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序章
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矢口と付き合い始めて二ヶ月ほどになる。といっても、とても成人男性の付き合い方とは言えないのかもしれない。矢口なりに、俺がイヤがることはしない、という約束を尊重しているのだろう。
「瀬川さん、少し休憩しませんか?」
フロアで働く人間が帰っていき、残っているのが俺と矢口だけになると声がかかる。フロアの隣にある給湯室。矢口が後ろ手で扉を閉めると、雰囲気は一転する。背丈はそんなに差がないはずなのに、その切ない眼差しに見つめられると、いつも足がすくんでしまう。それでも、俺の頬に添えてくる手は優しかった。
キスまでなら許すことになっているからと、近づいてくる顔に、瞼を閉じると、唇が重ねられる。されるがままに任せると、優しく啄むようにキスされる。何度も、何度も。これしか許されないのなら、と言わんばかりで。それでも、初めて会議室でしてきたような強引さはなかった。
「瀬川さん」
キスの合間に呼ばれる熱っぽい名前の響きだとか、頬に添えられた僅かな手の震えだとか、求められていると感じると、胸の奥がきゅっと締まる。
矢口は、俺を腕の中に抱き込むと、うっとりとした息を吐いた。そのまま男に身を預けていれば、厚い胸の奥でドクドクと脈打つ心音が、触れているところから伝わってくる。矢口の愛用している爽やかな柑橘系の香水も覚えてしまった。
「いつか、俺のこと、好きになってくれますか?」
矢口の問いかけに、口を開きかけるも、閉じるしかなかった。今の俺に、何が言えるというのだろう。
「すみません、あの、俺、帰りますね」
矢口は俺から離れて、笑顔で「お疲れさまでした」と頭を下げた。矢口が給湯室から去っていくと、いつも、これは夢だったのではないか、と不思議な感覚に陥る。それでも、給湯室を一歩出れば、そこはいつもの職場である。
「参ったな」
あんなふざけた告白だったのに、日を追うごとに矢口の想いを思い知らされていくようで。無理やり付き合わされているのは俺の方なのに、まるで悪いことをしているような気になってしまう。
俺はどうすればよかったのだろう。
考えかけて首を振った。今さら約束を反故にすることもできないのだから、この課題はできうる限り棚上げしておくしかないのだ。
「瀬川さん、少し休憩しませんか?」
フロアで働く人間が帰っていき、残っているのが俺と矢口だけになると声がかかる。フロアの隣にある給湯室。矢口が後ろ手で扉を閉めると、雰囲気は一転する。背丈はそんなに差がないはずなのに、その切ない眼差しに見つめられると、いつも足がすくんでしまう。それでも、俺の頬に添えてくる手は優しかった。
キスまでなら許すことになっているからと、近づいてくる顔に、瞼を閉じると、唇が重ねられる。されるがままに任せると、優しく啄むようにキスされる。何度も、何度も。これしか許されないのなら、と言わんばかりで。それでも、初めて会議室でしてきたような強引さはなかった。
「瀬川さん」
キスの合間に呼ばれる熱っぽい名前の響きだとか、頬に添えられた僅かな手の震えだとか、求められていると感じると、胸の奥がきゅっと締まる。
矢口は、俺を腕の中に抱き込むと、うっとりとした息を吐いた。そのまま男に身を預けていれば、厚い胸の奥でドクドクと脈打つ心音が、触れているところから伝わってくる。矢口の愛用している爽やかな柑橘系の香水も覚えてしまった。
「いつか、俺のこと、好きになってくれますか?」
矢口の問いかけに、口を開きかけるも、閉じるしかなかった。今の俺に、何が言えるというのだろう。
「すみません、あの、俺、帰りますね」
矢口は俺から離れて、笑顔で「お疲れさまでした」と頭を下げた。矢口が給湯室から去っていくと、いつも、これは夢だったのではないか、と不思議な感覚に陥る。それでも、給湯室を一歩出れば、そこはいつもの職場である。
「参ったな」
あんなふざけた告白だったのに、日を追うごとに矢口の想いを思い知らされていくようで。無理やり付き合わされているのは俺の方なのに、まるで悪いことをしているような気になってしまう。
俺はどうすればよかったのだろう。
考えかけて首を振った。今さら約束を反故にすることもできないのだから、この課題はできうる限り棚上げしておくしかないのだ。
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