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番を棄てたアルファ
第37幕
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薫がいつもより長いシャワーを終えて脱衣場から出ると、ベッドに腰かけていた隼人が顔をあげた。
薫は隼人の姿に安堵する。隼人はいつも薫に優しくて、温かい。
「隼人」
薫は隼人に歩み寄ると、首に腕を回して、熱っぽい視線を流した。隼人は少し動揺しながらも、薫を見上げた。
ここ最近、薫から隼人を誘うようなことはなくなっていた。薫は、博己に抱かれることで精一杯で、慰めてくれる隼人に対して、自ら足を開くことがなくなっている。隼人と身体を重ねたのは、五月の始めに、博己がこの部屋に訪ねてきた、あの夜が最後だった。
「久しぶりに、」
薫は含んだ物言いで、妖艶に微笑んだ。久しぶりに隼人と二人でするのも悪くない気がした。高校一年の頃は、週に一度は身体を寄せあってきた仲である。知った身体は安心する。
薫はベッドに片膝を乗り上げて、隼人の股関に宛がった。あんなに嫌だったはずなのに、隼人に貫かれたときの、男を拒絶する、あの苦痛を、今夜は味わいたかった。ちゃんと男を拒絶する身体だと思いたかった。それに、響に触れられた肌の感触が未だに残っているようで、薫は何かで上書きしてしまいたかった。
「薫、」
切な気に名前を呼ぶ隼人に、薫は少し優越を覚えて、その唇に顔を近づけた。けれど、唇同士が重なることはなかった。
「……ッ」
隼人は薫の腕を掴んで、ベッドに押し倒したのだ。薫は呆気に取られて、隼人の下で身体を硬直させた。隼人は、瞳を潤ませながら、薫を見下ろしていた。
「さすがに、無神経過ぎる」
ぽつりと隼人は呟いて、薫の上から退いていく。隼人は薫から顔を背けた。たった今、好きな男に抱かれてきておいて、隼人のことを誘ってくる薫が信じられなかった。博己と比べられると思うと、薫を抱くのは、恐ろしかった。
薫は、唖然と天井を見上げていたが、そっと瞼を閉じた。
どのぐらい経っただろうか。
「薫、夕飯は食べたか?」
「いや……」
脈絡のない問いに薫は気のない返事をした。
「おばちゃんに作ってもらったから、」
隼人が顎で合図を送る。隼人の学習机には、ラップをかけられた握り飯が3つ皿に乗っている。食堂で夕食を食べ終えた隼人が、夜食にと寮母に頼んで作ってもらっていたものだった。
「食べれそうなら、口にいれろよ。痩せ過ぎだ」
確かに、この二ヶ月で薫は少し痩せてきていた。アフターピルの副作用で吐き気を催し、食欲のない日が多いのが原因だろうか。
「俺は自主トレしてくるから、」
隼人はタオルを片手に、ドアに手をかける。点呼が終われば、B棟の玄関は閉鎖されるが、消灯までは館内の施設は自由に使えた。隼人は夜にトレーニングルームで自主トレをするのが日課になっている。けれど、それよりも、今は薫と二人の空間にいることが耐え難いようだった。
「……隼人、俺のこと嫌いになったか?」
薫は隼人の背中に震える声で、投げ掛けた。
「…………少しだけ」
隼人は立ち止まって、振り返らずに口を開いた。そうして、部屋から出ていった。
「キモいな……」
薫は自分が気持ち悪くて仕方ない。
隼人に拒絶されたのは初めてのことで、それは思いの外、薫の心臓を抉った。伸ばされた隼人の手を、いつも軽々しく振り払って拒否していた癖に、一度、自分が拒否されたぐらいで傷つく権利なんてないはずだった。
薫は、隼人の用意してくれた夜食に目を向けた。食欲はないけれど、空腹ではあった。椅子に座って、皿に被せされているラップを外し、おにぎりを一つを手に取った。
「うま、」
ただの塩むすびではあったが、口に含めば、塩気と米の甘味が広がった。空腹の腹に、じんわりと染みていく。
薫は、隼人のことを、いつでも、どんな自分でも、受け入れてくれると勘違いしていた。オメガ性への劣情を利用して、隼人を自分に縛り付けておけるような錯覚に陥っていた。そんな傲慢さを、隼人に見抜かれたのかもしれない。
遂に、隼人に見限られてしまったのだろうか。
薫は、ぼんやりと窓から差し込む月明かりを眺めながら、これからどうやって、この学園で生きていこうかと、薄暗い未来に思いを馳せた。
薫は隼人の姿に安堵する。隼人はいつも薫に優しくて、温かい。
「隼人」
薫は隼人に歩み寄ると、首に腕を回して、熱っぽい視線を流した。隼人は少し動揺しながらも、薫を見上げた。
ここ最近、薫から隼人を誘うようなことはなくなっていた。薫は、博己に抱かれることで精一杯で、慰めてくれる隼人に対して、自ら足を開くことがなくなっている。隼人と身体を重ねたのは、五月の始めに、博己がこの部屋に訪ねてきた、あの夜が最後だった。
「久しぶりに、」
薫は含んだ物言いで、妖艶に微笑んだ。久しぶりに隼人と二人でするのも悪くない気がした。高校一年の頃は、週に一度は身体を寄せあってきた仲である。知った身体は安心する。
薫はベッドに片膝を乗り上げて、隼人の股関に宛がった。あんなに嫌だったはずなのに、隼人に貫かれたときの、男を拒絶する、あの苦痛を、今夜は味わいたかった。ちゃんと男を拒絶する身体だと思いたかった。それに、響に触れられた肌の感触が未だに残っているようで、薫は何かで上書きしてしまいたかった。
「薫、」
切な気に名前を呼ぶ隼人に、薫は少し優越を覚えて、その唇に顔を近づけた。けれど、唇同士が重なることはなかった。
「……ッ」
隼人は薫の腕を掴んで、ベッドに押し倒したのだ。薫は呆気に取られて、隼人の下で身体を硬直させた。隼人は、瞳を潤ませながら、薫を見下ろしていた。
「さすがに、無神経過ぎる」
ぽつりと隼人は呟いて、薫の上から退いていく。隼人は薫から顔を背けた。たった今、好きな男に抱かれてきておいて、隼人のことを誘ってくる薫が信じられなかった。博己と比べられると思うと、薫を抱くのは、恐ろしかった。
薫は、唖然と天井を見上げていたが、そっと瞼を閉じた。
どのぐらい経っただろうか。
「薫、夕飯は食べたか?」
「いや……」
脈絡のない問いに薫は気のない返事をした。
「おばちゃんに作ってもらったから、」
隼人が顎で合図を送る。隼人の学習机には、ラップをかけられた握り飯が3つ皿に乗っている。食堂で夕食を食べ終えた隼人が、夜食にと寮母に頼んで作ってもらっていたものだった。
「食べれそうなら、口にいれろよ。痩せ過ぎだ」
確かに、この二ヶ月で薫は少し痩せてきていた。アフターピルの副作用で吐き気を催し、食欲のない日が多いのが原因だろうか。
「俺は自主トレしてくるから、」
隼人はタオルを片手に、ドアに手をかける。点呼が終われば、B棟の玄関は閉鎖されるが、消灯までは館内の施設は自由に使えた。隼人は夜にトレーニングルームで自主トレをするのが日課になっている。けれど、それよりも、今は薫と二人の空間にいることが耐え難いようだった。
「……隼人、俺のこと嫌いになったか?」
薫は隼人の背中に震える声で、投げ掛けた。
「…………少しだけ」
隼人は立ち止まって、振り返らずに口を開いた。そうして、部屋から出ていった。
「キモいな……」
薫は自分が気持ち悪くて仕方ない。
隼人に拒絶されたのは初めてのことで、それは思いの外、薫の心臓を抉った。伸ばされた隼人の手を、いつも軽々しく振り払って拒否していた癖に、一度、自分が拒否されたぐらいで傷つく権利なんてないはずだった。
薫は、隼人の用意してくれた夜食に目を向けた。食欲はないけれど、空腹ではあった。椅子に座って、皿に被せされているラップを外し、おにぎりを一つを手に取った。
「うま、」
ただの塩むすびではあったが、口に含めば、塩気と米の甘味が広がった。空腹の腹に、じんわりと染みていく。
薫は、隼人のことを、いつでも、どんな自分でも、受け入れてくれると勘違いしていた。オメガ性への劣情を利用して、隼人を自分に縛り付けておけるような錯覚に陥っていた。そんな傲慢さを、隼人に見抜かれたのかもしれない。
遂に、隼人に見限られてしまったのだろうか。
薫は、ぼんやりと窓から差し込む月明かりを眺めながら、これからどうやって、この学園で生きていこうかと、薄暗い未来に思いを馳せた。
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