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nao@そのエラー完結

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12月28日(金)

第89話

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 ホテルの一室に足を踏みいれると、背後で重いドアが閉まり、控えめな機械音を立てながら自動的に鍵がかかった。
 部屋の入り口に備え付けられている自動精算機で利用料金を支払うまでは、開くことはない。

 封鎖されている窓は外の光を断絶し、防音の壁は外の喧騒を遮断して、エアコンの利いた部屋の中は、外の冷たい空気の侵入を阻止していた。そうして外界から閉ざされた密室は、安心感と緊張感がない交ぜとなった独特の空気を醸し出している。

 暁斗は、重苦しい息を吐くと、ようやく俺の腕を解放した。

「酒を呑んだ俺とは、しないんじゃないのか?」

 精一杯の虚勢を張って、暁斗の暴挙を指摘した。どうしても、これ見よがしに置かれているキングサイズのベッドに目がいってしまう。
 暁斗は振り返って、臆することなく、にこりと微笑んだ。

「でも、シラフですよね?」

 暁斗の瞳の奥に鋭い光を見た気がして、ピンと空気が張り詰める。
 暁斗が俺の頬に手を伸ばした。整った顔が近づいてくれば、茶色い瞳に射抜かれてしまいそうで、咄嗟に視線を逸らして、身動いだ。
 
「キスもイヤですか」

 暁斗はポツリと独り言のように呟いた。
 答える前に、顎を掴まれて、唇にひんやりとしたものが押し当たる。冬の乾燥した外気に充てられて、互いの唇も頬も鼻先も冷たい。
 残り香のようにウイスキーと煙草の臭いが鼻をついた。暁斗の冷たい唇の奥から、反比例するような熱い吐息と濡れた舌が這い出してくる。
 優しく、それでいて、荒々しく、噛みつくように唇を重ねられて、それが、不思議と切なくて、悲しくて、涙腺が緩みそうになる。

「……ッ……」

 暁斗が俺の肩を押した。
 バランスを崩してベッドに押し倒されて、慌てて身体を起こそうとしたけれど、暁斗が肩をマットに押しつけながら、ベッドに膝を乗り上げてくる。
 恐怖心が迫り上がり、思わず目を瞑った。

「そんなに怖がらないでください」

 唇が離れていって、代わりに額に暁斗の指が触れてきた。髪を撫でてくる手つきは、思いの外、優しくて、躊躇いながらも固く閉じていた瞼を開いた。
 暁斗は、俺のことを見下ろしながら、困ったように笑っていて、それから、俺の胸に顔を埋めた。

「しばらく、こうしてて、いいですか?」

 暁斗の腕が背中に回ってきて、ぎゅうと締め付けられる。まるで飼い主に甘える大型犬のように、無遠慮にのし掛かってきてくる男からは、攻撃性は感じられない。ふっと強張っていた身体の力が抜けていく。
 少し迷ったけれど、暁斗の背中に腕を回して、大きな背中をポンポンと撫でた。

 暁斗は、それから微動だにしなかった。
 エアコンの利いた部屋は暖かく、コートとマフラー、それに、上にのし掛かる成人男性の体温に、脇の辺りにじんわりと汗が滲む。

「暁斗、暑いからコート脱ぎたいんだけど」

 暁斗は、ゆっくりと顔をあげた。
 汗で前髪が張り付いていて、なんだかそれが幼い子供のようだと思った。

「じゃあ、ここに居てくれますか?」
「…………ああ、居るよ」

 縋るような物言いに、「帰る」とは言えなかった。



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