83 / 168
ベータの飛躍
第83幕
しおりを挟む
走高跳は、個人種目ではあるが、戦術的な側面を無視することはできない競技である。選手は、同じ高さのバーに、三回までトライすることが許される。三回失敗した時点で、それまでに一番高く跳んだ高さが「記録」となる。誰よりも一番高く跳ぶことが、最大のミッションではあることは間違いない。
けれど、勝敗の鍵になるのが「パス」の使い方である。選手は、全ての高さを跳ぶ必要はない。「パス」して次の高さに挑戦することもできるため、自身のコンディションを考慮しながら、上手くパスしていくことも重要な戦術である。
パスを繰り返せば、体力を温存させることができるが、「記録」が追い付かず、失敗した場合の代償は極めて大きい。だからといって、跳び続ければいいと言うわけではない。同じ高さを記録に残す選手が複数人いるのであれば、失敗回数が少ない選手の順位が上になるからである。
今は攻めるべきか、守るべきか、一回跳ぶ毎に、そのような決断を迫られる競技が、走高跳であった。
電光掲示板には、インターハイの出場権を獲得した一位から六位の選手の名前が連なっている。
地区予選における走高跳の勝敗は決したのだ。ガッツポーズを決めて喜んでいる選手や悔し泣きをしている選手に混じり、河島選手は、ぼんやりと掲示板を見上げて、五番目に表示されている「河島隼人(ベータ)」の名前を確認した。
河島選手は、大健闘を果たしたと言えよう。2m以上を跳んで、インターハイの出場権を獲得したベータ性は、隼人のみであった。
「隼人ー! おめでとう!」
観覧席の前方から、河島選手に向けて多くの称賛が贈られる。隼人は、声の方に振り返った。応援に駆けつけてくれた友人たちは、満面の笑みで手を振り、隼人は応えるように、太陽のように笑って、腕をあげた。
観覧席の後方のベンチに座っている神崎響は、退屈そうにあくびを噛み殺す。響にとっては、弟のクラスメイトが出場しているスポーツ大会に、興味などあるはずもなかった。それでも、真夏の暑さの中、屋外の競技場に出向いたのは、可愛い弟からの、可愛いお願いであったからだ。
「薫、他の競技も見ていくか?」
響は、隣に座っている弟に苦笑いしながら声をかけた。薫は嬉しさを噛み締めるように、頬を紅く染め、瞳を輝かせていたけれど、ハッとして兄に顔だけ振り向いた。
「……いや、大丈夫だよ」
隼人に見惚れていたことが気恥ずかしくて、薫は慌てて立ち上がった。まるで陸上部のスター選手に自己投影して、青春の欠片を拾い集めているような錯覚に陥っていた。体が丈夫ではない薫は、運動は不得意であったし、走高跳など、一度もしたことがない。それでも、薫の胸は、感動で一杯になっていた。
「出る前に、飲み物を買って行ってもいいかな?」
「……ああ、」
神崎兄弟は、他の観客たちの邪魔にならないように、そっと後方の観覧席から手前にある階段に向かう。
河島選手は、観覧席の友人たちに手を振りながら、動く二つの人影を視界の端に入れる。ドキリと心臓が跳ねた。
薫だ。
動く人影は、帽子を深く被っていて、顔はよく見えない。けれど、見慣れた背格好や、どこか儚げな雰囲気が、隼人には、「神崎薫」であることを確信させたのであった。
けれど、勝敗の鍵になるのが「パス」の使い方である。選手は、全ての高さを跳ぶ必要はない。「パス」して次の高さに挑戦することもできるため、自身のコンディションを考慮しながら、上手くパスしていくことも重要な戦術である。
パスを繰り返せば、体力を温存させることができるが、「記録」が追い付かず、失敗した場合の代償は極めて大きい。だからといって、跳び続ければいいと言うわけではない。同じ高さを記録に残す選手が複数人いるのであれば、失敗回数が少ない選手の順位が上になるからである。
今は攻めるべきか、守るべきか、一回跳ぶ毎に、そのような決断を迫られる競技が、走高跳であった。
電光掲示板には、インターハイの出場権を獲得した一位から六位の選手の名前が連なっている。
地区予選における走高跳の勝敗は決したのだ。ガッツポーズを決めて喜んでいる選手や悔し泣きをしている選手に混じり、河島選手は、ぼんやりと掲示板を見上げて、五番目に表示されている「河島隼人(ベータ)」の名前を確認した。
河島選手は、大健闘を果たしたと言えよう。2m以上を跳んで、インターハイの出場権を獲得したベータ性は、隼人のみであった。
「隼人ー! おめでとう!」
観覧席の前方から、河島選手に向けて多くの称賛が贈られる。隼人は、声の方に振り返った。応援に駆けつけてくれた友人たちは、満面の笑みで手を振り、隼人は応えるように、太陽のように笑って、腕をあげた。
観覧席の後方のベンチに座っている神崎響は、退屈そうにあくびを噛み殺す。響にとっては、弟のクラスメイトが出場しているスポーツ大会に、興味などあるはずもなかった。それでも、真夏の暑さの中、屋外の競技場に出向いたのは、可愛い弟からの、可愛いお願いであったからだ。
「薫、他の競技も見ていくか?」
響は、隣に座っている弟に苦笑いしながら声をかけた。薫は嬉しさを噛み締めるように、頬を紅く染め、瞳を輝かせていたけれど、ハッとして兄に顔だけ振り向いた。
「……いや、大丈夫だよ」
隼人に見惚れていたことが気恥ずかしくて、薫は慌てて立ち上がった。まるで陸上部のスター選手に自己投影して、青春の欠片を拾い集めているような錯覚に陥っていた。体が丈夫ではない薫は、運動は不得意であったし、走高跳など、一度もしたことがない。それでも、薫の胸は、感動で一杯になっていた。
「出る前に、飲み物を買って行ってもいいかな?」
「……ああ、」
神崎兄弟は、他の観客たちの邪魔にならないように、そっと後方の観覧席から手前にある階段に向かう。
河島選手は、観覧席の友人たちに手を振りながら、動く二つの人影を視界の端に入れる。ドキリと心臓が跳ねた。
薫だ。
動く人影は、帽子を深く被っていて、顔はよく見えない。けれど、見慣れた背格好や、どこか儚げな雰囲気が、隼人には、「神崎薫」であることを確信させたのであった。
10
あなたにおすすめの小説
最強βの俺が偽装Ωになったら、フェロモン無効なのに狂犬王子に求愛されました~前世武道家なので物理で分からせます~
水凪しおん
BL
前世は日本の武道家、今世は平民β(ベータ)のルッツ。
「Ωだって強い」ことを証明するため、性別を偽り「Ω」として騎士団へ入団した彼は、その卓越した身体能力と前世の武術で周囲を圧倒する。
しかし、その強さと堂々とした態度が仇となり、最強のα(アルファ)である第一王子・イグニスの目に止まってしまった!
「お前こそ俺の運命の番だ」
βだからフェロモンなんて効かないのに、なぜかイグニスの熱烈な求愛(物理)攻撃を受ける日々に突入!?
勘違いから始まる、武闘派β×最強王子のドタバタ王宮BLファンタジー!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる