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nao@そのエラー完結

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12月25日(火)

第79話

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「お疲れ様です」

 営業部のフロアに足を踏み入れると、数名の視線がこちらに集まって、口々に「お疲れ様でーす」と返ってくる。
 彼等に軽い会釈を返しながら、フロアに足を踏み入れたはいいが、一番奥にある営業本部長席が空席であることに気がついた。

「吉田、松島本部長って離席中か?」
「あれ、煙草休憩でも行ったかな」

 仕方なく、近くの吉田の席に歩み寄って訊ねてみたが、同期の男は本部長席を軽く一瞥すると、気のない返事をした。
 篠田マネージャーから書類を預り、松島本部長に手渡すという、簡単なお使いであったが、事前に内線の一本もしてくればよかったかなぁ、なんて頭をかいた。

 吉田に付箋とペンを借りて、伝言を走り書きして書類に貼りつける。
 社内文書の大半は、WEB上で完結できるようになったが、社外と取り交わす書類は未だに紙が主体である。完全なペーパレスの時代は、一体、いつになったら実現するのだろうか。

「っていうか、お前さ、俺に言うことあるんじゃねぇの?」

 借りたペンを返すと、吉田が片眉を上げて、文句を言いたげに口元を歪めた。

「あ! メリークリスマス!」

 思い付きをそのまま口にすると、吉田が「メリークリスマス……じゃねぇよ」と吹き出した。騒がしいフロアの中でも、俺達のやり取りは筒抜けらしく、周囲からクスクスと小さな笑い声が上がった。けれど、他に思い当たる節などない。

「そうだ。これやるよ」

 吉田はディスクの引き出しから小さな箱を取り出して、俺の方に軽く投げて寄越した。書類を抑えながら、片手で受け取る。

「ゴルフボールか?」
「そ。コンペの景品のあまり。お前、そういうの好きだろ?」

 三つ入りのゴルフボールの箱には、某有名ロボットアニメの機体が描かれている。もしかすると限定品かもしれない。

「こんなのあるんだな。ありがとう」
「それをもらったからには、来春のコンペには出ろよ」
「そういうことか……前向きに検討はさせていただきます」

 入社して二、三年目の頃に吉田に誘われてゴルフを始めたものの、社外勤務が続いたり、本社に戻ってからも仕事に追われてしまい、すっかりゴルフクラブを握る機会は減ってしまった。年に何度か開催される社内コンペの案内も、ここ数年はスキップしてしまっている。もし、来春のコンペに参加するなら、今からでも真面目に練習しなければ、この鈍った腕ではマトモにラウンドを回れないだろう。

「で、話を戻して、俺に言うことだけど……」
「なんだ、ゴルフじゃないのか」

 吉田は、溜め息混じりに唇を歪ませて、じぃと見上げてきた。

「来月から、社外勤務とか聞いてねーんだけど」
「そうだったか?」
「神戸行った後、そのままM社勤務になるんだろ?」
「まあ」
「俺とのサシ飲み、流そうとしてないか?」
「……んー、月に二回ぐらいは帰社つもりだから、その時にでも」
「お前さぁ、俺だけ対応がザツすぎないか?」
「そんなこと……あるかもな」
「あるのかよ」
「まあ、吉田だからな」

 悪態をつきながら吉田と顔を見合わせて、小さく笑い合った。部署は違ってはいたが、同期の中では一番気が合ったし、従事している仕事が違うからこそ、気軽に愚痴を言い合えたり、互いの仕事の進め方の違いが参考になったりもした。
 吉田には、あまり気を使わなくていいし、吉田からも気を使われている気がしない。

「ひゃ……!」

 いきなり尻を鷲掴みにされて、口から変な声が飛び出した。昨日の情事の名残のように、まだ尻には違和感があって、余計に反応してしまう。振り返ると、ニヤニヤしている男の顔があった。

「ちょっと、止めてくださいよ」
「あはは、楽しそうだったんで、ついな」

 苦笑いして、尻を掴んでいる手を振り払う。そうして、ガキ臭い悪戯を仕掛けてきた営業部長に向き直る。営業部のボスらしく、年相応の貫禄と、年に似つかわしくない快活さを併せ持つ大柄の男は、普段は鋭い目付きをしているが、今は愉快そうに顔をほころばせていた。

「それにしても、瀬川くんが営業部に顔出すなんて、珍しいな」
「そうですか?……あ、これ、松島本部長に篠田さんからクリスマスプレゼントだそうです」
「げぇ、いらねー」

 分厚い書類の束を差し出すと、本部長は眉を寄せながらも快く受け取って、その場でパラパラと軽く捲って目を通す。

「あ、松島部長、来春のコンペは瀬川も参加するそうですよ」
「え、いや、まだ……」
「お、いいね! じゃあ、吉田くん、俺は瀬川くんと同じグループにしてくれよ。営業部の連中の顔は見飽きたから」
「承知しましたー」

 本部長が愉そうに笑いながら自席に戻っていく。その後ろ姿を見送って、次回のコンペの幹事を引き受けているらしい吉田を軽く睨む。
 吉田というと、してやったり顔で笑いかけてきた。

「吉田、俺まだ参加するなんて言ってないんだけど」
「そうだったか? でも、これで参加確定だな」
「ハンデ、色を付けろよ」

 外堀を埋められて、降参させられた。吉田は「前向きに検討させていただきます」なんて、嘘臭い顔で笑って応えた。



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