59 / 95
12月15日(土)
第57話
しおりを挟む
「お、うまそー!」
風呂から上がると、ローテーブルに並べられた夕飯に目が止まった。食卓の前に腰を下ろしていた暁斗は、俺に苦笑いを向けた。
手作りのミートドリア、シーザーサラダ、野菜スープが彩りも豊かに並んで、相変わらずカフェのようだ。チーズと挽肉の焼けた香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、昼食を抜いた空っぽの腹がぐぅと鳴った。
男の隣に座って笑顔を向けると、暁斗は少し視線を落とした。いただきます、と手を合わせて温かい食事にありつく。
コンビニやファミレスで食べるドリアとは違い、手作り特有の優しい味付けに、ほっとする。うまい、と顔を綻ばせて暁斗の腕を肘に押しつけた。暁斗は「よかったです」と寂しげに笑って、自分も食事を始めた。
しばらくお互いに無言で食べ進めていたが、躊躇いがちに、暁斗がスプーンを置いた。
「俺、何か気に障ること、しましたか?」
瞬間、身体が強張った。俺の失言は、やはり取り繕うのは難しく、誤魔化すことはできそうになかった。暁斗の暗い顔に、溜め息を吐いた。
「暁斗は何も悪くないから」
「やっぱり重いですか。俺って」
「そんなんじゃない」
綺麗に整えられた部屋。水カビ一つないバスルーム。ふわふわのバスタオル。華やかに並べられた手料理。そういうものを素直に受け入れられたのは、暁斗と関係を続けるつもりがなかったからかもしれない。
「何かあるなら言ってください」
暁斗の言葉に観念する。
「俺は家事とか苦手だし、だらしないから、暁斗みたいにできないと思っただけだよ」
「そんなの気にしませんけど」
俺の言葉に、暁斗は怪訝な顔つきで視線を寄越した。暁斗からすると、きっと、意味がわからないだろうな、と思うと気恥ずかしい。
「だから俺の問題なんだって」
暁斗にとっては、特別なことではないのだろう。けれど、俺には難しいことを、暁斗は容易くこなしてしまう。ただ一方的に与えられると、気後れしてしまう。この綺麗な部屋を散らかしてしまいそうで。そうして、ある時を境に「疲れたな」というような溜め息を吐かれるのではないか、なんてツマラナイことを考えてしまう。
「課題の共有はしていただけないってことですか?」
暁斗が無表情で言い放った。
「なんで、そうなるんだよ」
どこか怒りのようなものを感じて、内心焦る。
「佑介は、はぐらかしてばかりじゃないですか。なんでも一人で自己完結してしまって、俺には何も言ってくれませんよね?」
暁斗がじっと瞳を射ぬいてくる。スッと血の気が引いて、じんわりと嫌な汗が額に滲んだ。
「嫌われたくないんだよ」
「え?」
「嫌われたくないんだ。暁斗に」
目を見開く暁斗に、恥ずかしくて思わず顔を背けた。結局、俺の悩みの行き着く先はそれしかない。暁斗に嫌われるんじゃないかと思うと、自分に自信がなくなっていく。
「俺は、暁斗が思うほど大人じゃないし、これから幻滅していくことの方が多いと思うんだ。現に、今、暁斗に不快な思いをさせているだろ?」
暁斗は何も言わない。呆れてしまっただろうか。しんと静まり返った空間に堪えられずに、顔をあげた。
暁斗は、じっとこちらを凝視して微動だにしない。
「暁斗?」
暁斗は俺の頬に手を添えて、唇を重ねてきた。呆気に取られているうちに、何度も唇を重ねられ、だんだん熱くて深いものになっていく。されるがままに、舌を絡ませながら、意味がわからなくて、少し混乱してくる。
口蓋に舌を這わされて、ゾクゾクと背筋が甘く痺れた。ようやく離れた唇からは、浅い息遣いが漏れだしてくる。暁斗の熱っぽく潤んだ瞳と目があった。
「なに、するんだよ」
暁斗の手が腰に回されて、そのままラグの上に寝かされた。見下ろしてくる暁斗は、少し困ったように笑う。
「佑介のことを嫌いになるなんて、ないですから」
暁斗の燃え上がり方は、情熱的で、盲目的で、ある時に、一気に冷めてしまいそうで、少しこわい。そういう、今、考えても仕方のない未来ばかりに気を取られて、目の前の暁斗を蔑ろにしている自覚もある。そんなマイナス思考な自分は好きではなくて、そんな格好悪い自分は、暁斗に嫌われてしまいそうで。
「……ん、」
暁斗は、なんだかスイッチが入ってしまったらしく、俺のシャツの中に手を滑らせてくる。けれど、肌を重ねるのは暁斗を感じられて、安心するから、こうして流されてしまうのも悪くないかもしれない。つまらない思考を裁ち切るように、暁斗の首に腕を回して、自ら唇を重ね合わせた。
風呂から上がると、ローテーブルに並べられた夕飯に目が止まった。食卓の前に腰を下ろしていた暁斗は、俺に苦笑いを向けた。
手作りのミートドリア、シーザーサラダ、野菜スープが彩りも豊かに並んで、相変わらずカフェのようだ。チーズと挽肉の焼けた香ばしい匂いが鼻孔をくすぐり、昼食を抜いた空っぽの腹がぐぅと鳴った。
男の隣に座って笑顔を向けると、暁斗は少し視線を落とした。いただきます、と手を合わせて温かい食事にありつく。
コンビニやファミレスで食べるドリアとは違い、手作り特有の優しい味付けに、ほっとする。うまい、と顔を綻ばせて暁斗の腕を肘に押しつけた。暁斗は「よかったです」と寂しげに笑って、自分も食事を始めた。
しばらくお互いに無言で食べ進めていたが、躊躇いがちに、暁斗がスプーンを置いた。
「俺、何か気に障ること、しましたか?」
瞬間、身体が強張った。俺の失言は、やはり取り繕うのは難しく、誤魔化すことはできそうになかった。暁斗の暗い顔に、溜め息を吐いた。
「暁斗は何も悪くないから」
「やっぱり重いですか。俺って」
「そんなんじゃない」
綺麗に整えられた部屋。水カビ一つないバスルーム。ふわふわのバスタオル。華やかに並べられた手料理。そういうものを素直に受け入れられたのは、暁斗と関係を続けるつもりがなかったからかもしれない。
「何かあるなら言ってください」
暁斗の言葉に観念する。
「俺は家事とか苦手だし、だらしないから、暁斗みたいにできないと思っただけだよ」
「そんなの気にしませんけど」
俺の言葉に、暁斗は怪訝な顔つきで視線を寄越した。暁斗からすると、きっと、意味がわからないだろうな、と思うと気恥ずかしい。
「だから俺の問題なんだって」
暁斗にとっては、特別なことではないのだろう。けれど、俺には難しいことを、暁斗は容易くこなしてしまう。ただ一方的に与えられると、気後れしてしまう。この綺麗な部屋を散らかしてしまいそうで。そうして、ある時を境に「疲れたな」というような溜め息を吐かれるのではないか、なんてツマラナイことを考えてしまう。
「課題の共有はしていただけないってことですか?」
暁斗が無表情で言い放った。
「なんで、そうなるんだよ」
どこか怒りのようなものを感じて、内心焦る。
「佑介は、はぐらかしてばかりじゃないですか。なんでも一人で自己完結してしまって、俺には何も言ってくれませんよね?」
暁斗がじっと瞳を射ぬいてくる。スッと血の気が引いて、じんわりと嫌な汗が額に滲んだ。
「嫌われたくないんだよ」
「え?」
「嫌われたくないんだ。暁斗に」
目を見開く暁斗に、恥ずかしくて思わず顔を背けた。結局、俺の悩みの行き着く先はそれしかない。暁斗に嫌われるんじゃないかと思うと、自分に自信がなくなっていく。
「俺は、暁斗が思うほど大人じゃないし、これから幻滅していくことの方が多いと思うんだ。現に、今、暁斗に不快な思いをさせているだろ?」
暁斗は何も言わない。呆れてしまっただろうか。しんと静まり返った空間に堪えられずに、顔をあげた。
暁斗は、じっとこちらを凝視して微動だにしない。
「暁斗?」
暁斗は俺の頬に手を添えて、唇を重ねてきた。呆気に取られているうちに、何度も唇を重ねられ、だんだん熱くて深いものになっていく。されるがままに、舌を絡ませながら、意味がわからなくて、少し混乱してくる。
口蓋に舌を這わされて、ゾクゾクと背筋が甘く痺れた。ようやく離れた唇からは、浅い息遣いが漏れだしてくる。暁斗の熱っぽく潤んだ瞳と目があった。
「なに、するんだよ」
暁斗の手が腰に回されて、そのままラグの上に寝かされた。見下ろしてくる暁斗は、少し困ったように笑う。
「佑介のことを嫌いになるなんて、ないですから」
暁斗の燃え上がり方は、情熱的で、盲目的で、ある時に、一気に冷めてしまいそうで、少しこわい。そういう、今、考えても仕方のない未来ばかりに気を取られて、目の前の暁斗を蔑ろにしている自覚もある。そんなマイナス思考な自分は好きではなくて、そんな格好悪い自分は、暁斗に嫌われてしまいそうで。
「……ん、」
暁斗は、なんだかスイッチが入ってしまったらしく、俺のシャツの中に手を滑らせてくる。けれど、肌を重ねるのは暁斗を感じられて、安心するから、こうして流されてしまうのも悪くないかもしれない。つまらない思考を裁ち切るように、暁斗の首に腕を回して、自ら唇を重ね合わせた。
5
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
優しく恋心奪われて
静羽(しずは)
BL
新人社員・湊が配属されたのは社内でも一目置かれる綾瀬のチームだった。
厳しくて近寄りがたい、、、そう思っていたはずの先輩はなぜか湊の些細な動きにだけ視線を留める。
綾瀬は自覚している。
自分が男を好きになることも、そして湊に一目で惹かれてしまったことも。
一方の湊は、まだ知らない。
自分がノーマルだと思っていたのにこの胸のざわつきは、、、。
二人の距離は、少しずつ近づいていく。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる