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安心して食べられる食事の凄さ
しおりを挟むとりあえず荷物の整理をしているとあっという間に日が暮れて、気が付いたときには外が暗くなっていた。そこで、夕飯のことを何も考えていなかったことを思い出す。
食事はそれぞれ取るという決まりだった。私はまだ買い物に行けていないので、食材が何一つない。
「しまった、先に買い物に行くべきだったかな」
スマホで周辺の地図を見てみると、この辺は住宅街で飲食店はない。十五分ほど歩いたところにスーパーがあるようなので、ここに行くしかないようだ。あとは、駅もそれぐらいの場所にあって、そこにはコンビニがあったのを確認している。
「当分の食料品とかを買うならスーパーだけど、今からスーパー行くのは体力的に辛いなあ……荷物持って歩いて帰らなきゃいけないし」
スーパーは明日ゆっくり行くことにして、今日はコンビニで夕飯と飲み物だけ買ってこようか。そう心に決めると、カバンを持って部屋を出る。
するとふわりと、鼻にいい香りがつく。
「あ……カレーだ」
食欲を刺激するスパイシーなあの香り。一気にお腹がカレーを求め始めてしまう。竜崎さんか、祐樹さんがカレーを食べているのだろう。
いいなあ、私もカレーにしようかな。
そう思いながら玄関に向かったところで、家の鍵を貰っていないことを思いだす。私は一旦リビングへ顔を出した。
「あの~……」
覗き込んでみると、ダイニングテーブルに座った竜崎さん、それからキッチンに立つ祐樹さんがこちらを一斉に見た。
「あ、片付け終わった?」
竜崎さんが尋ねてきたので頷く。
「はい、一通り。あの、出かけようと思うんですが、鍵って」
「あーそうそう、渡そうと思ってたんだよね。はいこれ」
彼はポケットから鍵を一つ取り出して渡してくれる。よくあるシンプルな銀色の鍵で、手のひらにひんやりと冷たさが伝わってくる。
「ありがとうございます。じゃあ……」
「おい。よかったら食う?」
キッチンに立っていた祐樹さんが私に声を掛けてきたので、驚いて目を丸くした。彼は両手にカレー皿を持ってダイニングに入ってくる。
一つを竜崎さんの前に、もう一つはその向かいの席に置く。
「まだ食料なんて何もないだろ。食うなら分けてやる」
「えっ。でもいいんですか? 家事は各々だって……」
「基本は、だよ。別に誰かが振舞ってもいいんだよ。特に初日なら、まだいろいろ不足してるだろうし」
祐樹さんが竜崎さんの正面に腰掛ける。竜崎さんはスプーンを手にして、私を見た。
「本当は僕が作ろうかなって思ってたんだけど、祐樹がやってくれるって言うから」
「いや、竜崎さんはいいんですよそこで待っててくれれば! カレーなら俺作れますから!」
二人の親切心に、ぐっと胸が熱くなる。私は微笑んで、頭を下げた。
「ありがとうございます、嬉しいです……! 頂いてもいいですか?」
「おー自分でよそってこい」
祐樹さんに言われてキッチンに入ってみると、鍋の中にまだたくさんのカレーが入っているのが見えた。よくあるルーを溶かすタイプのカレーのようだが、私にとっては最高に美味しそうな料理に見えた。
ご飯とカレーをよそって、祐樹さんの隣に座る。待っててくれた二人と声を合わせて挨拶をした。
「いただきます!」
一口頬張ると、やっぱり最高に美味しいカレーだった。あまりに美味しくて、ジワリと涙が浮かぶ。
ここ三ヵ月ずっと、何かを美味しいなんて思えなかった。毎日疲れて怯えて、そんな日々を送っていたからだ。でもここでは美味しい物を味わう余裕もあるし、夜はゆっくり眠れるんだ。それを改めて思い、全身が熱くなる。
泣きそうになっている私に気づいたのか、隣の祐樹さんがぎょっとした目でこちらを見てきた。
「は!? え、なに、何で!?」
「すみませ……美味しくて」
私は慌てて涙を拭い、二人に笑って見せる。
「凄く美味しいですね。祐樹さん、料理上手ですね!」
「そ、そんなに? いや、俺はカレーしか作れないよ。あ、あとシチューか? そういうものしか作れないし、普段は料理とはあんましないから」
「そうなんですか? 竜崎さん、さっき作ろうと思ってたって言ってましたけど、料理好きなんですか?」
私が尋ねると、竜崎さんはカレーをゆっくり飲み込んだ後に言う。
「あんまり作らないけど、まあレシピ見れば何とか作れる」
「わあ、そうなんですね。今度食べてみたいです。もちろん、私も次はご馳走しますね!」
私は嬉しくて笑いながらそう言った。優しい人たちと一緒でよかった、と思いながら。
ただ、食べ終えた後、みんなの分のお皿を洗っていると祐樹さんが近づいてきて、苦々しい顔で言ってきた。
「竜崎さん、やたら料理しようかなって言いだすけど、びっくりするくらい料理下手だから」
「えっ……そうなんですか?」
「地獄の味がする」
「どんな味ですか」
「とにかく命が惜しければ、竜崎さんがキッチンに立つのは阻止するんだ。規約には載ってないけど、大事な決まり事だ」
祐樹さんがやけに真剣な顔でそう言ったので、私は声をあげて笑ってしまった。
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