっと名刺を手にする。

『竜崎奏多』

 名前と、下には住所が記されている。私が住んでいる隣の街だった。そして、『月乃庭 管理人』とも書かれている。

「これ……」

「どうしても困ったら来てみるといい。話を聞くぐらいならする」

 電車のドアが閉まるチャイム音が鳴り、男性……竜崎さんは中へ入って行ってしまう。最後にこちらを振り向き、思い出したように自分の目を指さした。

「サングラス、かけてみな」

 ちょうどドアが閉まってしまい、彼を乗せた電車がすぐに出発してしまう。私はぼんやりとそれを見ながら、電車が見えなくなるまで見送っていた。

 静かになり、握る名刺をもう一度見つめる。

「竜崎さん……」

 やっと出会えた、私と同じものが見える人。絶望しかない中で、この名刺はとても輝いて見えた。



 二十五歳の誕生日を迎えた日、私の人生は終わった。

 安藤花音、どこにでもいる女、職業OL……だった。

 現在、年は二十五歳と三ヵ月。趣味、お酒を嗜むこと。外見普通、体系普通、彼氏はずっと募集中。性格はまあまあ明るい、と自分では思っている。

 これまで平穏そのものの生活を送ってきた。母曰く幼い頃病気で死にかけたらしいが、奇跡的に回復しその後は健康そのもの。友達もいるし就職先もそこそこいい場所に入り、充実した日々を送っていた。

 それが三ヵ月前、私が誕生日を迎えた日のこと。この生活は一変してしまう。

 日付が変わり、友達から『誕生日おめでとう』の連絡が来て、顔を綻ばせながら返信した。誕生日は嬉しかったが、祖母が亡くなって葬儀が終わったばかりだったので、大きく祝うことはしなかった。おめでとうと言ってくれる友人がいるだけで十分幸せなのだ、と思って。

 返信した直後、酷い頭痛に襲われた。つい顔をしかめ、唸り声が自然と漏れてしまうほどの強い頭痛だった。せっかくの誕生日に体調不良なんてついてない。

 置いてあった鎮痛剤を飲み、さっさと寝よう、とベッドに入る。部屋の電気を消し、横たわろうとした時だ。

 部屋の隅に、誰かが立っていた。

 言っておくが私は一人暮らしだ。就職を機に実家を出て、小さなアパートでつつましく暮らしている。ペットも飼っていないし、完全に一人の生活。

 ベッドの上から見える『それ』は、ベッドの足元にあるクローゼットの隣に立っていた。電気を消してしまった暗闇の中で、ぼんやりと佇んでいる。見えるのはシルエットで、男か女かはわからなかった。ただ、間違いなく人間の姿をしていた。

 人間、そんなことが突然起こると、叫ぶよりも一時停止するのだと学んだ。私はまず、変質者が入り込んだのだとばかり思ったのだ。警察を呼ぼうか、でも呼ぶ間に襲われるんじゃないかと必死に考える。

 だがふと、急に現れたその姿に疑問を覚えた。私の部屋はたいして広くもないので、人が隠れられる場所など皆無だ。たった今さっきまで電気が煌々とついていた部屋で、なぜ突然人影は現れたのだ。

 もしどこかに変質者が隠れていたとしたら、私がベッドに横になり、寝息を立ててから現れるのが普通だろう。

 それに、あの影。

 息をしているのかさえ心配になりそうなほど、まったく動かない。

 しばらく混乱で動けなくなってから、自分は覚悟を決めて部屋の電気を再び付けた。すると、その人影は一瞬で消えてしまった。何かの見間違いなどではない、本当に忽然と消滅したのだ。

 再度電気を消す勇気はなかった。私は明るい部屋の中で、眠れぬ夜を明かすこととなった。

 だが、これは始まりにしか過ぎなかった。

 翌朝、出社しようと部屋から出て駅へ向かうと、視界によく分からない物が映り込んだ。まっすぐ前を向いて歩いているとき、目の端に自然と入り込む場所に、緑色の肌をした人間が立っていた。背は子供ぐらいで小さく、手足が異様に細かった。ぎょろりとした目が印象に残っている。
 
 驚いて足を止め、そちらを見てみる。その生き物は消えていた。

 何かの見間違いかと思い、再度歩き出した。しばらくして駅にたどり着き、ホームへ出て列に並んでいると、電車が到着するアナウンスが流れる。すると、電車がやってくるのと同時に、すぐ前に並んでいたサラリーマンの男性が線路に飛び込んだ。

 一瞬の出来事だった。男性の血飛沫を顔面に浴びた瞬間、喉から叫び声が漏れる。目の前で体が切断される光景を見て、叫ぶなという方が無理なのである。

 だが私を待っていたのは、不思議そうにこちらを見てくる周りの人々の冷たい視線だった。なんだなんだとばかりに私の顔を覗き込み、怪しい人間を見るかのような表情がいくつも並んでいた。

 私の顔面は血に汚れてなどいなかった。それどころか、轢かれたはずのサラリーマンの姿はすっかり消えてしまっていたのである。

 一人で突然叫びだしたヤバイ人間になってしまっていた自分は、慌てて駅から出た。今自分が見たものが何なのか、なぜあんなものを見たのか説明がつかない。

 出社出来そうになかったので、仕事を休み、その足で病院へ行った。精神的に疲れているのかと思ったのだ。

 医者は私の話を真摯に聞いてくれる優しいおじいちゃんだった。疲れているんだろう、とのことで薬を処方してもらった。病院から出た瞬間すがるように飲んだ。実はその間も、そばに存在するはずのない生き物の姿を見ていたからだ。
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