79 / 95
12月24日(月)
第77話
しおりを挟む
暁斗の「手伝いましょうか」という申し出を断って、満身創痍の身体を引き摺り、風呂場で後始末をすると、部屋に戻ってベッドに倒れ込んだ。
「大丈夫ですか……?」
暁斗が不安気に聞いてくるものだから、「なんとか」と、苦笑いして見せた。けれど、血こそ流れていないものの、身体の奥底はヒリヒリと熱く、尻に何かが挟まっているような違和感が拭えない。腰や股関節は軋むように痛んで、身体が怠く重かった。
ぐちゃぐちゃになったシーツは、綺麗なシーツに取り替えられていて、柔軟剤のいい匂いと、気持ちの良い肌触りで、このまま眠ってしまいたくなる。
暁斗が俺の頭を、くしゃりと軽く撫でた。そうして、床に散らばった衣類を集めて、脱衣場に消えていく気配を感じた。
「煙草、吸いたい……」
独り言を呟いて、瞼を開く。なんだかゾワゾワする胸の奥を落ち着けたくて、重い腰を上げて、ベッドから抜け出すと、玄関先に掛けられているコートを羽織る。
ポケットに煙草の箱とライターがあることを確認すると、裸足のまま靴を履いて、玄関ドアを開けた。
「さむ……」
頬を撫でる冬の風は凍るように冷たくて、身震いする。薄手のシャツとスウェットの上からでは、厚手のコートを着込んでも防寒は万全ではなかった。
それでも、部屋でヤニを吸うのは憚られた。外壁に背中を預けて、煙草を咥える。
これで、よかったのだろうか。
後悔しているわけではなかったけれど、なんとなく居心地が悪い。今更ではあったけれど、これ以上ないほどに暁斗に醜態を晒してしまった。
暁斗はどう思ったのだろうか。この関係をどう進めていいか、わからなかったから、暁斗が望むようにと応えてきた。
少し強引なところもあったけれど、暁斗のペニスをこの身に受け入れた。暁斗が何かとても「それ」に期待していたようだったから。けれど、「これ」がその期待に沿ったものだったのかはわからない。
やっぱり女の方がいい、なんて、思ったりしただろうか。暁斗は、とても良かった、なんて言っていたけれど、俺だって、抱いた女がイマイチだったとしても、正直に言うはずがない。
俺は男だし、女になりたいわけでもない。女のように扱われたから、そんなつまらないことを思うのだろうか。
紫煙をくぐらせながら、ぼんやりと冬の澄んだ空を眺めた。
ガチャリと音がして、ドアが開かれる。部屋から薄着の男が飛び出してきて、そのまま外廊下の手すり壁に両手をついて身を乗り出した。
血の気を失ったその横顔に、呆気に取られる。
「暁斗?」
暁斗は弾かれたように、こちらに顔を向けて、眉を曇らせた。
「帰ってしまったのかと」
「え?……あ、煙草吸ってただけだよ。黙って帰ったりしないから」
溜め息を吐いて、暁斗は目元を手で覆った。呆れられたのだろうか。
「悪かったよ。部屋に戻るから」
短くなった煙草を携帯灰皿で消して、苦笑いで誤魔化した。
部屋に戻ってコートを脱ぐと、唐突に後ろから抱き止められた。暁斗の腕が冷たくて、ビクリと肩が揺れた。
「今日も泊まっていってくれませんか?」
後ろから低い声で囁かれて、きゅっと胸の奥が締まる。
「明日は仕事だろ? 今日、帰らないと着ていくスーツもないから」
「…………そう、ですよね」
暁斗の腕が緩んで、離れていく。
本当は、身体も怠くて帰るのは面倒だったし、暁斗とこうして、もっと触れ合っていたい気持ちもあった。振り返ると、暁斗は寂しそうに微笑んでいて、なんだか、自分の気持ちと重なるような気がして、少し安堵する。
「夕飯は、何か作るんだろ?」
「そういえば、朝も昼も食べ損ねてしまいましたね。少し早めの夕飯にしますか?」
時計を見れば、もう夕刻になるところだった。急に空腹感を覚えて、腹の虫が鳴り出す。
暁斗は可笑しそうに、小首を傾げた。
「大丈夫ですか……?」
暁斗が不安気に聞いてくるものだから、「なんとか」と、苦笑いして見せた。けれど、血こそ流れていないものの、身体の奥底はヒリヒリと熱く、尻に何かが挟まっているような違和感が拭えない。腰や股関節は軋むように痛んで、身体が怠く重かった。
ぐちゃぐちゃになったシーツは、綺麗なシーツに取り替えられていて、柔軟剤のいい匂いと、気持ちの良い肌触りで、このまま眠ってしまいたくなる。
暁斗が俺の頭を、くしゃりと軽く撫でた。そうして、床に散らばった衣類を集めて、脱衣場に消えていく気配を感じた。
「煙草、吸いたい……」
独り言を呟いて、瞼を開く。なんだかゾワゾワする胸の奥を落ち着けたくて、重い腰を上げて、ベッドから抜け出すと、玄関先に掛けられているコートを羽織る。
ポケットに煙草の箱とライターがあることを確認すると、裸足のまま靴を履いて、玄関ドアを開けた。
「さむ……」
頬を撫でる冬の風は凍るように冷たくて、身震いする。薄手のシャツとスウェットの上からでは、厚手のコートを着込んでも防寒は万全ではなかった。
それでも、部屋でヤニを吸うのは憚られた。外壁に背中を預けて、煙草を咥える。
これで、よかったのだろうか。
後悔しているわけではなかったけれど、なんとなく居心地が悪い。今更ではあったけれど、これ以上ないほどに暁斗に醜態を晒してしまった。
暁斗はどう思ったのだろうか。この関係をどう進めていいか、わからなかったから、暁斗が望むようにと応えてきた。
少し強引なところもあったけれど、暁斗のペニスをこの身に受け入れた。暁斗が何かとても「それ」に期待していたようだったから。けれど、「これ」がその期待に沿ったものだったのかはわからない。
やっぱり女の方がいい、なんて、思ったりしただろうか。暁斗は、とても良かった、なんて言っていたけれど、俺だって、抱いた女がイマイチだったとしても、正直に言うはずがない。
俺は男だし、女になりたいわけでもない。女のように扱われたから、そんなつまらないことを思うのだろうか。
紫煙をくぐらせながら、ぼんやりと冬の澄んだ空を眺めた。
ガチャリと音がして、ドアが開かれる。部屋から薄着の男が飛び出してきて、そのまま外廊下の手すり壁に両手をついて身を乗り出した。
血の気を失ったその横顔に、呆気に取られる。
「暁斗?」
暁斗は弾かれたように、こちらに顔を向けて、眉を曇らせた。
「帰ってしまったのかと」
「え?……あ、煙草吸ってただけだよ。黙って帰ったりしないから」
溜め息を吐いて、暁斗は目元を手で覆った。呆れられたのだろうか。
「悪かったよ。部屋に戻るから」
短くなった煙草を携帯灰皿で消して、苦笑いで誤魔化した。
部屋に戻ってコートを脱ぐと、唐突に後ろから抱き止められた。暁斗の腕が冷たくて、ビクリと肩が揺れた。
「今日も泊まっていってくれませんか?」
後ろから低い声で囁かれて、きゅっと胸の奥が締まる。
「明日は仕事だろ? 今日、帰らないと着ていくスーツもないから」
「…………そう、ですよね」
暁斗の腕が緩んで、離れていく。
本当は、身体も怠くて帰るのは面倒だったし、暁斗とこうして、もっと触れ合っていたい気持ちもあった。振り返ると、暁斗は寂しそうに微笑んでいて、なんだか、自分の気持ちと重なるような気がして、少し安堵する。
「夕飯は、何か作るんだろ?」
「そういえば、朝も昼も食べ損ねてしまいましたね。少し早めの夕飯にしますか?」
時計を見れば、もう夕刻になるところだった。急に空腹感を覚えて、腹の虫が鳴り出す。
暁斗は可笑しそうに、小首を傾げた。
5
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
優しく恋心奪われて
静羽(しずは)
BL
新人社員・湊が配属されたのは社内でも一目置かれる綾瀬のチームだった。
厳しくて近寄りがたい、、、そう思っていたはずの先輩はなぜか湊の些細な動きにだけ視線を留める。
綾瀬は自覚している。
自分が男を好きになることも、そして湊に一目で惹かれてしまったことも。
一方の湊は、まだ知らない。
自分がノーマルだと思っていたのにこの胸のざわつきは、、、。
二人の距離は、少しずつ近づいていく。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる