82 / 168
ベータの飛躍
第82幕
しおりを挟む
小高い山の上にある競技場は、人がごった返していた。学園の生徒たちは、お揃いの学校指定のジャージを着込んで、観覧席の前方を陣取り、中央で柔軟をしている選手たちに野太い声援を投げ掛けている。
「隼人ー! がんばれよー!」
河島隼人は、観客席に軽く手を振った。
競技用のランニングから伸びる腕は、無駄なく引き締まり、足の筋肉は飛躍するために鍛え抜かれて太く逞しい。
進学校である学園は、部活動の面では強豪校というわけではない。長く続ける者であっても、二年の夏が引退試合である。
それでも、Bクラスの学友たちは、隼人を応援するために集まった。それは、彼の輝かしい成績と、彼の人徳によるところであろう。
隼人は観客席を見上げる。級友たちの後方まで、見渡そうとしたけれど、刺すような夏の日差しに、目が眩む。
薫は来てくれただろうか。
隼人は頭を軽く振った。今は、誰よりも、何よりも、高く、高く、跳ぶことだけに集中しなければならない。
瞳を閉じて、イメージを膨らませていけば、周囲の雑音は、次第に遠ざかり、心地好い静寂に包まれる。
地を軽く蹴って助走をつけ、右足で強く踏み込む。地面から跳ね返る力を受けて、高く、高く、飛躍する。そうして、真っ青な空を見つめながら、マットに沈んでいく。
隼人は、自分の肉体の爪先から毛の先まで、神経を研ぎ澄ます。
ピッ
笛の音を合図に、隼人は瞳を開き、手を上げると、地を蹴った。
「……隼人、」
薫は、口元を両手で抑えて、小さく息を吐いた。心臓はドクドクと激しく脈打ち、身体中に熱い血が駆け巡る。久しぶりに目の当たりにした河島隼人は、太陽の下で燦然と光輝き、空に届くほどに高く飛び立っていた。
どうして、俺は、あんな風に、成れないのだろう。
日陰者には、陽を浴びる隼人の勇姿が、あまりにも眩し過ぎた。薫は、隼人に対する憧れにも似た妬ましさに、胃の辺りが熱く煮えて、背中を震わせて俯いた。
「薫、具合悪くなってきたのか?」
「…………大丈夫だよ。ちょっと暑くて、」
薫の兄は、隣で丸くなった背中を優しく擦りながら、心配そうに声をかけた。薫は、顔を上げると、力なく笑って、額にかいた汗を拭った。
神崎兄弟は、観覧席の後方の隅で、グラウンドを見守っていた。入院中であるはずの薫が、学友たちに見つかるわけにもいかず、カーキ色の帽子を目深に被って目立たないように、じっとしていることしかできないでいる。
「隼人、すげー!」
「1m96cm跳んだの、ベータだと隼人だけだろ?」
「まだ余裕ありそうだよなー!」
瞳を輝かせて、クラスメイトたちが隼人の健闘を称え合っている。そんな彼等を、薫は遠くから見つめていた。
「河島くん、あれでベータなのか。すごいなぁ」
「……うん。隼人は、ホントにスゴいんだよ」
グラウンドを見つめたまま、響は、感心したように呟いた。薫は、自分のことのように嬉しくなって、照れ臭そうに、小さく笑う。
薫は、胸の辺りを、ぎゅっと握り締めて、祈る。
隼人が、もっと、高く、跳べますように。
「隼人ー! がんばれよー!」
河島隼人は、観客席に軽く手を振った。
競技用のランニングから伸びる腕は、無駄なく引き締まり、足の筋肉は飛躍するために鍛え抜かれて太く逞しい。
進学校である学園は、部活動の面では強豪校というわけではない。長く続ける者であっても、二年の夏が引退試合である。
それでも、Bクラスの学友たちは、隼人を応援するために集まった。それは、彼の輝かしい成績と、彼の人徳によるところであろう。
隼人は観客席を見上げる。級友たちの後方まで、見渡そうとしたけれど、刺すような夏の日差しに、目が眩む。
薫は来てくれただろうか。
隼人は頭を軽く振った。今は、誰よりも、何よりも、高く、高く、跳ぶことだけに集中しなければならない。
瞳を閉じて、イメージを膨らませていけば、周囲の雑音は、次第に遠ざかり、心地好い静寂に包まれる。
地を軽く蹴って助走をつけ、右足で強く踏み込む。地面から跳ね返る力を受けて、高く、高く、飛躍する。そうして、真っ青な空を見つめながら、マットに沈んでいく。
隼人は、自分の肉体の爪先から毛の先まで、神経を研ぎ澄ます。
ピッ
笛の音を合図に、隼人は瞳を開き、手を上げると、地を蹴った。
「……隼人、」
薫は、口元を両手で抑えて、小さく息を吐いた。心臓はドクドクと激しく脈打ち、身体中に熱い血が駆け巡る。久しぶりに目の当たりにした河島隼人は、太陽の下で燦然と光輝き、空に届くほどに高く飛び立っていた。
どうして、俺は、あんな風に、成れないのだろう。
日陰者には、陽を浴びる隼人の勇姿が、あまりにも眩し過ぎた。薫は、隼人に対する憧れにも似た妬ましさに、胃の辺りが熱く煮えて、背中を震わせて俯いた。
「薫、具合悪くなってきたのか?」
「…………大丈夫だよ。ちょっと暑くて、」
薫の兄は、隣で丸くなった背中を優しく擦りながら、心配そうに声をかけた。薫は、顔を上げると、力なく笑って、額にかいた汗を拭った。
神崎兄弟は、観覧席の後方の隅で、グラウンドを見守っていた。入院中であるはずの薫が、学友たちに見つかるわけにもいかず、カーキ色の帽子を目深に被って目立たないように、じっとしていることしかできないでいる。
「隼人、すげー!」
「1m96cm跳んだの、ベータだと隼人だけだろ?」
「まだ余裕ありそうだよなー!」
瞳を輝かせて、クラスメイトたちが隼人の健闘を称え合っている。そんな彼等を、薫は遠くから見つめていた。
「河島くん、あれでベータなのか。すごいなぁ」
「……うん。隼人は、ホントにスゴいんだよ」
グラウンドを見つめたまま、響は、感心したように呟いた。薫は、自分のことのように嬉しくなって、照れ臭そうに、小さく笑う。
薫は、胸の辺りを、ぎゅっと握り締めて、祈る。
隼人が、もっと、高く、跳べますように。
10
あなたにおすすめの小説
最強βの俺が偽装Ωになったら、フェロモン無効なのに狂犬王子に求愛されました~前世武道家なので物理で分からせます~
水凪しおん
BL
前世は日本の武道家、今世は平民β(ベータ)のルッツ。
「Ωだって強い」ことを証明するため、性別を偽り「Ω」として騎士団へ入団した彼は、その卓越した身体能力と前世の武術で周囲を圧倒する。
しかし、その強さと堂々とした態度が仇となり、最強のα(アルファ)である第一王子・イグニスの目に止まってしまった!
「お前こそ俺の運命の番だ」
βだからフェロモンなんて効かないのに、なぜかイグニスの熱烈な求愛(物理)攻撃を受ける日々に突入!?
勘違いから始まる、武闘派β×最強王子のドタバタ王宮BLファンタジー!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
肩甲骨に薔薇の種(アルファポリス版・完結済)
おにぎり1000米
BL
エンジニアの三波朋晴はモデルに間違われることもある美形のオメガだが、学生の頃から誰とも固定した関係を持つことができないでいる。しかしとあるきっかけで年上のベータ、佐枝峡と出会い、好意をもつが…
*オメガバース(独自設定あり)ベータ×オメガ 年齢差カプ
*『まばゆいほどに深い闇』の脇キャラによるスピンオフなので、キャラクターがかぶります。本編+後日談。他サイト掲載作品の改稿修正版につきアルファポリス版としましたが、内容はあまり変わりません。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
獣人王と番の寵妃
沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる