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1 on 1 meeting

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 1 on 1 meeting 制度を取り入れている企業は年々増加傾向だ。端的にいえば、月に一度、上司と部下で一対一の面談を行い、部下のキャリアやプライベートの相談に寄り添って、良好な信頼関係と部下の成長を促す試みである。

 当社も例に漏れず、実施に踏み切った。近年は心を病み、休職や離職する社員が増えていることから、何かしらの対策が必要と苦肉の策なのだろう。

 このクソ忙しい時期に、面倒な制度の導入を決めた役員連中に苛立ちは感じるものの、サラリーマンの宿命と諦めるしかない。

 初回は、金曜日の昼から一人ずつ会議室で面談することにした。現在のプロジェクトのメンバーは六名。貴重な半日を雑談に費やすことになる。このために、また残業が増えると思うと気が滅入った。

 実際に面談してみれば、プロジェクトに対する不満がポツポツ浮上してくる。ある程度は覚悟していたものの、スケジュールが厳しすぎるだの、周知事項がうまく展開されていないだの、改善策が上手く取れていないことを遠回しに非難されているのがわかる。管理面の不満は、結果的に俺に対する不満ということだ。

 五人の面談が終わったところで、部下よりも俺のメンタルの方が病みそうだ、とテーブルにうつ伏せた。時計を見れば、定時になる目前である。

「瀬川さん、俺で最後ですか?」

 コンコンとノックして現れたのは、本日最後の面談者である矢口暁斗だった。入社三年目の若手社員。矢口は理系出身ではないものの、理解力が抜群で、丁寧で迅速な仕事ぶりが俺の中では高評価だ。雑な指示でも、きちんと意図を汲み取り、成果を残してくれるところもポイントが高い。

 依頼した業務が終わると「瀬川さん見てください!」と嬉しそうに成果を見せてくれるので、ついつい「さすが矢口くん!期待のエースだな!」と褒め称えて、更に厄介な仕事を投げつけるというサイクルで仕事を回してきた。どんどん難易度を上げて仕事を回しているうちに、キーパーソンとしてプロジェクトに必要不可欠な存在になりつつある。

「矢口くんも、俺をダメなリーダーって罵るつもりなんだろ?」
「何言ってるんですか。瀬川さんは皆さんに慕われているじゃありませんか」

 矢口は、嬉しそうに笑うと正面の椅子に腰をおろした。

「だって、あいつら、不満ばっかりだったんだ」
「いやいや、不満をちゃんと口に出せるってことは、瀬川さんなら解ってくれる、改善してくれる、って信頼があるからですって」
「矢口くんは口が上手いな」

 邪気がない顔でニコニコと笑っている顔に、こちらの顔もゆるんだ。無表情のときはクールに見えるが、笑った顔は子犬のように可愛い、と数少ない女子社員たちが騒いでいたのを思い出した。洒落っ気のあるスーツを着こなし、人当たりの良い陽気な雰囲気の彼は、システムエンジニアというより営業部の人間に近い。

「それで、仕事面で困っていることはないのか。後輩の教育もあるのに、結構タイトなスケジュールにしてあるし」
「憧れの瀬川さんと働けて、俺すごく幸せですよ」
「そうか。なら良かった」

 正面切って言われると少し照れる。彼の本心が、お世辞やゴマすりでも構わない。今日の面談はもうこれで終わっていいだろう。かなりメンタルはやられたが、最後は気持ちよく終われたのでヨシとしよう。

「ところで、プライベートな相談も聞いてもらえるんでしたっけ?」
「ああ……もちろん」

 終わろうとした気配を感じたのか、矢口が小首を傾げた。カウンセラーでもないのに、部下のプライベートのお悩み相談にも耳を貸さなければならない。そういう業務である。もう、これが終わっても通常業務をこなす気分になれそうもないと、無意識にネクタイを緩めた。

「気になっている人がいるんですが、どうしても、もう一歩が踏み出せなくて」
「まさかの恋愛相談か。矢口くんには彼女の一人や二人いるもんだと思ってたよ」
「残念ながら、入社してからずっとフリーですよ」
「意外だなぁ。モテそうなのに」
「瀬川さんはお付き合いされている方はいるんですか?」
「いたらこんなに残業も休日出勤もしてないな、というか、それでフラれたんだけど」
「そうなんですか」
「俺の話はいいから」

 矢口は少し天井を仰ぎ見てから、意を決したように俺の目を見据えた。無表情だと整っている顔立ちが際立つ。

「瀬川さんは職場恋愛ってありだと思いますか?」
「うーん、社内の人間か。俺的にはアリだと思う。というか、この業界は出会いが少ないから、もう職場で探すのも悪くないと思うぞ。バレないに越したことはないが、会社の規定でも特に禁止してないしな。まあ、仕事に支障が出ないのが前提だけど」
「へーそうなんですね。じゃあ、俺もがんばってみようかな」
「有沢さんか?」

 頭に浮かんだのは同じプロジェクトの新人で紅一点の女子社員。小柄で可愛らしい容姿に、丁寧でコツコツした仕事ぶり。絶対数が少ない女子社員の中でも、その愛らしい姿はポイントが高く、狙っている野郎共も多い。
 仕事上では、先輩の矢口に頼っている姿が目立つ。そういえば、時折、矢口を見て頬を赤らめていることがあったように思う。プロジェクト内での恋愛は少し厄介な案件かもしれない。

「違います。有沢さんじゃありません」

 きっぱりと言い放つ矢口に、首を傾げた。他に矢口と親しい女子社員はいただろうか。数少ない社内の女子社員の顔を順番に思い出そうと天井を見上げる。

「俺、自信ないんです。きっとドン引きされるんじゃないかな」
「はぁ? 矢口くんみたいなイケメンに告白されてドン引きされるんだったら、俺なんてどうなるんだよ」
「引かれませんかね」

 不安そうに矢口が眉を曇らせる。

「引かない引かない」

 俺はヒラヒラと手を振った。意中の相手がフリーなら、こんなイケメンがフラれることはないだろう。「それでは」と、矢口はコホンと咳払いを一つ。

「瀬川さん、好きです。お付き合いしてください」

 一瞬、頭がフリーズした。

「ちょっと待て。瀬川さんって……おれのことか?」
「そうですよ?」

 矢口がキョトンとした顔で小首を傾げてくるものだから、俺の理解力の方に欠陥があるのではないかと不安になってくる。

「わかった。罰ゲームか何かだろ?」
「違いますよ」
「俺、男だけど」
「知ってますよ」

 とんでもない爆弾を投下しておきながら、落ち着き払って微笑んでいる矢口が少しこわい。

「何かの間違いじゃないか? 俺からいうのもなんだけど、『憧れの先輩』としての好きを、恋愛と混同してるとかさ」
「そんなことありません。ちゃんと好きですよ」
「矢口くんは、男が好きなのか?」
「んー? どうでしょうか?  でも、瀬川さんを見てるとムラムラします」
「お、おう……」
 
 知りたくもない情報が追加された。LGBTというやつだろうか。申し訳ないが、偏見もなければ理解もない。可愛がっていた後輩が、急に得たいの知れない生き物に見えてくる。

「あの、ちなみに聞くんだけど、俺がお付き合いを断った場合はどうするつもりだ?」
「会社を辞めます」
「は?」
「もう一緒に働けるわけないでしょう」

 あまりにも極端な言い分に頭痛がしてきた。「付き合わないと会社を辞めてやる!」ってことなのか。もしかすると、俺は、今、部下に脅されていたりするのだろうか。

「お付き合いをした場合は、俺はどうなるんだよ。俺は普通の男なんだけど」
「瀬川さんのイヤがることはしません……たぶん」
「その、『たぶん』ってとこ、すごいこわいんだけど」
「前向きにご検討いただけませんか」

 矢口はぎゅっと俺の両手を掴んだ。潤んだ眼差しはまるで捨てられた子犬のよう。

「一旦、保留にしてくれないか」

 俺に残された選択肢は少ない。けれど、出来る限りこの課題を棚上げしたい。いや、できれば、握り潰してなかったことにしてしまいたい。

「じつは、今日、退職願いを持ってきているんです。お返事次第で提出しようと思いまして」

 すっとテーブルの上に出された封筒に、眩暈がした。

「矢口くん、落ち着こう。会社辞めるとか急すぎ」
「退職願いを出しても会社の規定で三ヶ月は辞められないので、引き継ぎはできますよ」
「いやいやいや、矢口くんに辞められたら、このプロジェクト破綻するから!」
「そうなんですか。じゃあ、選択肢は一つしかありませんね」

 俺はテーブルにうつ伏せた。呑気に微笑んでいる男が憎たらしく見えてくる。仕事を守るか、貞操を守るか。

「なあ、俺のイヤがることしないって、約束守れるのか」
「はい。瀬川さんに嫌われたくありませんから」

 希望に輝く瞳が眩しい。素直にどんな仕事も引き受けてくれる後輩の矢口。大事な、大事な、俺の戦力。こんなところで失うわけにはいかない。

「仕方ない。試しに付き合ってやるよ」

 矢口は、ほんの少し目を見開いて「ありがとうございます」と、はにかんだ。

「じゃあ、今日のミーティングは終了ってことで」

 とりあえず、当面のことは考えないことにして、立ち上がった。と、腕を引かれる。唇に温かく柔らかい感触。矢口の端正な顔が眼前に。机を挟んで、身を乗り出してキスされていると気づいたときには、後頭部を押さえられて、口の中に舌を差し込まれていた。

 久しぶりの濃厚なキスに戸惑いながら、なぜか受け入れている自分に驚く。舌で口内をゆっくりと探られて、きゅんと腹の奥が熱くなった。何度も重ねた唇が、離れると、嬉しそうに矢口が笑う。

「…………おい、ちょっと待て、俺のイヤがることしないって約束はどうなった?」
「え? キスはダメでした? 殴られなかったのでいいのかと思いました」

 カッと顔が熱くなる。

「瀬川さんは、やっぱり可愛いな」
「これ以上はダメだから、な?」

 矢口は薄く笑って、俺の頬に手を添えた。見つめてくる瞳は熱っぽい。

「俺、瀬川さんのためなら、もっと仕事も頑張れますよ」
「そ、そうか、期待してるぞ……」

 再び近づいてくる男の顔に、自然と瞼を閉じてしまった。

 大丈夫。大丈夫。矢口は俺のイヤがることはしないと約束したのだ。一抹の不安を覚えながらも、矢口の唇を受け入れていた。

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