85 / 95
12月28日(金)
第83話
しおりを挟む
「瀬川くんって、家事が全然できないんだよ。部屋はモノが散乱してて汚いし、食事もコンビニ弁当とかカップ麺ばっかりだろ?……だから、たまに俺が夕飯作ってやってたんだよ」
こちらに笑みを向けてくる細川リーダーに、笑みを返しながらも、手の平に嫌な汗が滲む。
「そうですね。その節はお世話になりました」
細川リーダーは「一人で食べるのは味気ないから」と、よく食事に誘ってくれた。二人で飲み行くことも多かったけれど、部屋にも呼んでくれて、如何にも男の料理という感じの手料理を振る舞ってくれた。野菜炒めや鍋料理など、大味なものが多かったが「ちゃんと野菜も食べろよ」と、出される料理には具沢山の野菜が投入されていたことを思い出した。
細川リーダーの奥さんが俺の食生活を心配してくれていたように思っていたけれど、細川リーダー自身も俺のことを心配してくれていたのだろうか。
「瀬川くんって本当にポンコツなんだよ。『米をといでくれ』って頼んだら、頭をかきながらスマホで検索し始めて……」
有沢が、ぶっと吹き出した。気をよくした細川リーダーは、言葉を弾ませる。
「それで、ようやく米をといだと思ったら、今度は、じぃっと炊飯器を睨み付けて動かないんだよ。それで、神妙な顔で『炊飯器の取説はありませんか?』なんて聞いてきて、俺、腹抱えて笑っちゃったよ」
わかった。細川リーダーは俺のことを心配してくれていたんじゃない。面白がっていたんだ。
細川リーダーは、やや大袈裟に話を盛りながら笑っている。矢口は、俺に後頭部を向けたまま固まっていて、どんな表情をしているのか窺い知れない。
家事スキルの高い矢口からすると、俺の不甲斐なさは絶句ものだろう。呆れられている気がして、居たたまれずに目を伏せるしかない。
「瀬川さんって『男子厨房に入らず』の世代でしたっけ?」
「有沢さんは、手厳しいな」
有沢も愉しそうに笑いながら「家事のできない男など前時代的だ」と揶揄してくる。
「それで、少しは自炊できるようになったのか?」
「あ、いえ……」
片眉を上げながら、細川リーダーに覗き込まれた。
「瀬川さんのことは、俺がちゃんと面倒見るので、安心してください」
沈黙していた矢口が低い声で言い放った。そうして、テーブルの下で、矢口の手の甲が太股に押し付けられて、息を呑む。
「あはは、瀬川くん、カワイイ後輩が面倒見てくれるってさ。よかったな」
細川リーダーは、肩を震わせて笑い出して、矢口は俺の足から手を離して、再び黙った。頭痛がしてきて、目元を手で覆う。
「瀬川さんって、料理上手な彼女さんがいるんですよね? 神戸に来てもらえばいいんじゃないですか?」
「有沢さん、ちょっと、声大きいから」
妙案と言わんばかりに、有沢が声を上げた。男ばかりの低い声の中、女性の高い声はよく通り、周囲の同僚たちがこちらに視線を寄越して、自然と注目が集まる。
「彼女?」
矢口が怪訝な顔で振り返った。
「矢口さん、知らないんですか? 瀬川さんには素敵な彼女さんがいるんですよ!」
「そうだったな。美人でカワイイ自慢の彼女ができたんだったけ?」
有沢が、俺の右手の指輪を指差して矢口に笑いかける。カァと顔が熱くなる。
「ああ、そうなんですか。おめでとうございます」
顔を上げると、矢口が動揺したように眉を寄せて、俺から目を逸らした。
どうしようか。恥ずかしくて、死にたい。
こちらに笑みを向けてくる細川リーダーに、笑みを返しながらも、手の平に嫌な汗が滲む。
「そうですね。その節はお世話になりました」
細川リーダーは「一人で食べるのは味気ないから」と、よく食事に誘ってくれた。二人で飲み行くことも多かったけれど、部屋にも呼んでくれて、如何にも男の料理という感じの手料理を振る舞ってくれた。野菜炒めや鍋料理など、大味なものが多かったが「ちゃんと野菜も食べろよ」と、出される料理には具沢山の野菜が投入されていたことを思い出した。
細川リーダーの奥さんが俺の食生活を心配してくれていたように思っていたけれど、細川リーダー自身も俺のことを心配してくれていたのだろうか。
「瀬川くんって本当にポンコツなんだよ。『米をといでくれ』って頼んだら、頭をかきながらスマホで検索し始めて……」
有沢が、ぶっと吹き出した。気をよくした細川リーダーは、言葉を弾ませる。
「それで、ようやく米をといだと思ったら、今度は、じぃっと炊飯器を睨み付けて動かないんだよ。それで、神妙な顔で『炊飯器の取説はありませんか?』なんて聞いてきて、俺、腹抱えて笑っちゃったよ」
わかった。細川リーダーは俺のことを心配してくれていたんじゃない。面白がっていたんだ。
細川リーダーは、やや大袈裟に話を盛りながら笑っている。矢口は、俺に後頭部を向けたまま固まっていて、どんな表情をしているのか窺い知れない。
家事スキルの高い矢口からすると、俺の不甲斐なさは絶句ものだろう。呆れられている気がして、居たたまれずに目を伏せるしかない。
「瀬川さんって『男子厨房に入らず』の世代でしたっけ?」
「有沢さんは、手厳しいな」
有沢も愉しそうに笑いながら「家事のできない男など前時代的だ」と揶揄してくる。
「それで、少しは自炊できるようになったのか?」
「あ、いえ……」
片眉を上げながら、細川リーダーに覗き込まれた。
「瀬川さんのことは、俺がちゃんと面倒見るので、安心してください」
沈黙していた矢口が低い声で言い放った。そうして、テーブルの下で、矢口の手の甲が太股に押し付けられて、息を呑む。
「あはは、瀬川くん、カワイイ後輩が面倒見てくれるってさ。よかったな」
細川リーダーは、肩を震わせて笑い出して、矢口は俺の足から手を離して、再び黙った。頭痛がしてきて、目元を手で覆う。
「瀬川さんって、料理上手な彼女さんがいるんですよね? 神戸に来てもらえばいいんじゃないですか?」
「有沢さん、ちょっと、声大きいから」
妙案と言わんばかりに、有沢が声を上げた。男ばかりの低い声の中、女性の高い声はよく通り、周囲の同僚たちがこちらに視線を寄越して、自然と注目が集まる。
「彼女?」
矢口が怪訝な顔で振り返った。
「矢口さん、知らないんですか? 瀬川さんには素敵な彼女さんがいるんですよ!」
「そうだったな。美人でカワイイ自慢の彼女ができたんだったけ?」
有沢が、俺の右手の指輪を指差して矢口に笑いかける。カァと顔が熱くなる。
「ああ、そうなんですか。おめでとうございます」
顔を上げると、矢口が動揺したように眉を寄せて、俺から目を逸らした。
どうしようか。恥ずかしくて、死にたい。
5
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
死ぬほど嫌いな上司と付き合いました
三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。
皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。
涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥
上司×部下BL
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
優しく恋心奪われて
静羽(しずは)
BL
新人社員・湊が配属されたのは社内でも一目置かれる綾瀬のチームだった。
厳しくて近寄りがたい、、、そう思っていたはずの先輩はなぜか湊の些細な動きにだけ視線を留める。
綾瀬は自覚している。
自分が男を好きになることも、そして湊に一目で惹かれてしまったことも。
一方の湊は、まだ知らない。
自分がノーマルだと思っていたのにこの胸のざわつきは、、、。
二人の距離は、少しずつ近づいていく。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる