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運命の番

第9話

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 アルファの男は、生まれながらにして、強者で勝者である。故に、彼等は自尊心と気位が天に届く程に高かった。常に、ヒエラルキーの最上位に君臨し、その身のこなしは、気品が際立ち、優雅で華やかだった。世界からの寵愛を一身に受ける彼等は、常に光輝いている。
 彼等の辞書に「劣等感」という文字はない。だからこそ、彼等は自由で、純粋で、ロマンチストな生き物であった。思春期のアルファは、特にその傾向が強い。どこまでも、世界はアルファのために尽くすべきである、などと潜在的な傲慢さがあった。

 結城博己は「魂の番」に強い憧れを抱く、アルファの少年だった。父もアルファで、母もアルファだった。彼の両親は、双方が強者で勝者であったため、常に激しい口論を繰り返す夫婦であった。そんな両親の姿を見て育った博己は、伴侶にするならば、自分に従順で、懸命に奉仕してくれるであろうオメガに憧れを抱いていた。
 アルファの中には「オメガはアルファに寄生する穢らわしい生き物」と嫌悪する者も一部いたが、博己を含む多くのアルファは「オメガはアルファの幸福ためにのみ存在を許されている」という思考であった。どちらにせよ、オメガがアルファと対等な人間であるなどとは、微塵も考えたことはない。世界の理はそのようなアルファの意図を組み、オメガをヒエラルキーの最下層に押し込め続けている。

 薫を一目見た瞬間に、博己は世界に感謝した。世界からの最高の贈り物であると思った。これほどまでに、何かに心を動かされたことはなかった。目の前のオメガが恋して、愛しくて、堪らなかった。獣の本能を剥き出しにして、その上質な肢体を貪って、精液を注ぎ込んで、孕ませたい。番にして、家の中に閉じ込めて、自分のためだけに尽くす美しい伴侶として、可愛がりたかった。

 けれど、番の契約は成立しなかった。

 薫は、愚かなオメガだった。涙ながらに、アルファの博己に全てを暴露したのだ。出会って一時間も満たない相手に、全ての秘密を晒し、身も心も明け渡した。
 まさに遇の骨頂で、最悪の悪手である。薫は頭は悪くなかったが、オメガであった。

 オメガの男は生まれながらにして、弱者で敗者である。常にヒエラルキーの最下層で蔑まれ、軽蔑と侮蔑に耐えながら、息を潜めて隠れるように生きている。自尊心など、とっくの昔にへし折られ、卑屈に生きていくしかなかった。いつでも誰かの言いなりで、自分一人で生きていく力もない。
 だから、同情してもらえると思ったのだ。 この不幸な境遇に「辛かったな」と博己に慰めてもらえることを期待した。博己はアルファであるが、魂の番に成る得る特別な存在だった。薫は、博己ならば、きっと自分を受け入れてくれるだろう。愛する二人は、肩を寄せ合い、自分達の不幸な運命に、一緒に涙してくれるだろう。そんな甘えた愚かな妄想を抱いてしまった。

 博己は、薫の告白に、人生で初めての恥辱を受けた。あまりの衝撃に、しばし唖然と立ち尽くす。

 多くのアルファがオメガに求めることをここに暴露しよう。遊び相手ならば、淫乱で後腐れがない相手がよい。男を何人も咥え込み、どんなに粗末に扱っても、縋ってくるような快楽に従順で、交尾のことしか考えられないような卑猥なオメガが最適である。けれど、番にするオメガは全くの逆でならねばらない。
 魂の番は、運命の相手に出会うまで、貞操を守り続ける初な処女が最適である。「初めての男として、自身の存在を深く刻み付けたい」という雄のロマンシズムを満たす相手でなければならない。その誰にも晒したことがない肢体を組み敷いて、恥じらいながらも、自分だけを受け入れ、未知の快楽に悶えて、淫らに鳴いてしまうような、そんなオメガを期待する。そうして、生涯、自分以外の男を知らずに、懸命に自分にのみ奉仕して生きていくのだ。博己は薫に、そんなオメガを期待した。

 博己にとって、薫は最悪だった。過程などには興味がない。結果だけが全てである。
 アルファの辞書には「同情」などという文字はない。

 薫は処女ではなかった。それどころか、実兄を誘惑して、番の契約を成立させていた。そして、その実兄に惨めにも、捨てられた。卑劣にも、番の契約の痕を消して、世界を、博己を、欺こうとした。首輪もつけずに、自らをベータと偽って、この学園に潜り込み、同室のベータをも誘惑して関係を持っている。番の契約があるにも関わらず、他の雄に、簡単に足を開く。しかも、アルファではなく、ベータのような下等な生き物にまで。

 おぞましいほどの淫売だ。こんな、他の男の手垢だらけの穢らわしいオメガが、自分の運命の相手であるなど、博己には耐え難い屈辱であった。

 薫は、美しく、上品で、甘くて、美味かった。自分だけのために用意された豪華なディナーを口にして顔を綻ばせていたのだ。それが、厨房を覗いてみれば、安っぽいファストフードを豪華に見せているだけで、しかも誰かの食べ残しの残飯であった。そんな、底知れぬ嫌悪感と不快感である。

 博己は、舌打ちした。涙を流して救いを求めていた薫は、びくりと肩を揺らして博己を見上げた。
 博己は薫を軽蔑の目で見下げていた。

 博己は、この愚かなオメガの処遇について思いを馳せた。番にもなれないオメガを、伴侶になどできるわけもない。いや、したくない。
 けれど、薫の肢体は美しく手放し難い。軽蔑はしているが、恋しさや愛しさは、確かに、まだ存在していた。

 ならば、飽きるまで性欲処理にでも使えばよい。少し乱暴に扱っても構わないだろう。相手は淫乱で愚かで惨めなオメガである。それでも、このままというわけにはいかない。

 博己は思う。

 この俺に、これ程の恥辱を与えた代償を支わせなければならない。薫には、厳しい罰を与えなけばならない。

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