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12月25日(火)
第80話
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第2設計室のフロアに戻ると、入り口のハンガーラックにコートをかけている篠田マネージャーと出くわした。
どうやら、外出先から戻ってきたばかりという雰囲気で、鼻の頭が少し赤く、微かに冷気を纏っている。
「篠田さん、早かったですね」
「ああ、先方との打ち合わせが少し早まってね。……松島さんに、書類は渡してくれたかい?」
「ええ、文句言いながら読んでいましたよ」
見たままの事実を伝えると、篠田マネージャーは満足そうに笑った。
「それは?」
「ゴルフボールだそうです。営業部で貰っちゃいました」
視線が手元の長方形の箱に注がれたので、篠田マネージャーに軽く掲げて見せた。
「へー、よかったな」
「まあ、その分、高くつきましたが」
不思議そうに片眉を上げた篠田マネージャーに苦笑いして会釈する。
自席に戻ると、溜め息を吐いて、キャビネットにゴルフボールを仕舞った。
視線を感じて顔を上げると、矢口と目が合った。ふわりと微笑みかけてくる男の顔に、釣られるように顔がゆるんでしまう。そのことに気がついて、咄嗟に視線を逸らして俯いた。
今のは不自然だっただろうか。
そう思うと、胸の奥がカァと熱くなり、動悸が早くなる。視線の先にあるマグカップは、コーヒーが残り僅かになっていた。静かに息を吐いて、カップを手に取ると、給湯室に足を向けた。
ネクタイの先を胸ポケットに入れて、シンクに残ったコーヒーを流す。マグカップを軽く水で濯いで、コーヒーメーカーにセットすれば、ぼんやりと注がれていく黒い液体を眺めることしかやることがなくなる。手持ち無沙汰で、無意識に右手の指輪を弄りながら、どうにか頭を切り替えようと試みる。
こんなことで、この先もやり過ごせるのだろうかと急に焦燥感が湧いてきた。今までどんな風に、俺は矢口に接してきたのだろうか。記憶を辿ろうにも、無意識にしてきた所作は、朧気にしか思い出せなかった。
距離が近すぎれば疑われそうで、距離が離れすぎるのも不自然な気がした。
適切な先輩と後輩の距離感など、意識したことなどなかったし、そんな必要性もなかった。矢口に告白されてからも、冷静でいられたのは、自分の気持ちに蓋をして来たからなのだろうか。
「つけてくれてるんですね」
声のする方に顔を向けると、上機嫌の矢口が立っていた。
「ああ」
指輪を弄るのを止めて、頭をかいた。
二ヶ月ほど前に、矢口に「公私混同しないでくれ」と叱責したことが、まるでブーメランで自分に戻ってきたようで、深く胸に突き刺さる。
暁斗に対する想いを自覚してから、精神的な余裕がなくなって、矢口の一挙一動に、見事に振り回されている自分に気づいてしまった。
恥ずかしくて、視線を合わせられない。
いや、それとも、俺が難しく考えすぎなのだろうか。例え距離が近すぎても、遠すぎても、俺たちが付き合っているなんて、誰が想像できるだろう。そう思うと、自分の自意識過剰っぷりが可笑しく思える。
自己完結して苦笑いしていると、矢口が顔を覗き込んできて、ぎょっとする。
「今夜、空いてませんか?」
「……え、今日? 昨日も一緒だったろ?」
俺の口から飛び出した言葉に、矢口は眉を寄せた。また、言葉の選び方を間違えたらしい。
「今日は一時間ぐらいは残業するつもりだから、その後でよければ、夕飯ぐらいなら付き合えるよ」
取り繕うように笑いかけると、矢口は愉しそうに微笑んだ。
「待つのには慣れていますよ。……それに、夕飯以外に何があるんですか?」
「……はいはい」
腰に男の手が回ってきて、意味ありげに太股を撫でてきたので、その手首を掴んで引き離す。そうして、近すぎる矢口の肩を、肩で押し返した。
どうやら、外出先から戻ってきたばかりという雰囲気で、鼻の頭が少し赤く、微かに冷気を纏っている。
「篠田さん、早かったですね」
「ああ、先方との打ち合わせが少し早まってね。……松島さんに、書類は渡してくれたかい?」
「ええ、文句言いながら読んでいましたよ」
見たままの事実を伝えると、篠田マネージャーは満足そうに笑った。
「それは?」
「ゴルフボールだそうです。営業部で貰っちゃいました」
視線が手元の長方形の箱に注がれたので、篠田マネージャーに軽く掲げて見せた。
「へー、よかったな」
「まあ、その分、高くつきましたが」
不思議そうに片眉を上げた篠田マネージャーに苦笑いして会釈する。
自席に戻ると、溜め息を吐いて、キャビネットにゴルフボールを仕舞った。
視線を感じて顔を上げると、矢口と目が合った。ふわりと微笑みかけてくる男の顔に、釣られるように顔がゆるんでしまう。そのことに気がついて、咄嗟に視線を逸らして俯いた。
今のは不自然だっただろうか。
そう思うと、胸の奥がカァと熱くなり、動悸が早くなる。視線の先にあるマグカップは、コーヒーが残り僅かになっていた。静かに息を吐いて、カップを手に取ると、給湯室に足を向けた。
ネクタイの先を胸ポケットに入れて、シンクに残ったコーヒーを流す。マグカップを軽く水で濯いで、コーヒーメーカーにセットすれば、ぼんやりと注がれていく黒い液体を眺めることしかやることがなくなる。手持ち無沙汰で、無意識に右手の指輪を弄りながら、どうにか頭を切り替えようと試みる。
こんなことで、この先もやり過ごせるのだろうかと急に焦燥感が湧いてきた。今までどんな風に、俺は矢口に接してきたのだろうか。記憶を辿ろうにも、無意識にしてきた所作は、朧気にしか思い出せなかった。
距離が近すぎれば疑われそうで、距離が離れすぎるのも不自然な気がした。
適切な先輩と後輩の距離感など、意識したことなどなかったし、そんな必要性もなかった。矢口に告白されてからも、冷静でいられたのは、自分の気持ちに蓋をして来たからなのだろうか。
「つけてくれてるんですね」
声のする方に顔を向けると、上機嫌の矢口が立っていた。
「ああ」
指輪を弄るのを止めて、頭をかいた。
二ヶ月ほど前に、矢口に「公私混同しないでくれ」と叱責したことが、まるでブーメランで自分に戻ってきたようで、深く胸に突き刺さる。
暁斗に対する想いを自覚してから、精神的な余裕がなくなって、矢口の一挙一動に、見事に振り回されている自分に気づいてしまった。
恥ずかしくて、視線を合わせられない。
いや、それとも、俺が難しく考えすぎなのだろうか。例え距離が近すぎても、遠すぎても、俺たちが付き合っているなんて、誰が想像できるだろう。そう思うと、自分の自意識過剰っぷりが可笑しく思える。
自己完結して苦笑いしていると、矢口が顔を覗き込んできて、ぎょっとする。
「今夜、空いてませんか?」
「……え、今日? 昨日も一緒だったろ?」
俺の口から飛び出した言葉に、矢口は眉を寄せた。また、言葉の選び方を間違えたらしい。
「今日は一時間ぐらいは残業するつもりだから、その後でよければ、夕飯ぐらいなら付き合えるよ」
取り繕うように笑いかけると、矢口は愉しそうに微笑んだ。
「待つのには慣れていますよ。……それに、夕飯以外に何があるんですか?」
「……はいはい」
腰に男の手が回ってきて、意味ありげに太股を撫でてきたので、その手首を掴んで引き離す。そうして、近すぎる矢口の肩を、肩で押し返した。
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